#69 汝自身を知れ、彼女は小さな娘だ
この世界には星まで届く木があると言う。
この世界には聖なる木を縦横無尽に走り回る怪物がいると言う。
この世界には神を冠したスキルや魔法があると言う。
青年はそれらを見つけ手に入れ最強の頂に手が届こうとした。
青年は最強が欲しかった。
青年は世界に認めて欲しかった。
青年は名誉も地位も力も金も全て手に入れたかった。
だが、届かなかった。
一撃だ。俺のたったの渾身の一撃は、か弱い虫をそっと掴む程度の動作で難なく造作も無く掴まれた。魅力的な夜空を想起させるような長髪の少女は言った。死ぬなよ、と。俺には誰かからあの少女は天使か悪魔かという比較の問いを迫られたらきっと神と答えるだろう。短絡的と言われても構わない。俺は即答する。
剣を交じればわかる。少女の指先には悪寒と絶望した先にある感情を過るような甚大な力を感じたからだ。たった指先に込められた力でそれだ。恐らく俺との戦闘すらも予選もこの少女はかなり手加減している。か弱い小さな虫を殺さないように小さく弱く摘まむような。
絶望を超えた先にある感情はもはや畏怖や畏敬しか感じない。
俺は神を信じない。この世界を旅していて神という存在を見たことが無いからだ。この大魔法世界はとてつもなく広く深い。技能も魔法も文化も人種や種族、生きる全ての自然全体が神秘で満ちているが、神はいない。
旅先で神と名乗る敵や相手はいたが、それは民衆を扇動するための建前であったり、力に過信した偽物が神を名乗っているだけに過ぎなかった。旅をすればわかる。この世界にはそういった連中が沢山いる。
だが、俺は今日、神を見たのかも知れない、と生まれて二十と数年初めて思った。いかなる究極の技能を用いろうとも、いかなる魔法を極めても勝てない存在がいるのだと。
才能の云々では無い。次元の桁が違うのだ。
「・・m・・す・・か?」
「f・!!ッ・・!!」
「d・・!!」
何も聞こえない。何も見えない。分厚い壁の外から誰かが叫んでいる。何を言っている?もっと大きな声で言ってくれ。小さな声だと何も聞こえない。
確か、俺は何してたんだっけ?ああ、そうだ。今日は武道大会へ出る日だった。俺は確か、綺麗な髪の少女と戦闘して、それから。光、熱?記憶が曖昧だ。長い夢を見ているような気分だ。
ああ、俺は届かなかったのか。
負けたのか。
限界まで思考加速してたから、考えが遅れてくる。魔力切れと体力も虫の息といったところか。
パシャ!!パシャ!!
何かを何度か掛けられた。何だ。甘い。これはポーション?
聞こえなかった音がはっきりと聞こえた。
重たかった体から軽くなった。
「おい!生きてるか?!しっかりしろ!!」
「ああ、俺は負けたのか」
「医療班、患者の容態の確認を!」
医療スタッフだろうか、まだ意識が半分夢を見ているような気持ちだ。次第に晴れていくような気がした。視界も鮮明に会場が見えてきた。
「「「「「わああああああああああああ!!!!!」」」」」
大歓声がフルポーションで回復した体の芯へと響き渡る。
医療班を掻き分けて一人の少女がこちらへ近寄ってくる。
確か、あれ、記憶が遅れて、そうだ、ポラリス・ステラマリスだ。
少女は手を差し伸べてきた。
「良い戦いをありがとう、シュタナさん」
「ああ、こちらこそ!俺は全力だったぞ。ステラマリスさんも俺に全力を出してくれてありがとう」
差し伸べられた手を握り返した。
「勝者!!!ポラリス・ステラマリス!!!!」
「「「「「わああああああああああああ!!!!!」」」」」
大歓声が会場を満たした。
全力で戦闘した後はとても清々しい気持ちだ。空気がとても新鮮に感じる。これが生きている実感か。
足下の戦闘会場は粉々に砕け散っている。あの魔法で強化されたであろう魔鋼塊鉄が粉々とは恐れ入る。十中八九俺の技のせいではないと確信出来る。経験が遅れて現実にやってきた。
神は実在した。俺はこの戦いを一生忘れないと誓う。




