第42話―団子撒き―
砕けた顎から盛大に鮮血を吹き出し、後方へ倒れていく金髪の少年。
驚愕の表情を浮かべながら、身を仰け反らす。
それとは対照的に、回転した腰から器用に両足を揃え着地すると、増山はすぐさま後退していく。
その動きに一切の油断は無い。
相対している敵が人外の者であるという認識が、再び半身の構えをとらせていた。
『やったぁ!』
三国は研究所で思わず立ち上がり、両腕を上げながら歓喜の表情を浮かべる。
だが、増山は一瞬見せた笑みを消し去ると、すぐに憮然とした表情で口を真一文字に結ぶ。
「三国さん、喜ぶのは早いかもな」
『えっ?』
拍子抜けした声を出す三国をよそに、倒れかかった少年は右足を後方へ送り、踏みとどまった。
顔は真下を向き、金髪を小刻みに揺らす。
「……くくっ、おじさん、ほんと強いね。面白い。面白いよおじさん」
顎は確かに砕かれている。
口角から止めどなく滴る血液が、道場の蛍光灯に照らし出され、不気味な程にギラギラと赤く輝いて見えた。
「その状態でなんで喋れんだよ?」
不敵に呟く増山だったが、内心戦慄していた。
手応えから察するに、普通の人間ならば悶絶しながらのたうち回る重症を与えたはずだった。
「また魔法で回復すんのか?」
「くくっ、今回はそういう仕様じゃないからね。でもおじさん。今日こそはきっちり殺してあげるよ」
眉間に深々と皺を刻むと、少年らしい笑みを消し去った。
「仕様だぁ?おじさんにも分かるように詳しく説明してくんねーかな?」
軽口を叩く増山だったが、全身には緊張感が漂い、視界に捉えている悪魔のような存在の一挙手一投足に、全神経を集中している。
床に落ちた血液は、天井に穿たれた穴から落ちる雨と混ざり合い、複雑な模様を描く。
再び道場の中を静寂が支配した。
数秒の沈黙。
瞬間、砕けた顎を引き、少年は両腕を左右に開いた。
開かれた両手には、ぼんやりとした蒼白い光彩が浮かび上がっていく。
「野郎っ!」
増山の怒号が天井の穴を抜け、雨中の夜空へこだます。
目前に輝く光が、“気弾”の発生を意味するものだと悟ったからだ。
(バッテリーが切れて、電磁装甲は使えねぇ)
強化装甲服が装着者に圧倒的運動性能を授けるとはいえ、狭い道場の中では“気弾”を容易に避けることは難しい。
少年は両腕を左右から水平に動かし、前面へ突き出す。それは、“気弾”を撃ち出すモーションだった。
「!」
突如としてその腕を自らの顔面へ掲げ、かばうかのように交差させる。
一発、二発。
黒い球体が間断無く少年の両腕に衝突し、粉々に弾けた。
それは飛沫となり、金髪や腕に幾つもの黒い染みを作り、汚す。
「あっほい、ほい」
天井に開いた穴。その暗闇から軽快なリズムの声が聞こえ、道場の中へ不気味に響く。
雨が降りしきる虚無の闇から、更に数発の球体が勢いよく飛び込んできた。
見上げた少年は、その声の主が何者かすぐに気づいた。
「へぇ……土竜を倒したんだ。やるね、お兄ちゃん」
言いながら、造作も無く球体を両手で叩き落とした。
屋根の上。
木下は、田んぼで作った泥団子を、拾った屋根瓦に山ほど載せ、次々に投てきしていた。
顎から滴る血液を拭うと、あどけない少年の表情はそのままに、白いこめかみに血管を浮き上がらす。
殺気を露にし、次々に投げ込まれる泥団子が自らの体へ着弾する寸前、拳で瞬時に砕いていく。
「今殺してあげるからね」
木下が泥団子を掴み取ろうとするほんの一瞬の間。
金髪の少年は太い腕を再び左右から水平に掲げた。痛覚など持ち合わせていないのか、砕けた顎を気にする様子もなく、その動きになんら淀みはない。
瞬く間に手のひらの中心から蒼白い光彩が溢れ出す。
「三国さん!屋根の上には大河がいるのか!?」
不気味な音頭を取りながら、次々に投げ込まれる黒い泥団子。
呆気にとられる増山は、金髪の少年同様、それが木下の仕業だと気付く。
『は、はい!』
研究所に並ぶ二つのモニターには、増山と木下、二人の視界がカメラを通して映し出されている。
木下のヘルメットに搭載された小型カメラは、屋根に開いた眼下の穴から目映い輝きが広がる様を克明に映し出していた。
「ほいっ、ほい……あっ……まずいかも」
あらかた泥団子を投げつくしたところで、自らへ向けられる“気弾”の爆発的な輝きに木下は気付く。
両手を手首で合わせ、天井へ向け突き出す少年。
道場内の空気が渦を巻き、一層蒼白い輝きを増しながら両手に集約していく。
だが。
「はぁっ!」
屋根の上にいる木下へ意識を集中していた少年の懐へ、一瞬の隙をついた増山が滑りこむ。
低い姿勢から、猛禽類のごとき速さで攻勢をかける。
木下の子供じみた行為は、ほんの僅かな時間ではあるが少年の意識を増山から反らしていた。




