#46 勇者
一十日はギルド白い月へ向かっていた。僕は10年前にこの世界に来た。魔法で満ちあふれた世界。ラノベやアニメがまるで現実になったかのような衝撃は今でも心の奥深くで残っている。
僕は、前世で日本國の帝都東京都世田谷区で生まれた。
父と母は離婚し、母子家庭で育った。17歳までの高校生活が僕の最後の記憶だ。
瞬間的に覚えているのは、トラックのような大きな車両に引かれたことぐらいだ。痛みはなかった。けれど、走馬灯って死ぬ瞬間に本当に見えるんだなって思うぐらいはっきりと鮮明に僕の目に映っていたのを覚えている。
あれから10年。
母さんは元気にしているだろうか。僕はこの世界でも母の姓を名乗ることにした。そう、勇者として歩む道を神様から天啓を承った日から。
転生では無い。おそらく転移だろうと僕は思っている。
容姿も変わらないし、この世界に来たときは死ぬ前の服装のままだったからだ。
本当に僕は前世というか前の世界で死んだのだろうか。10年経過した今でもふと思うことがある。もし、帰れる手段があるのであれば探したいところだが、この10年必死になって勇者を目指し、ヒヒイロカネ級の冒険者という肩書きと魔王討伐を達成し、晴れて勇者となったけれども、帰れる手段は見つかっていない。
もう、実際のところは諦めている。
これも運命だと10年も経過して見つからなくて勇者にもなって強くなっても知る術も手段も無いのだから。
「ここが白い月か」
「ニノマエ、ほらぼんやりしてないで行くぞ」
「ほらほら、早くぅ」
「そう、急かすなよ。アレクにランダ」
アレクは神聖属性の魔法使いだ。
ランダは攻撃に特化した物理アタッカーだ。武器は大剣と戦斧を巧みに使い敵を討つその界隈では有名な人物だ。
僕のパーティーには、他にヒーラーのセラスに、サポーターのリリングがいる。僕はこの5人で活動している冒険者であり、この世界で数少ない勇者の一人なのだ。今日はセラスとリリングは宿の手配で別行動している。
白い月の木の扉を開けると、他のギルドと同様に様々な人種や種族で溢れ返っていた。けれど、今日はどうもなんだか空気が違う感じがする。これがこの都市の三大ギルドだからか?初めて来るギルドだからか?いや、なんか、熱というか盛り上がりを感じる。
「ニノマエ、あれ見てみろよ。今年は大武道大会というものがこの大都市で開催するみたいだぞ。出てみるか?」
「賞金も高い高い!星金貨4000枚だって!今年度最高優勝金額ってさ」
アレクとランダが食い入るように大武道大会の掲示板を見て話しかけてきた。
「って、星金貨4000枚って凄くないか?!小さな街というか領主にもなれそうな金額なんだけれど!!」
日本円にしたら幾らだ?換算しても意味が無いけれどもついこの癖だけはどうも抜けない。そして、僕は数学がそのくせ苦手だ。
「エントリーするか?後でセラスとリリングには俺から説明しておくからさ。この都市で名を売っておこうぜ」
「だよだよー」
「大武道大会か。このような形で戦闘したことはなかったな。わかった出てみるか。ランダ、セラスとリリングに説明よろしく」
「ああ、任せておけ」
「エントリーって、ギルド単位かな。白い月に来るのは初めてだから申請方法が分からないのだけれども」
「はいはーい、受付のお姉さんに聞いてきたよ。ギルドからも代表で出る枠もあるけれども、特別扱いは無くて予選で勝ち進んでから本戦なんだって。しかも、定員は先着順みたい。でも安心して、まだ募集を開始したばかりだから、エントリー可能だって」
「ほほう。ではエントリーするか」
「流石、ニノマエ!勇者様だけあるな」
予想はしていたが、このギルドからも代表者が出場するということか、僕と同じヒヒイロカネ級か、アダマンタイト級か。募集要項を見るとギルド枠からは定員1名と記載があるから、よほどの実力者が推薦されるのであろう。しかも、この大都市であり、かの武皇の大魔法使いシンデレラ・リリアンシュナーベルが治める国の首都、大武装都市ギルヴァートの三大ギルドの白い月から推薦代表枠の1名から選出されるなんてよほどの猛者に違いない。
剣を交えるときは注意すること越したことは無い。
魔王や魔獣、魔人らと幾多も死線を越えてきたのだから。
アレクが受付のお姉さんが言うには、パーティーを組んでいた場合も代表者1名のみが出場出来るとのこと。
アレクやランダも乗り気だし、しかも優勝賞金もなかなかの額。これは他の都市や祭りやクエストでも滅多に出会えることは少ないであろうよ。
「星金貨4000枚か。本当に凄いな」
「はいはーい、ニノマエでエントリーしてきたよ」
「早ッ!!」
「善は急げというだろう」
「わかったよ、アレクにランダ。出場するとなったら優勝目指すからな!」
「星金貨4000枚あったら何しよう。隠居する?」
「あはははは。それもいいな!」
アレクとランダが盛り上がっている。
それはそうだ。何度も言うが金額が金額だ。
勇者を辞めてもお釣りがくる金額だ。隠居も夢では無いだろうよ。
ガチャリと木の扉が開く音がした。
ふと、振り返ると星色というのだろうか、綺麗な星の夜空を思わせるような見惚れるような青黒い星の煌めきを湛えた長い髪の少女が入ってきた。




