第39話―居合い?的な?―
増山が道場で金髪の少年と相対している最中。真紅の甲冑を纏う鎧武者と木下、両者もまた対峙していた。
風が、次第に強くなっていく。
雲が濃くなり、月の輝きを奪いながら夜の闇を深くする。
(一体なんなんだろう。この前の勇者といい、目の前にいる鎧武者)
やっと正常に回復した視力。
目前の敵を視界に捉え、今更ながらに木下は自問していた。
10メートル程離れた位置で膝をつく鎧武者。そのままの体勢で、首を上げて木下を見据えていた。
人の気配は感じ無い。
どこか虚ろな、ただ禍々しさだけを封じ込めたかのような甲冑。
(いつもの皆さんと同じく、人間じゃないことは確かだよね)
木下は生来から、穏やかで優しい性根の持ち主だった。
人との争いは嫌いで、誰かが傷つく事も、自分が傷つく事も避けて生きて来た。
だが、今目前に存在する得体の知れない何かは、木下自身のみならず、罪も無い人々を容易に傷つけている。
(許せないな)
和泉守兼定を握る手に力を込めると、中段の構えから両腕を後方へ送り、刀の切っ先を地面スレスレへ下げた。
対する鎧武者は静かに立ち上がると、両手にしている大小二振りの刀を、何を思ったか腰の鞘へ差し込む。
両刀の柄からは手を離さず、腕は腹の前でクロスさせたまま腰を落とし、両足は左右に開く。
首はうなだれ、両眼から幽かに溢れる赤光は、自らと木下の中間点を見つめていた。
(なんだろ?)
思わず心中で呟く。
鎧武者はその姿勢のまま微動だにしない。
夜空を覆う雲が一段と厚みを増して、庭先全体を更に暗くした。
月明かりに照らし出され、美しく発色していた真紅の甲冑が暗闇に溶け込んでいく。
「もしかして、居合い?的な?」
その刹那、眩い光が弾け、木下の視界を包みこんだ。
カメラのフラッシュに似た輝き。
「えっ!?」
反射的に右腕を掲げ、装備された電磁装甲で防御の体勢を築くが、とてつもなく速い何かは既に木下の体を捉えていた。
「あうっ!」
盾に内蔵された電磁装甲が発動し、強烈な衝撃を伴いながら暗闇の中を紫電が荒れ狂う。
鎧武者の放った謎の攻撃をなんとか凌ぐも、圧倒的な何かは木下の体を後方へ吹き飛ばした。
敷地を隔てている真新しい土塀に背中から激突し、巨大な穴を穿つ。
粉塵が舞い上がり、職人が丹念に塗り固めたであろう土塀が、無惨にも粉々に飛散した。
増山が見たら泣き出すだろう。
そんなことなど知る由もない木下は、砕け散った残骸と共に表通りの路上へ転がった。
(今のは一体……見えなかった……あっ)
手にしていた和泉守兼定が、無い。
攻撃を喰らった瞬間、手元を離れてどこかに飛んでいた。
「まずいな」
仰向けのまま、自らの置かれた状況を他人事のように呟く。
ヘルメットのバイザーを、パラパラと音を立てながら細かな雨粒が叩き始めた。
『木下君!動け!』
耳元に聞こえる三国の声に、虚ろな気配を振り払い跳ね起きようとした瞬間。
「!」
崩れた土塀を飛び越え、鎧武者が空中から姿を現した。小太刀は鞘に収め、太刀を諸手に高々と上段に構えている。
即座に反応した木下は、先刻同様に盾で自らの上半身を覆う。
しかし、白刃が到達する寸前、鎧武者は手首を返して刀の軌道を反らす。
金髪の少年同様、電磁装甲が持つ攻防一致の性能を理解していた。
木下はアスファルト上で仰向けのまま微動だにしない。その脇へ着地した鎧武者は、再び木下目掛け太刀を振るう。
「ほいっ!」
気の抜けた掛け声を吐き出すと、素早く起き上がり、胸元を掠める刃を目前にしながら後方へ飛び退いた。
白刃が斜めに円を描き、銀色の残像が雨粒のカーテンを破断していく。
その斬撃を視界に捉えたまま、木下は軽々と20メートル程後退し、不自然な態勢から四肢を突き出し着地した。
暗闇の中で辺りに目を凝らすが、和泉守兼定は見当たらない。
破壊された土塀を背に、鎧武者はゆっくりと立ち上がっていた。
再び“居合い”の構え。
『き、木下君、和泉守兼定は!?』
研究所のモニター越しに、木下が何も手にしていないことを確認した三国は、声を上ずらせた。
「どっかいっちゃった」
『はい!?』
「それもそうだけど、三国さん、さっきの居合いっぽい技……あれはなんだろ?まるで見えなかった」
『すぐに確認します!』
木下のヘルメットに内蔵されたカメラ。その記録映像をすぐさま再生し始める三国。
数台並ぶモニターの一つに映像が流れ始めた。
──しかし。
「わっ!」
敵は悠長に待ってはくれない。
二振りの刀を抜き去ると、凄まじい速さで十文字に薙ぐ。
次第に強まっていく雨を裂きながら、再び“見えない攻撃”が木下に襲いかかる。




