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第41話―会心の笑み―

 木下が鎧武者と雌雄を決した頃。

 道場では増山と“金髪の少年”が死闘を繰り広げていた。

 増山が放つ電撃を纏った正拳突き。

 常人ならば掠めただけでも死に至る程の威力を有している。

 背中のバックパックに内蔵されたバッテリーの残量は1分弱。常時放電し続けるグローブには、とてつもない電流が陽炎となりゆらめき、紫がかった残像の尾を引いた。

 不自然な程後方へ身を仰け反らせた少年は、顔面まで数センチ、紙一重で突きを躱す。だが、僅かに触れた金髪の先端が、瞬く間に収縮しながら焦げつき、炭化していく。

「オラァッ!」

 踏み出した左足を軸に、増山は続けざまにローキックを蹴り出した。

 強化装甲服ミーパスの恩恵は計り知れない程の力を増山に授け、得意のローキックは巨木を一撃でへし折る程の威力を秘めていた。

 無防備に折り曲げられた金髪の少年の足元を、一瞬の躊躇もなく払い飛ばそうとする。

 刹那、天井を見つめる少年の顔に笑みが浮かぶ。

 仰け反った体勢から両手を床に着き、揃えた両足から下半身をはね上げた。

 踵を左右続けざまに、増山の顎と喉元目掛け蹴り上げていく。

「ちぃっ!」

 ローキックを避けつつ、攻撃に転じる攻防一致の動き。不自然な程に腰部が曲がる体勢は人間のそれではない。

(速ぇっ!)

 増山は咄嗟に反応し、上体を斜めにするも疾風のごとき凄烈な蹴りはヘルメットの鼻っ面を掠めた。

 踵には蒼白い光彩が煌めき、それが先刻から自らと木下を苦しめている気弾と同種のものだと増山は気づく。

 鋭利な蹴りは、ヘルメットを構成するドライカーボンに易々と裂傷を刻んだ。

 強固な炭素繊維が破断し、網目を切り裂いていく。

 床を蹴り、後退する増山。

 再び互いの間に距離が生まれる。

「おじさん1人じゃ辛いかな?刀のお兄ちゃん、もう死んだかもね」

 再び半身の構えをとる金髪の少年は、相変わらず不敵な笑みを崩さない。

「あいつがそんな簡単に死ぬかよ」

 対峙する増山は、右腕を突き出し腰を落とす。

『増山さん!バッテリーの残量が尽きました!』

 耳障りな程大音量な三国の声と同時に、グローブから立ち昇っていた空気を歪める程の電撃が消失していく。

「盾みたいに、衝撃を受けたら発動するようには出来なかったのかい?」

『すみません。グローブのような小さな物には帯電させるのが精一杯で……技術的限界です』 

 そのやりとりを、微笑みながら静観している金髪の少年。

「──話は終わった?電池切れ?」

 チリチリに焦げた前髪を指先でねじると、増山へ囁く。視線は増山ではなく自らの髪へ向けられていた。

 碧眼が寄り目になり、殺気立った空気とは裏腹に愛嬌たっぷりに見える。

「まぁそんなとこだ」

 微動だにしないまま少年の姿に注視する増山の目前へ、銀色のラインが斜めに幾筋も走り出す。

 二人の頭上。天井から屋根まで貫通した穴。

 その漆黒の闇から、冷たい雨が降り始めた。

 静寂に支配された道場で対峙する両者。その中間点へ、徐々に水溜まりを作り出す。

「おいおい、どうしてくれんだよ」

 増山は、どこかヤクザな口調で半ば諦めに近い言葉を吐く。

 爆撃されたかのような庭先に、あちこち捲れ上がり飛散した屋根瓦。その屋根には、出入り可能な程に巨大な穴まで開いている。土塀までぶち抜かれたと知れば、増山は失禁しかねない衝撃を受けるだろう。

 可愛がっている門下生を痛めつけられ、蹂躙の限りを尽くした目前の敵に、怒り以外の感情など皆無だ。

「治療費に修理費。そんなもんは持ち合わせて無いだろうからな。お前に命ってもんがあるなら、それで償ってもらうことにしようか」

 完全に取り立て屋にしか聞こえない言葉を呟くと、右足を後方へ引く。

 踏みつけた床がミシミシと耳障りな音で鳴いた。 「ふふ。ジャパニーズマフィアなセリフだね。おじさん、カッコいいよ」

 金髪の少年がそう口にした瞬間。

「うぉっ!」

 気合いと共に増山が廻し蹴りを放った。 

 右上段、少年の左側頭部目掛け、局所的に降り続く雨を払いながら猛然と襲いかかっていく。

 その蹴りに対し、太い腕を振り上げ捌こうとする少年。その左腕には蒼白い輝きが滲む。

 造作もなくガードしたかに見えた。

 しかし。

 増山の蹴りは更に跳ね上がると、少年の頭上から真下へ落ちていく。

 柔軟な股関節から生み出される“ブラジリアンキック”。

 軌道を変えた蹴りに反応出来ず、直撃したかに見えた。

「残念」

 その変則的な蹴りにすら瞬時に反応して見せた少年は、ほくそ笑みながら交差させた両腕を頭上へ掲げ、増山の蹴りを難なく受けた。

 鈍い打撃音が道場にこだまし、屋内の空気を震わす。

「残念なのは、おめーだよ」

 増山の右足から繰り出した蹴りは、少年の両腕、蒼白い光彩を放つ部位に受け止められている。だが、それとほぼ同時に、増山は腰を捻り回転させながら、一瞬で左足を跳ね上げた。その踵が真下から捉えたのは少年の顎。

 増山が最初に放った右足からの蹴り。変則的に軌道を変えたその攻撃に対するガードのため、少年の両腕は頭上に掲げられたまま。

「ぐふっ!」

 なんの抵抗も出来ぬまま、増山の放った連続蹴りは叩き込まれる。

 防御のために自らを守る“気”の発現は見られない。それほどまでに増山の動きは素早く、神がかっていた。

 超人的なパワーを発揮するスーツの助力を得て、不安定な姿勢からの蹴りですら恐るべき威力を有し、少年の顎をいとも容易く砕く。

「鬼道空手奥義・がく

 ヘルメットの中で会心の笑みを浮かべる増山。

 一撃目の上段蹴りは、頭頂部へ突き立てられた虎の上顎。

 二撃目に放たれた下方向からの蹴りは虎の下顎。

 鋭い牙が上下から襲いかかる、鬼道空手の絶技。

 少年の口から吹き出した鮮血が、強化装甲服を構成するドライカーボンの網目模様を赤く染め上げていく。

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