称賛
称賛されるためだけに生まれてきた顔が目の前にある。
目の前で少し涙目でカレーうどんを夢中になって食べている。
美人は一口食べて美味しいと言ったきり無言でうどんを食べている。
勿論俺も何も話さない。
ちらちらと美人を見つつ、カレーうどんを食べる。
この空間に言葉は不要だ。
美人の「美味しい」にはカレーうどんへの最大の敬意が払われている、様に思う。
少なくとも彼女には美味しいものを食べれるということへの感謝を感じる。
これほどの美人に食べてもらえ、手放しで褒めてもらえるとはカレーうどんもさぞや嬉しいであろうことは十二分に想像できた。
少なくとも俺がカレーうどんなら嬉しい。
カレーうどんの汁を最後の一滴まで飲み干した彼女は、ご馳走様でしたと言い手を合わせた。
「美味しかったですね」
「はい」
「すみません。また無言で食べちゃって。あの、今日こそはちゃんとお話ししようって思ってたんですけど」
美人は恥ずかしそうに視線を少しだけ泳がせる。
美しい指先を透明なグラスに伸ばす。
グラスの中の水が早く飲んで飲んでと言ってるように聞こえた。
美人は幻聴まで生み出せるらしい。
「あの、その、青柳さん、もう出たいですか?」
「いえ、まだいいですけど」
俺も水を飲んだ。
カレーうどんは美味しかったが、冷たい水で喉を癒したかった。
「あの、私これ食べたくて」
美人がメニューを広げる。
まるで旅先のルートを地図で確認するような期待と好奇心で瞳を満たしながら。
「この串天が食べたくて、あの、食べていいですか?」
「はい、俺も食べます。美味しそうですね」
「食べられます?」
「はい。お腹空いてるので」
「この穴子の天ぷら美味しそうですよね?」
美人がまるで宝石を選ぶような雰囲気を醸し出しながら写真の穴子の天ぷらを指刺したので少し笑いそうになってしまった。
彼女からしたら穴子はサファイアで、エビはルビーなのかもしれない。
わからないわけではないが、やはりどこかずれを感じる。
彼女の顔が美しすぎるせいだろう。
この顔を見てしまうと俺は今まで美人なんて実は見たことがなかったのだと痛感する。
美という決定打を打たれた気分だ。
それもしっかり打ち込まれた。
当分どころか一生誰も抜けないだろう。
青野の声と彼女の顔は。
十種の串天盛り合わせと枝豆とウーロン茶を頼んだ。
串天が来るまでの間、彼女をやっとじっくり見れた。
今日は長い黒髪を下していたが、うどんが来るとシュシュでポニーテールにした。
それが如何にも美少女が麺類を食べる描写で必ず使われる鉄板シーンの再現で俺は内心小躍りした。
カレーうどんを食べている間彼女をちらちらと見て見たが一度も視線がぶつかることはなかった。
彼女はカレーうどんに本気だった。
集中していた。
紅潮した頬も、零れそうもなく彼女の瞳に留まることに寄って抜群の美しさを発揮した透明な雫も、全てこのカレーうどんがそうさせたのだ。
彼女が信じたカレーうどんの賜物。
そして何もしていないのにその恩恵を特等席で得られる俺。
今日彼女が他者のために存在しているのだと思った。
彼女はその美を自分ではそんなに感じることはできないだろう。
そう考えると気の毒だが、世の中は上手くできていて彼女はどうやら人より美味しいと感じるセンサーが敏感らしい。
そして胃袋も丈夫なのだろう。
そうじゃなければカレーうどんを食べて串天が食べたいなどとはとても言うまい。
良かった。
せめて彼女が美味しいものをいっぱい食べれる人生でありますように。
そう願ってみた。
青野以外の女性の未来を考えたのは初めてだった。
そしてそれは青野とは違って容易に叶いそうだと思った。
世の中には美味しいものが溢れていて、彼女の美味しいのハードルもそんなに高くなさそうだから。




