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最優先する青  作者: 青木りよこ
27/35

事件

そろそろかかってくるころだと思っていた。

携帯画面を見ると予期していた名があった。

田島亮介。

高校時代からの付き合いでまあ同じような趣味を持つ俺の数少ない友達だ。

彼には昨日事件があった。

嫌事件などと言う生ぬるい言い方では失礼かもしれない。

声優オタク、嫌他者への人生を捧げていると豪語しても過言ではない思い入れを持つ人間ならば皆共感できると思われる。

これは事件などではない。

天変地異。

自分が信じていたものを根底から覆されるという衝撃。

信号は青で渡るもの。

そのレベルでの自分が常識だと思っていたものが実は間違いだった時のような一種の放心状態というのが一番しっくりくるだろう。

一昨日すぐ電話をかけてこないで二日置いたことから彼の言葉にもできなかった辛さが伝わって来て俺は少し身構えたが出ないわけにはいかなかったので電話に出た。


「もしもし」

「もしもし、今いいか?」

「ああ、いい」

「ゲームすんならあれだけど」

「もう武器全部揃えたから」

「じゃあ、いいか?」

「ああ、うん」

「知ってるよな?」

「ああ、知ってる」

「あー、あのさ、もうどうしろってんだよ」

「そうだな」

「そうだなって、お前、よりによって堀とか地獄だろ。世の中には男百万といるのに声優だってどんだけいるよ、何で堀?意味わからん。堀だけはダメだろ?堀以外なら誰でもええわ。ふざけてんのかよ」

「あー、そうだな」

「俺はさー、結婚したことはもう百歩譲って許すよ。どうせ二年後にはー、ゆだりーだって二十五だし結婚することだってわかってるよ。別に俺が結婚したいわけじゃないし、別にそんな気ないんだよ。でもファンと結婚するのは嫌だけど。だってそうだろ?同じ線上にいてほしくないんだよ。同一線上に並んでほしくない。いつだって俺より一段高いとこにいてほしい。スターなんだから」

「あー、そうだな」

「だろ?声優はやっぱり芸能人だろ?知名度ないけど一般人に顔知られてないけどそれでもやっぱり特別なんだよ。なのにさー、信じられねー。ゆだりー頭悪すぎだろ。信じられねえ。どうやったら堀なんて史上最悪の選択肢に行くわけ?脳みそないの?馬鹿なの?いや馬鹿なんは知ってたけど、ここまでだとは、あー、もう信じられねえ。もう最悪だよ。何これ?厄年?」

「悪い、よく知らない」

「嫌俺はさ、結婚したっていいし、できちゃった婚でもいいと思ってたよ。相手が堀じゃなかったら」

「うん」

「だってさー、もう最悪だよ。堀ってさー、去年事務所の後輩のカスみたいな声優にリベンジポルノされてただろ?これ知らない声優オタいないだろ。あー、最悪。よくあんなんと結婚するな。あー、もう、あー」


田島は高校時代から湯田恵理那、通称ゆだりーのファンで、そんな彼の事件とはこうである。

湯田恵理那は昨日の夜九時からレギュラー出演している生放送のラジオ番組の冒頭で声優の堀真琴との入籍と妊娠四か月であることを発表した。

それに合わせてインスタも更新し、堀真琴と二人で寄り添い満面の笑みを浮かべた写真を公開し、昨日は長い間ツイッタートレンドの一位がゆだりーだった。


「つーか、信じられねえ。あそこまで男の趣味悪い女いる?いねえわ。あー、もうあんな糞下手くそで顔がいいだけで大手事務所でごり押しされてるだけの赤城幸也のバーター声優がふざけんなよ。あー、もう声優辞めろ、もう堀だけは声聞きたくねえ。ホントリベンジポルノ事件でもっと干されりゃ良かったのにー。つーか、あんなえっぐい写真曝されてよく平気で生きてられんなあいつ。恥を知れよ。あー、もうアニメ見れねー、ゲームもできねー。つーか、もうゆだりー見たくねー」

「だろうな」

「だろうなって、あー、お前はほんと良かったな。青野で。つーか全部嘘だったんだな。嫌嘘でもいいけど、理想の彼氏で眼鏡かけてる人とか言ってたのは。まあそれはいーけどさー。あーファンクラブ更新したじゃねえか。どうするよ。これから一年間あの会報くるとか地獄だろ。もう嫌だ」

「そうだな」

「そうだなじゃねえよ。あー。もう嫌だー。ホント何したらいいかわからん。もう出家するか」

「出家って、高野山にでも行くのか?」

「もしくは比叡山。もう声優見なくて済むだろ?携帯も禁止だよな?」

「さあ、どうだろうな」

「山登りでも始めるか?」

「遭難しないか?」

「もうアニメ見たくない。つーか、ゆだりーがいない世界線に行きたい」

「現状無理だな」

「アニメ見ないと何していいかわかんねえ。つーか、テレビつけねえわ」

「確かに」

「ネットも見たくない。非難されるべきだし糾弾されるべきだとも思うが、それでもゆだりーが堀のファンの馬鹿女どもにブスとか計算高いとかあざといとか歌下手とか声優としていらないとか言われてんのは我慢ならない。堀のがよっぱどいらねえだろ。糞下手くそで、何年やっても上手くなんなくて事務所の恩恵受けまくり糞バーター声優が。もういっそ赤城幸也引退しろ。つーか吉住プロ潰れろ。そしたら仕事来ないだろ」

