001 目覚めた奇跡
「遅刻しゅるッ⁉」
ハッと目を覚ますと、見知らぬ天井が目に入った。白い天井だ。
「ぐ……っ」
とりあえず身を起こすと、体の芯が痺れるような感じがした。そして、ベッドを囲む白いカーテンが目に入る。まるで病院みたいだが……。
「ここ、どこだ……?」
どうしてこんな所に?
「うぐッ⁉」
記憶を思い出そうとすると、ひどい頭痛に襲われる。
なにかがおかしい。
日本で生きてきた二十五年の記憶はある。だが、オレの中には異なる記憶があった。それが、日本の記憶と平行に存在する『ギー』という少年として生きてきた十五年の記憶だ。
どうなってるんだ?
驚いて自分の体を見下ろすと、細く引き締まった体が目に入る。日本にいた時のたるんでしまった体とは似ても似つかない。どうやら体はギーのものらしい。
もうちょっと記憶を探ってみると、日本での記憶は、ブラック企業での労働で疲れ果てて、マンションの玄関で寝落ちした記憶で途切れていた。
あれか? あのままオレは死んでしまったのだろうか?
そして、この地球とは異なる異世界でギーとして生まれ変わった。
「まさかなぁ……」
そんなファンタジーなこと自分の身に起こらないだろと思うのだが、この体と記憶は間違いなくギーのものだ。実際に起こってしまったものは受け入れるしかないか。
「じゃあ、ここはどこだ?」
この白いカーテンで区切られた空間は、日本の記憶にもギーの記憶にもなかった。
ギーの身になにが起こったのか記憶を探ろうとすると、突然白いカーテンが開く。
「ギー!? 起きてるの!?」
シャーッと大きく開かれた白いカーテン。その向こうには、一人の少女がいた。
そして……。
「ぐっ!?」
その少女が視界に入った瞬間、オレの頭に大量の情報が想起される。まるで一瞬にして映画を何本も見た感じだ。
「だ、大丈夫!?」
それは長い銀髪の少女だった。少女の赤い瞳が涙に揺れ、心配そうにオレを見て……。
「リーズ……?」
そうだ。思い出した。この少女、リーズは、オレが前世でプレイしたゲームの主人公にそっくりだ。
たしか、落ちこぼれの錬金術師の少女、リーズが主人公のゲームで、冒険によって得たアイテムを素材に、錬金術によってさまざまなアイテムを作って人々を助けるRPGだったな。
リーズも錬金術師だし、冒険者だ。もしかしてこの世界はゲームの世界なのか?
なにをバカなことを言ってるんだと自分でも思うが、知っている範囲の地理やアイテムが、ゲームと一緒なのだ。こんなことって普通あるか!?
だとすると、これは……。
本当に『リーズのアトリエ~落魄の錬金術師と魂奪の魔王~』の世界なのか……?
そういえば、リーズの幼馴染にギーという少年がいたな!
オレがギーなのか!
オレの大好きな推しキャラであるリーズの幼馴染とか最高かよ!
「っしゃ! 夢なら覚めるな! オレがギーだ!」
「えっ!? ギーどうしたんのよ!? やっぱり頭を打ったのが……」
リーズが心配そうにオレの腕を掴む。そして、そっとベッドに倒そうと体を押してくる。ふわっと甘い匂いが鼻をくすぐった。
すげー……。本物のリーズが目の前にいる。
オレはリーズに惚れて、何度も何度もゲームをプレイしてきた。
リーズは一途で、仲間思いで、とにかくかわいいんだ!
そんなリーズが一心にオレを心配している。それだけでもうオレの心はメロメロだ。
「横になって、安静にしてなさい。一応、治療は終わってるけど、急に動いたらダメよ」
「結婚しよ……」
「えっ!?」
おっと、つい心の声が出てしまった。
「ぎ、ギー!? 何言ってるのよ!? やっぱり大怪我したからおかしくなってるのね。お願い、安静にしてて」
ちょっと顔を赤らめたリーズもかわいらしいよ!
でも、リーズの顔にいつもの輝きがないような……?
クマができてるし、泣いていたのか目元が赤い。それに肌に元気がなかった。
「リーズ、寝てないの?」
「……ギーのことが心配で。ごめんなさい! あたしがもっと強力なポーションを作ることができれば! そしたら、ギーが死んじゃうかもしれない危険な目に遭わせることもなかった……」
「オレが、死ぬ……?」
「覚えていないの? ギーがあの骨の魔物の攻撃からあたしを庇って、それで……」
リーズが言葉を詰まらせる。その顔は今にも泣き出してしまいそうなほどだ。
骨の魔物? そういえば、たしかギーってOPでソウルイーターに襲われて魂を奪われるんだっけ?
ギーの記憶を探ると、記憶を失う最後の記憶には、ドラゴンのような骨の集合体、ソウルイーターの姿がバッチリと残っていた。
あれ? じゃあ何でギーは生きてるんだ?
ソウルイーターに出会った後ならば、ギーの魂は奪われたはずだが……。
そんなことよりも今はリーズだ!
