第46話―青年&オッサン×2―
「何一つ知らないってのは嘘だろ?あんたらの友達の三国社長の身柄。俺たちが預からせてもらってる」
「……三国さんを?どういうことだ?」
比嘉の言葉に、一層険しくなる増山の表情。
もちろん、比嘉に対し「何一つわからない」と、増山が言ったのは、その場しのぎの嘘でしかない。三国より聞き及んでいる話は、三国重工が招聘した科学者が関与しているなど、核心に近い。
「この街で起きている不可解な事件の調査を我々は進めていてね。その先々で必ずぶち当たるのが、日本刀を使う謎のライダー。そして、三国社長の父親である三国会長の存在……彼が各方面に圧力をかけているって事実。マスコミから警察、さらには俺たち公安部にまでその力は及んでた」
比嘉の言葉に、木下は天井へ視線を送ると、暫く何事か考えた後、口を開く。
「そっか。三国さんのお父さんが色々根回ししてくれてたんだね。道理で小学校の件もうやむやになるわけだ」
木下は飄々とした態度で両腕を頭の後ろに組むと、仰向けに寝転がった。
「大河、お前」
顔を引き攣らす増山だったが、今自分達が置かれている状況から鑑みて、これ以上しらを切り通すのは無理だと諦め、馬鹿馬鹿しくなりため息をつく。
まどろっこしいのが嫌いな性質なのは、木下同様増山も。先刻まで強張らせていた表情も、放尿している最中と大差無い緩んだものになっていた。
「話がわかるな」
比嘉も眉間の皺を消すと、タバコのヤニで黄ばんだ歯を剥き笑う。
「三国さんもそうだが、小見ちゃんやうちの道場の人間はどうなった?」
「怪我人はこの病院に入院してるし、小見......あの新聞記者のお嬢さんは、三国社長と一緒に我々に情報を提供してもらってる最中だよ」
尋問中とは言わない。
「そうか」
門下生達が無事でいることに安堵すると、増山は更に気が抜けた。そして、ふと思い出した自らの道場の悲惨な有り様に、首を項垂れ肩を落とす。
(災害保険効かねぇだろなぁ)
脳裏には、まだ結婚したばかりの新妻の顔が浮かぶ。
(家に連絡してないから心配してるよな、歩美)
この男らしくない、悲壮感に暮れた顔。
「ところでヒガッチ。僕と増山さんはどのぐらい寝てたの?それと、この病院ってどこ?」
急に覇気を無くした増山を気遣ってか、比嘉に質問する木下。
「ヒガッチ?……まぁいいが……丸一日程だよ、お前達が寝てたのは。ここは市内の大学付属病院だ。医師の診断じゃ、打撲や軽い火傷程度で、お前ら命に別状は無いらしい。あの怪しげなスーツのおかげかな?」
「ふ~ん。そーいや僕のバイクと之定は?」
「ノサダ?……あぁ、あの物騒な日本刀のことか?聞いてどうするよ?お前、あんなもん持ってりゃ銃刀法違反だぜ」
「──バイクも之定も、大切な物なんだ」
突然翳りのある表情を見せた木下に、比嘉は目を細め、口の端を僅かに歪める。
「……木下大河。高校時代は剣道部に所属し、インターハイにも出場。全国3位までいったなんて大したもんじゃないか。高校卒業後は美容学校へ入学し、卒業と共に美容師に……そんな男が、街中で段平振り回して怪物退治なんて、穏やかじゃねーな」
資料を見るでもなく、スラスラと木下の経歴を声に出す。笑ってはいるが、相変わらず瞳にはただならぬ光が宿って見えた。
「凄い。よく調べたね」
木下は体を横にすると、おどけた顔をしながら布団を目元まで覆う。
「それから、そっちのノッポのほう。増山……」
比嘉が言いかけた刹那、なんの前触れもなく、突然部屋が揺れだした。
次第に大きくなる地鳴り。
部屋の隅に置かれた薄型テレビが、ガタガタと前後に振れて踊り出す。
「なんだ?地震か?」
腕を組んだまま平静を装う比嘉だったが、胸元のポケットに入っていたスマホが鳴動し始め、眉を吊り上げながら取り出した。
「──何?あぁ。わかった」
スマホを再びポケットへ無造作に押し込むと、依然として揺れの続く病室内を歩き出し、テレビの電源を押した。
画面に映し出された映像は、所々煙が上がり、特撮映画さながらに破壊された街並みだった。
木下は起き上がり、テレビを見つめると、首を反し増山の顔を覗きこむ。
「今度はなんだろ?」
木下の声を、テレビから流れるリポーターの悲鳴に近い声が掻き消す。
『ご覧下さい!とても現実の光景とは思えません!』
映像は上下左右に激しく揺れ、明らかに動揺しているであろうカメラマンの心理状況を伺わせた。
市街地。林立するビルや商業施設が次々に倒壊し、そこかしこに立ち昇る黒煙。
パニックに陥った群衆が同一方向から押し寄せ、取材クルーが陣取る交差点の歩道を、津波のごとく埋め尽くしていた。
皆、必死の形相で一心不乱に駆けていく。
「なんだ……こりゃ?」
半壊した自らの道場を再建することに思いを巡らせていた増山だったが、画面に流れる異様な光景に言葉を失う。
『謎の兵器が破壊の限りを尽くしております!警察が出動し応戦していますが、まるで歯が立ちません!』
風が強いのか、ファーのついたコートをはためかせながら、長めの髪を震える手で押さえつける若い女性リポーター。品のある目元をピクピクと痙攣させ、動揺を隠せない。
『……駄目だ!逃げろ、おい!』
カメラが突然アスファルトを映し出し、カメラマンのものと思われる荒い息遣いと共に、舗装のザラザラとした模様だけが動き出す。
全ての描写がやたらに生々しい。
数秒と経たず、スタジオへ画面が切り替わった。
原稿用紙を両手で握りしめた中年の男性アナウンサーが、体を硬直させながら前のめりになり目を見開く。
インカムをつけたスタジオ内のスタッフが、画面に写りこむのも気にせずに、アナウンサーへ指示を出していた。
『えっ……現場は混乱しておりまして……情報が入り次第……』
当のアナウンサーは、たどたどしく場を取り繕うとするが、顔面蒼白。
視聴者に痛々しい印象を与える。
「また、あの野郎の仕業か?」
木下と共に画面に見入っていた増山が呟いた。ギリギリと奥歯を噛みしめ、両眼に殺気を宿す。
再び激しい振動が病室を揺らした。
爆音。
その発生源は近い。
テレビの映像が切り替り、ビルの屋上、遠距離から飛翔する物体を捉えるカメラ。
黒い、金属で構成された巨大な塊。
夕焼けに滲む街並みの中に、白煙のラインを刻んでいた。




