閑話 そのころの兄
「会長、どうしました?今日はいつになく時間をきにしていますね」
あ?
「いや、スマン、なんでもないんだ」
しまった。無意識に時計を見ていたらしい。
今頃、璃々亜は嘉久とどこにいるのかと、つい気になってしまって。
嘉久には、当日の行動予定表を提出させた。
嘉久らしい分刻みの予定表を見た時には、ああ、璃々亜は大変だなぁと……少し同情してしまった。
だが、余りにも素晴らしいエスコートをされても、それはそれでしゃくに触るので、嘉久には何もいわずにおいた。
今ごろは、バスで移動中だろうか。
……バスにはうまく乗れたのだろうか?もしこの時刻のバスに乗り遅れていたとしたら、次は20分後だろう?そうするとあとのスケジュールが全部狂ってくるはずだ。
心配だ。
やはり、嘉久と二人で京都になど行かせるべきではなかった……と、後悔する気持ちを押さえる。
「会長、もし何か気掛かりなことがあるのであれば、あとは私たちが」
副会長の東が、何やら悪巧みをする子供のような表情で笑った。
「ふっ。借りを作らせて、この間の部費の件で脅しをかけようとしてもダメだぞ?」
「あはは。そうですか。それは残念です。では、貸し借りなしで、もう一度考えてもらえませんか?お菓子分の部費増額の件」
東が悪気もなく笑う。
お菓子分といえば、璃々亜の所属する分だ。
楽しそうに家でも練習している姿を見る。
それに、なんといって、璃々亜が嬉しそうに手作りお菓子を持って帰ってきてくれるんだ。
私とて、増額してやりたい思いはある。というか、東からではなく、璃々亜から直接「お菓子部の部費をあげてほしい」と頼まれたら、思わず頷いてしまうかもしれない。
いやいや、生徒会長の仕事に私情は禁物だ。それゆえに、こうして東に何度も言われても断っているのだから。
「何度も言うようだが、いくらKHTのためとはいえ文化系の部活ばかり優遇すれば、運動部から批判が集まる。もともと運動部はKHTで十分貢献してくれているんだ」
「まぁ、それはわかりますよ。なんとか説得……も、難しいですか」
東の言葉に、運動部主将たちの顔ぶれを思い浮かべる。
現在力を一番持っている部は……。
「野球部だな。増額してほしいのなら、野球部主将を自分で説得してくれ」
私の言葉に、東がうっと口をつぐんだ。
野球部主将の説得。
ミイラ取りがミイラじゃないけれども、野球部の主将は一筋縄ではいかない。
もし説得に向かえば、脳禁代表ともいえるあの男は「スポーツはいいぞ、一緒に汗をかこう!」と夕日に向かって走り出すようなやつだ。
話し合うのは、肉体で!みたいな……。増額に反対するというよりは「金がなくて部活ができないなら、運動部へ入れ!」とか言い出すようなやつだ。
さいわいにして、東は女だ。女生徒たちから人気があるイケメンっぷりであるが、正真正銘の女だ。
さすがの野球部主将も、野球部へ勧誘するようなことはあるまい。
私が説得に向かったなら……。
筋肉チェックされた上で「足りん!筋肉が足りん!文化部にばかり金を回そうとするからそうなるのだ!我等運動部に金を回すのだ!トレーニングルームを増やして、運動部のみならず全校生徒がもっと筋肉をつけられる環境を!」と、めんどくさいことになりそうだ。
「はー、ちょっと考えさせてください」
東はがくっと肩を押さえて仕事に戻った。
時計の針は、そろそろ璃々亜と嘉久を載せたバスが目的地に着くころだ。
次は散策30分だったか。
……しまったなぁ。
璃々亜に「私も行きたかったけどいけないから、たくさん写真を送ってくれ」と頼めばよかった。
いや、だがもし……嘉久と二人で仲良く並んで取った写真が送られて来たら……。
仕事をほうり出して京都に行く自信はある。