ゲームでは、魂を失くしたギーの体は治療の甲斐なく死んでしまう。
それはリーズの絶望を意味していた。
幼い頃から同じ孤児院で育ったギーとリーズ。リーズは自身も気付いていなかったかもしれないが、ギーに想いを寄せていたのだ。
そんな二人の淡い恋模様は、ソウルイーターによって引き裂かれてしまう。
ギーが死んでしまった時のリーズの慟哭、悲しみは、魂を震わされるものだった。
ゲームのシナリオでは、リーズはギーを助けるために錬金術にのめり込んでいくことになる。結局、リースはギーを助けることはできなかったが、ギーを奪ったソウルイーターを倒すために、自分のような思いをする人が一人でも減るように錬金術を極めていくのだ。
「まぁ、リーズが無事でよかったよ」
「よくない! あたしのせいでギーが死んじゃうところだったんだよ!?」
リーズが怖い顔をしてオレをまっすぐ見つめてくる。その目尻からついに涙が決壊し、一筋の光を描いていた。
でも、どうしたものかな?
なんて言ってリーズを慰めればいいんだ?
今まで女の子とまともに会話したことがないから、こんな場面でなんて言えばいいのかなんてわからないぞ。
「オレはこの通り、無事だよ。あんなバケモノに襲われて、二人とも無事だったんだ。今はそれを喜ぼう」
「ギー!」
「ちょあ!?」
なんと、リーズに抱きしめられてしまった!
リーズの柔らかさや体温が直接伝わってきて、もう脳がパンクしそうだ!
だ、抱きしめ返すべきか?
オレは恐る恐る細いリーズの体を抱く。力を入れてしまえば折れてしまいそうなほど、リーズの体は細く柔らかかった。
ダメだ! このままだと脳がオーバーヒートしてしまう!
オレは自分の昂った気持ちを落ち着けるために、敢えて別のことを思考することにした。
それは、これからどうするかだ。
ゲームを通してすべてを知っているオレなら、リーズを効率よく成長するための助言ができるだろうし、さまざまなレアアイテムの入手方法も知っている。
それに、オレがいればゲームのバッドエンドも回避できるはずだ。
こんなオレでもリーズの役に立てる可能性があるということに奮い立つものがあった。
それに、この世界では十五歳で成人するとギフトという不思議な力が発現する。例えば、リーズのギフトは【錬金術】。だから彼女は錬金術師になるべく修行している。
ギーの記憶を探ると、ギーの持つギフトは【双剣】だった。
剣士系では最弱のギフトだし、今まで大人たちからさんざんバカにされてきた記憶も蘇って気分が悪い。
だが、なんとなく違和感がある。
たしかに、ギーのギフトは【双剣】だ。そこに間違いはない。
だが、前世で熟読したゲームの設定資料集では、ギフトは魂の持つ力だと説明されていた。
今、ギーの体に入っているのは、ギー本人の魂ではなく、オレの魂だ。
「んー……?」
この場合、ギフトはどうなるんだ?
当然だが、オレは前世でギフトなんて貰ったことはない。ということは、今のオレはギフト無しなのではなかろうか?
「どうしたの、ギー?」
オレを抱きしめていたリーズが、オレの体を離した。
柔らかい温もりが一気に消えて、強い喪失感がする。思わず、もう一度抱きしめてほしくてリーズに手を伸ばしてしまったほどだ。
だが、ここは自重しよう。オレはリーズに対して紳士でありたいのである。
「えっと、たしか教会にはギフトを鑑定するアイテムがあっただろ? あれを見たいんだ」
「鑑定石? 急にどうして?」
「いや、なんとなくなんだ。でも、見たい」
「一応、頼んでみるけど……。安静にしてなさいよ?」
「ありがとう」
リーズはすぐに神官を連れて戻ってきた。
「こちらの方が鑑定を希望されているのですか?」
「ああ、オレだ」
「はい。お願いします」
「たしかに、ギフトが成長することはありますが、あなたの若さでは……。まぁ、見てみましょう。この鑑定石に手を置いてください」
「はい」
占い師が持っていそうな水晶玉に手を乗せると、水晶玉がピカッと光った。
「こ、これは!?」
水晶玉を持ってきてくれた年配の神官がひどく驚いている。何事かと水晶玉を見れば、金色の二つの文字が浮かんでいた。
それが【双剣】と【幸運】だ。
だが、【双剣】の文字は小さいし、今にも消えてしまいそうなほど存在感が希薄だった。
「ギフトが、二つ……?」
【双剣】はギーのギフトだ。表示されるのもわかるのだが、【幸運】はどこから出てきたのだろう?
ひょっとして、オレ自身の魂の力が【幸運】というギフトになったのだろうか?
「こう、うん……」
意識を【幸運】のギフトに向けると、ギフトの概要が頭の中に情報が流れ込んできた。
どうやら、【幸運】のギフトは、ステータスの運の値にボーナスを得るギフトらしい。
「マジ……? それってヤバくね?」
運のステータスは、いくらレベルアップしても変わらない値だ。それを底上げできるギフトなんてあったのか!?
運の値は、攻撃の命中率や会心率、回避率、はたまたアイテムのドロップ率にも影響を与える数値だ。
おじいちゃん神官が言っていたが、ギフトは成長する。今は微妙でも、育てれば化けるだろうことは想像に難くない。
オレは歓喜のあまり叫び出すのを我慢するのにかなりの労力が必要だった。
この力があれば、オレはもっとリーズの役に立つことができるぞ!
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