食べる美人
漬物を食べている間に俺のミックスフライ定食が来た。
「どうぞ、暖かいうちに食べてください」
川島さんがそう言ってくれたので俺は「すみません」と言い、山盛りのキャベツの千切りに胡麻ドレッシングをかける。
ゆず醤油ドレッシングと胡麻ドレッシングなら俺は断然胡麻だ。
「いただきます」
別に聞きたくもないだろうが俺は遂一人で食べてても言ってしまう。
胡麻ドレッシングのキャベツが予想以上に美味い。
欲を言えばプチトマトも欲しい。
エビフライにタルタルソースをかける。
もうこれだけで食べた気分になる。
こんなの美味いにきまってるし。
顔を上げると美人が俺を見ていた。
嫌正確には美人の視線は明らかに俺のミックスフライにあった。
その瞳の煌めきにエビフライを差し出したくなった。
拒否されないどころか喜ばれそうな気がする。
錯覚じゃなければ、だが。
俺がキャベツを半分食べ味噌汁を一口飲むと川島さんのヒレカツ重と美人のロースかつ重が来た。
美人が口元に明らかにわかる様に笑みを浮かべ重箱の蓋を取る。
ワクワクとバックに書き込まなくても見えるようだ。
蓋を取っても美人は何も言わなかったが、口元は「わぁ」とかまるで天の川を見るような瞳に見えた。
例えるなら主人公と生れて初めての花火大会デートで見せる表情と言ったらいいだろうか。
俺には縁のなかったものなので見れたのは有り難い。
それも二次元が追いつかないような美人で。
彼女が唯一二次元に敗北を喫するとしたらそれは年を取るということだけだろう。
この美しさが永遠じゃないということ、それだけが彼女の短所といえば短所だろう。
まあ、年取ったって年相応にずっと綺麗なんだろうけど。
美人は千切りキャベツに胡麻ドレッシングをかけた。
「いただきます」
美人は手を合わせた。
俺は思わず食うのをやめて彼女を見た。
食べてなんかいられなかった。
千切りキャベツを口に運ぶ美人。
俺はシャキシャキしてたキャベツは気を張って彼女に食べられるまでこの姿でいたのだろうと思った。
彼女に食べられているキャベツだけが喜んでいて、自分の皿のキャベツが急にくたっときて見えた。
「このドレッシング美味しいね」
川島さんに美人は「うん」と言い首を縦に振る。
佐々木は穂乃果が何とかすると言ったが、さっきから俺達は食ってるだけでまともな話は何もしていない。
もっと根掘り葉掘りいろいろ聞かれると思っていた。
お休みの日は何してるんですかとか、お仕事大変ですか、とか、色々。
どちらも俺からしたら言いたくないことだらけだ。
だけど、二人は何も聞こうとしない。
でも平気だ。
喋らなくたって、この店に入ってからずっと騒がしく心が動いている。
話さなくたって伝わってくるものがある。
美人がロースかつ重を口に運ぶ。
卵がふんわりと乗ったロースかつと下敷きになった白いご飯が幸せのトンネルを通過していく。
俺は完全に動きを止め期待を込めた目で追う。
聞きたい。
彼女の。
「美味しい」
俺は青野椿の高峯しおんの声を聞くために生まれてきたようなところがあると思っていたりする。
声優は声だけで人を幸せにしたりするのだ。
今日俺は見るだけで心を動かされることがあると言うことを知る。
美人が頬を緩ませ「美味しい」というだけでこんなにも、こんなにも。
「美味しいですね」
俺は初めて自発的に声を出す。
緊張して上ずったりしなくて良かった。
美人は嬉しそうに微笑む。
「はい。美味しいですね」
俺はカニクリームコロッケにソースをかける。
美人の視線を受けたフライ達に嬉しそうだな、もっと美味しそうにしてやるからなと言いながら。




