9 意図
どこの病室にでも薄型テレビがついた棚がよくある。側面には院内で買うことのできるテレビカード。千円札で購入し使用していくとデジタル数字が減っていくという、よくあるシステム。どこかのビジネスホテルにも少しだけこのシステムがまだ生きているとかいないとか。
ただ俺が入院しているフロアには広間があり、そこには各病室にあるのとは違い一際大きいテレビが1台だけある。ソレは誰でも自由に視聴することが可能で、俺がそこを通りがかる時はほぼ誰かしら高齢の方がニュース番組を観ていることが目立つ。
いつもはその広間を素通りしていく俺だけど、今日は違う。
誰だかわからない、ロクに喋ったこともないご老人の隣へ腰掛け、映し出された画面を観た俺は唇を噛み締める。
「海星高校の生徒が暴力事件を起こしていた、この事件が明るみに出たことにはーーーー」
ニュースキャスターの顔が少し訝しげに見えたのは、気のせいだと思いたい。
朝、signalに届いていたメッセージのひとつに『問題発生』と書いてあった。
単純な話、俺はとうとうメディアに放映されてしまったのだ。
「どうやら俺はよく被写体に選ばれやすいらしい」
イヤホンを着けた状態での通話モードはハンズフリーでいいから楽ちん楽ちん。
「感想ってそれだけなの?」
キーの高い声が耳の中をくすぐる。慣れない、ドギマギすっぺ。
「というか今って授業中じゃないの? なにしてんのイトチン」
「イソジンみたいなトーンで言わないでつかーさい」
電話の相手は後ろの席の納富いと。
部活動はどこにも所属しておらず、特定された女子グループに居座るタイプではなく等しく接し接される人徳者。
但し、興味のある物事には視野が狭くなる傾向がある。
俺が事件に巻き込まれていく様が頗る楽しいみたいで、こうやって電話番号も交換を求められたということ。
「今トイレから電話掛けてるの。どう? 興奮する?」
「そういう誘い文句はチェリーボーイにやれよ。ってかそれサボってるだけだろ」
とんだじゃじゃ馬WTGだ。
「朝のホームルームでその話があってからずっと引っ掛かっててさ、おかげで授業内容も身に入らないんだよねー」
「あ、そう」
な、視野が狭いだろ?
「その話はまたあとでしてやるから俺をサボりの口実に使うなよ。また問題になるのは嫌だからな」
「ケチんぼ!」
うるさいので一方的に通話を切ってやった。
イヤホンを外してブラウザを起動、『海星高校』とだけ入力してから検索。
数時間前にアップされた記事から適当に開いてみる。そこには動画付きで記事の内容とコメントが表示してある。
要約するならばこう。
動画は海星高校の教室内。数人の男女が1人の男子生徒を囲みいがみ合っている様子。胸ぐらを掴まれた男子生徒は抵抗するも、直後に顔面を強打され廊下へと放り出される極めて悪質ないじめである。と。
動画を開くと顔にはボヤボヤとしたモザイク処理が施されている。この記事を書いたライターの説明する通りの動作が行われ、自分がぶっ飛ばされる姿を客観的に見る羽目となった。
だが、その動画に音声はついていなかった。
調べるとどうやらその元ネタらしい映像元まで辿り着いたので、再度再生。
「ん」
だけど、やっぱり音声は無かった。それどころか更におかしい部分もあることに気付く。
「俺の顔だけモザイク」
ただの嫌がらせ目的ではない、そこに違和感を感じた。
単純に暴力事件を嫌う撮影者の意図が見えた気がしたのだ。もちろん盗撮は褒められた行為ではない。けど、被害者の人権を護ろうとした痕跡がある。実際、俺を呼び出したグループの人間にはモザイク処理などはされておらず、ネット上では瞬く間に身バレしている。
結局のところ俺自身の存在もバレてはいるが、掲示板の事件とはまた違った反応だったのだ。