「まあ、来なさそうだな。声すぐぶれるし」

「ぶれるよな」

「低い声の時無理して出してる感が凄い。あと大声出した時の語尾の弱弱しさが駄目だなって思う。圧倒的尻すぼみ感で切実さが伝わってこない」

「だーろー。だーろー。あー、旅行行こうかな」

「いいな」

「よくねえわ。あー、まああれだ。これはチャンスかもしれない」

「何の?」

「足洗う」

「あー」

「でもいきなりどうしろって言うんだよな。だってさ、もう八年だよ。一緒に生きてきたって気がするもんな。まさかこんなことになるとは思わなかった。いつかゆだりーが結婚してもずっと好きでいられるって思ってたしそのつもりだった。コンサートに行って、イベントに行ってDVD買ってCD買って雑誌買ってさ、インスタの更新で喜んでそんなのがずっと続くって思ってた。寧ろさ死んじゃわないかなってそんな心配ばっかりしてた。事故とか不治の病になったらどうしようって。でもそんな心配なかったんだよな。あー、ほんっとに他人なんだと気づかされた。ましてや一番嫌な展開だよ。これ嫌ミスって言うの?」

「ミステリー要素ないだろ。人も死んでない」

「悲劇ではあるぞ。憤死ってこういうのか?」

「死んだらそうだろうな」

「まあ、死なないけどな。でも何やっていいかわからん」

「美味いものでも食ったらいいんじゃないか?」

「美味いものかー。というよりさ、予定がパーなんだよな。今年もそうだし。来年も。あー、そうだ。お前さー、今週の日曜暇?」

「暇」

「じゃあさ、チケットやるから行かねえ?星落ちのオーケストラコンサートの二枚あんだわ。俺もう行きたくねえし、つ~か行ったら心が死ぬ自信ある」

「星落ちってことは湯田恵理那と上坂君来るのか?」

「石川南も来るし岡島藍も来るし糞堀も来るよ。あー、ツーショットとか見たら死んでしまう。生結婚報告で感極まって泣き出すゆだりーとかあったらもう死ぬ。本当に働けない。観客の暖かいおめでとうの声とかも死ぬ案件だし、罵声も怖い。心無いヤジに固まるゆだりーとか見たら平静でいられる自信ない。自分が怖い」


「星が落ちたら」は去年放送の上坂君主演のループ物のアニメで湯田恵理那と石川南のダブルヒロイン物で青野が上坂君のお姉さん役で数話出演したアニメだった。

湯田恵理那と石川南のキャラソンも良かったし音楽が静謐で身体にゆっくりと浸透していくような趣があって、来年公開の劇場版は青野の出番がなくとも見に行こうと思っていたくらいには好きな作品だった。


「どこ?」

「京都。烏丸のホール」

「もう一枚はどうするんだ?」

「お前あてある?」

「ないな」

「俺もない。もう一枚は捨てでいいよ」

「オーケストラコンサートって高いんじゃないのか?前世界のはてはてで行った時八千五百円だったぞ」

「八千五百円だよ。でもいいよ。最後のお布施だし。もう今後ゆだりーに金使うことないんだし。つーか、ゆだりーに金使わないと何にも買わなくて済むから貯金できそう。土曜日にDVDとCDと写真集とかグッズ売りに行くし。まあ安いんだろうな。でももう手元に置いておきたくないし。まあだからチケットは貰ってくれ」

「あー」

「隣空席でもいいだろ。つーか結構空席になるかも。チケットかなり売りに出てるから」

「そうか」


それは湯田恵理那と堀真琴はまあしょうがないとしても上坂君と石川南と岡島藍が気の毒だ。

その時俺はふと明日会う美人のことを思い出した。

彼女は日曜日は病院が休みだと言っていた。

そうだ、美人を誘ってみよう。

自分の唐突な閃きが素晴らしいこれ以上ないアイデアの様に思われて高揚していくのがわかった。

よく思いついたなと、自分で膝を叩いてやりたくなった。

明日美人に会ったら言ってみよう。

駄目なら一人で行けばいいし、一人は慣れているから平気だ。

でも美人と出かけるのは単純に面白いのではないかと思った。

ちょっと食べていない彼女というものも興味がある。


田島の電話を切ると美人から明日ラーメンでいいですかとメールが来たので、いいですとすぐに返信した。

美人からお腹空かせて行きますと来たので俺も昼うどんか蕎麦しか食べないようにしますと返信すると行きたいお蕎麦屋さんもあるんですと来たので笑ってしまった。

食べる以外の彼女。

想像もつかないけれどわかっているのはどんな彼女も美しいと言うことだけは間違いなかった。

美しい人と言うのは結局何をしていても美しいのだ。

それこそ常識の様に。

どんな世界線に行ったとしても美しさとは揺るがないだろう。

それは基準だからだ。

俺にとって魅力あふれる声の基準が青野であるように美しさは彼女が基準になってしまった。

知らなきゃよかったとは思わない。

今後苦労するとも思わない。

同じとこにいないんだから平気だ。

俺は絶対という揺るぎない美しさを知ったのだ。

彼女、佐藤美青によって。


声と顔に関してはこれで極められた気がする。

後は何だろう?

人間を構成する要素とは?

唐突に脚という漢字が頭に浮かび、まだ美人の脚も見たこともなければ胸も見ていないと気づく。

そうだ。

顔のインパクトのせいで他のパーツがなおざりになっているのだ。

これが明日の課題だ。

美人の顔以外も見るという。

後日曜日のコンサートに誘う。

でも食べ物が付いてこないものに彼女は反応するだろうか?

でも京都で美味しいもの食べましょうって言ったら絶対ついて来てくれるような気がした。

そして食べ物で釣ってまで彼女とコンサートに行きたいと思っている自分に気づき、恥ずかしくなりベッドに突っ伏し、思いつく限りの京都銘菓を思い出しながら寝た。


















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