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第49話―プリケツと、申し訳程度に生えた脛毛―

「いいか西島。自衛隊が出動するにしても、上の許可を取るのにアホみたいな時間がかかるだろう。なんたって市街戦をやろうってんだからな。大戦中だって本土で市街戦なんざなかったんだ。幕末かって話よ。平和ボケした連中には寝耳に水さ」

 車窓の外、流れる景色の中には、蟻塚から這い出したと見紛う程の人の群れ、また、群れ。

 病院から市街中心部に向かうランクルの助手席で、比嘉は舗装の凸凹をいちいち拾う固いサスペンションの不快な乗り心地に、思わず頬を歪めた。

 窓を含め、防弾加工が施されているパールブラックカラーのボディ。それによる重量増に耐える為、レートアップされたスプリングと、特注のショックに交換された足回り。ブーストアップにより出力が絞り出されたV8エンジンは400馬力を発生し、鈍重な車体を難なく加速させる。 

 後付けされたタービンからは、派手な吸気音が獣のごとき咆哮を上げ、エンジンルームの厚い隔壁バルクヘッドを介して尚、容赦なく室内に飛び込む。

 それらとは対照的に、エアロさえ巻かれていないエクステリアは、一般車両に違和感なく溶け込み、地味にすら見えた。

「三国社長もそうですが、増山と木下まで自由にして本当に良かったんですか?奴らが白だって、まだ完全に分かった訳じゃ......」

 ランクルを運転する比嘉の部下・西島は、困惑した表情のままハンドルを切ると、タイヤを鳴らしながら交差点を右折していく。押し黙った助手席の上司へ向け、ちらりと視線を送った。比嘉同様、職業柄か、その眼差しはやたらに鋭い。

「──バカを以てバカを制する。」

「はっ?バカ?......ですか?」

「あぁ。元はと言えばあの会社が原因だ。てめぇのケツをてめぇで拭こうとしている最中に、周りにまで被害出しやがって。バカ二人......木下と増山。あいつらはさ。俺達のな」

「バカを保険に......ですか?」

 比嘉の言い回しに、思わずニヤける西島。

(あからさまに共同戦線を張るって訳にはいかないってことか。怪しげな武装を所持してるとはいえ、紛いなりにも彼らはただの一般市民)

 比嘉の真意を汲み取り、口をつぐんだ。

 比嘉と西島が同乗する車両を先頭に、同型のランクルが三台、一列になり国道を進む。反対車線には、市街地から逃げようとする市民の車が渋滞を作り、そこかしこから怒号や罵声、クラクションの音が上がっていた。





「へっ、へっっくっす!」

「なんだ?風邪か?」

 木下のくしゃみに、増山は呑気な声を上げた。

 病院から出た増山と木下。二人とも変わらずの病衣姿。

 寒空の下、風が吹く度に増山の病衣の裾がはためき、申し訳程度に生えた脛毛が見え隠れする。屋外だというのに二人が履いているのはスリッパ。なんとも言えない悲壮感を漂わせていた。

 遠くに立ち昇る細い黒煙。

 鳴り止まない振動。

 慌ただしく病院から駐車場へ向かう、入院患者や見舞いの客。車椅子を必死の形相で走らせる者。親族に肩を借りて歩く者。それら避難しようとする大勢の視線が、増山と木下に突き刺さった。

 院外には、ピリピリとした異様な空気が漂う。

「へっくす!!......誰か噂してんのかな?......あっ!」

 怪訝な表情で走り去っていく入院患者達を気にする様子もなく、相変わらずとぼけた調子の木下だったが、病院前の駐車場に佇む自らのバイク、“隼”を見つけ、思わずその場で跳ねた。

「......どうなってんだ?」

 腕を組みながらゆっくりと歩みを進める増山は、首を傾げて訝しむ。

「三国さんの話じゃ、研究室ラボで開発途中だったスーツは没収されずに残されてるらしいし......大河のバイクまで......」

「ヒガッチ、最初から一緒に来いって言えばいいのにね~」

 視線は隼のメーター周りに注いだまま、木下は小躍りしそうな様子で愛馬に跨がった。

「キーとヘルメットまで......之定(ノサダ)まであるじゃん」

 タンデムシートの脇には、アジャストケースがそのまま備えつけられており、中を確認した木下の顔には満面の笑みが浮かぶ。

「──あの野郎」

 浮かれる木下を尻目に、苦虫を潰した表情の増山。

「何が“俺たちの部隊がなんとかする、大人しく寝てろ”だよ。─まぁ、一般市民の俺達と共闘は出来ないってことか。あくまで<自己責任>とでも言いたいらしい」

「増山さん、行こう!これ以上犠牲者を出す訳にはいかない!」

 木下の瞳に爛々と宿る光。

 終始おちゃらけた態度を通しているが、その実、心の中には言い様の無い怒りと悲しみが渦巻いていた。

「あぁ。野郎を止めよう」

 増山の言葉を聞いた木下は、白い歯を僅かに覗かせると、隼のキーを捻った。

 チタンの集合管から甲高い快音が轟く。

 タンデムシートに増山が跨がるのを小振りなミラーで確認すると、木下は五指に微かな力を加え、アクセルを開けた。

 キャブチューンが施され、200馬力を発生するエンジンが硬質なメカニカルノイズを吐き出し、強烈なトルクがタイヤに伝う。

 ワイドタイヤが路面を蹴りだし、白煙と共に刻み込まれるブラックマーク。

 人間を含めた総重量400キロを、軽々と突き動かす。

「おわっ!?」

 突如増山が奇声を発した。

 巻き上がる風に、自らが纏う病衣が下から一気にめくりり上がり、履いているボクサーパンツが露になったからだ。

「ちょっ、おい!大河!」

「ヒャッハー!!!!」

 無論、木下の病衣も同じく捲り上がり、増山と揃いのボクサーパンツが丸見えになる。

 どちらも三国から譲渡された品。

 スーツを転移させるために、座標を発信する特殊繊維が編み込まれた物だった。

 ちょうど病院入り口で、患者を退避誘導していた看護婦の東が、その一部始終様を目の当たりにし、目を丸くした。

「な、なんなのあの人達......プッ」

 赤面しながらも、緊迫した状況を忘れ、思わず吹き出す。

 形の良い木下のプリケツと、増山の申し訳程度に生えた脛毛に見入っていた。

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