教室の後方でやりとりをしていた俺らを撮影したのは教室前方の扉あたり。それは映像の位置からして確実なことであり、撮られていることに気付けなかったのは互いに激昂して周りを見ていなかったこともある。
「致命的なのか救われたのか」
喜ぶべきか、いじめの被害者に奉られて恥ずべきなのか怒るべきなのか、考えれば考えるほど頭が痛い。
そして教師たちが今回初めて知ることになった掲示板に貼り付けられた写真の一件も世に知らしめられたのだ。
仕舞いには“恋愛関係によるトラブルか”と報じられることになった。
まぁ間違ってはいない。
俺自身が否定しても周りからすればいじめの被害者と捉えられるのが自然なのだろう。
「惨めだなぁ」
ベッドから起き上がり窓の外を眺める。
取材は断っているので入院中にマスコミが訪ねてくることはない。初めはこんなことで大袈裟だと思っていたけど、メディアの影響力とは当事者だからこそ、その真髄が見えてくるというものなのかな。
国の教育機関が関わる問題では、大衆に責められるのは学校側である。
生徒という商品の欠陥、学校というブランドの低迷。大ごとにしたくなかった事件を浮き彫りにされれば、隠匿しようとしていたのではないかと責められる。事件そのものは関係者の間で解決を図っていたし、実際このままいけば滞りなく終えていたのではないだろうか。だが、今は何を言い繕っても水掛け論でしかなくなる。
俺を呼び出したあのグループはこの先の就職活動に何らかの支障を来すかもしれない。俺だってどうなるのか分からない。
納富が現れたのは昼過ぎ。低カロリーな昼食を食べ終えると程なくして彼女はやってきた。
「学校そのものをサボったか!」
なぜだか誇らしげな表情でフフンと鼻を鳴らした納富は俺の一喝にびくともしなかった。
「夜に緊急保護者会が開かれるってことで今日はこれで終わりなのだよ」
「緊急?」
指パッチンをして俺を指さす納富の仕草が癇に障ったけれどそれなりの理由があってのことか。いじめを容認出来ていなかった学校側にも責任問題が生じてしまったということだ。今回の一件が世に出てしまうこと、海星高校の生徒という組織に属する者が問題や騒ぎの中心になったこと。
「正当な理由があることは分かったよ。電話でもよかったろうに、わざわざ病院に来るかね普通」
「メールとか文章打つの面倒だし、電話も顔が見えないのに声が聞こえるとか気持ち悪いし、顔合わせた方が嬉しい楽しい気持ちーくない?」
その手のひらサイズのガジェット捨てちまえよ、と俺の持つスマホより新しいその手に持たれた機種を恨みがましく見つめる。
「さぁ、イトチンがアホの子ってことは分かったけど」
「あはー、てかなんでイトチン?」
「納富って名前言いにくいから」
のどちんってあだ名でもよかったけどどことなく喉ちんこを連想させちゃうかなーと俺なりの配慮。女の子に向かってちんこちんこ言うのは気が引ける。
「ま、親しみがあって嫌いじゃないよ。じゃあ私はめぎゅるんって呼ぶね」
「それバカにしてない?」
きゃっきゃと笑う納富を余所に俺は深い息を吐き出した。
「ふー、よし」
やがて何かを決意した納富は風通りを良くするために開け放していた病室のドアを閉めた。そして今度は窓に近づき身を乗り出して下方や周りの景色を見渡す。まるで何かを探すように。
「ま、ここは心配ないか」
ぼそりと呟いたあと、パイプ椅子をベッドに近付けてなるべく距離をあけないようにと腰掛ける。
「さてとてさ、突然だけどエゴサやってる?」
荒唐無稽な質問かと思ったけど、なるほど。言葉と同時に見せつけられたスマホの画面を見て俺は静かに頷いた。
「ふーん、じゃあこの元動画には辿り着いたんだね」
スマホの画面では俺が午前中に見ていた自分が殴り飛ばされる動画、俺にだけモザイク処理を施している映像。
「配信元は特定できなかったけど辿れるだけ辿っても出てこないとなれば、これがオリジナルと考えていいかな」
「それ派手にやられてんだろ」
自分でも笑えてしまう。
殴られる動画の後に痛みが後を引くくらいの今の自分の状況を見れば誰もが苦虫を噛み潰したような表情を俺に向け憐れむのかもしれない。
左目を隠す眼帯の下は紫に変色した目元が痕を残している。失明しなかっただけ儲けもんと思わねばやってられん。
「思ったよりひどくないよ、それよりコレって偶然なのかな?」
俺の悲惨な見た目に納富は病室に入ってきてから顔をいっさい顰めたりするこもなく俺に接する。平静を装うつもりでもなく、あくまで自然体に。
「......どうかな。これが前回の盗撮事件と同じ犯人なら、意図がまったく読めない」
率直な感想で言えば、俺を陥れるなら俺にまでモザイクを入れる必要がない。むしろ動画だけあって手間がかかる。けどサーチ不足なだけで無修正のモノがあるのかもしれないからその辺も断定はできない。
それよりもだ。
「別に俺をつけまわす人間がいても不思議なことじゃない。いやに注目を浴びすぎた節もあるし、今回のことと関連付けるのはさすがに」
「考え過ぎって言いたいわけだね。でも安心して、私は別にメグの為にやってるわけじゃないから」
満身創痍な本人を前にそう言い切る納富。既にめぎゅるんと呼ばなくなった事には少し物悲しさを覚えつつも掘り下げてみる。
「この状況を楽しんでるってわけね」
最初に俺に向かって言った言葉。ただの興味本位でしかないということ、一貫している。善意でも偽善でもなく、観察やあくまで研究対象くらいにしか俺のことを考えていないのだと思った。
「そう、普通の人が相手だったらこんな事やらないけどね。なんというか君って達観的だからさ、例えそれが自分の身に降り掛かる災いだとしても」
その言葉を聞いて、まるで核心を突かれたかのように心臓が痛くなるのを抑えられなかった。
「感情を面に出さないよね」
「そんな人間はいない」
断言できる。
表情筋が堅いと言われた方がまだ納得がいく。誰だって予想し得ない事が起これば狼狽する。勝負に勝ったり可愛い女の子を見かけたりすれば楽しくなる。友だちとバカみたいな話をして喜び分かち合っている。
それは普通のことだろう?
「そうだね、言い方を間違えたや。楽しいや辛いという出来事をオンタイムで分析してるんじゃないかってこと」
「その場で表す感情が演技っぽいとかそういう話?」
「褒め言葉にするなら咄嗟の判断とか得意なのかな。常に冷静になれる人なんじゃないかと私は観察してて思ったね」
ただのアホだと思ってたけど、こいつぁ折り紙付きのアホなのかもしれない。
「私は自分の人生も含めて楽観するタイプだからどう思われていようが気にはしないよ」
目を細めるが視線は俺から外そうとはしなかった。
「なるほど」
知れば知るほど、深みに嵌れば嵌るほど納富いとに対する警戒心は大きくなる。だが、逆にわざとそれを行っているのだとしたら?
「ほら、今もよからぬ事を考えてるね?」
「どうやら俺はイトチンが苦手な人種みたいだ」
感受性が豊かな人には独特の雰囲気というか、波長のようなものがあるのだという。世間が認めればそれは才能、否定されれば異常となる。表裏一体なのでいつどう転ぶかは不明。
才能に匹敵するには才覚を発揮するしかないと、いつからか考え込みやすい人間になってしまった立川巡瑠。
だから俺は気付く。
納富いとは天才だと。
ある種の愉快犯、俺は納富いとが今回の件と無関係な人物だとは到底思えない。
黒かどうかは分からないけど限りなく近いグレーかもしれない。
俺は最も警戒すべき相手が彼女だと悟った。




