第32話―発動モーション―
「おぉっ!」
蹴りだした地面がえぐれ、後方へ撒き散らされる大量の土砂。瞬間移動さながらの速度で、強化装甲服を纏った増山が“天狗”へ突進する。
踏み出す度に加速される増山の巨体。黒く光る強化装甲服が闇夜に溶け行く。
天狗の目前で膝を折り跳ね上がると、空中から腰を回転させ、猛然と蹴りを叩き込む。もはや増山も人ならざる動きを見せ、天狗の圧倒的な運動神経を以てしても回避できない程の速度で攻撃が炸裂した。
それに対し、右足を一歩踏み出し姿勢を低くした天狗は、自らの目前で腕をクロスすると、その攻撃をまともに受けた。
闇夜に響き渡る強烈な破裂音。
しなり、えぐれる天狗の両腕。
防御のために重なりあった太い腕が弾け、左右にほどけると、無防備になった天狗の面目掛け、間髪いれずに空中から増山の正拳突きが撃ち込まれた。
右。
左。
交互というには速すぎる、空間を穿つ両拳。
拳銃の銃声と錯覚する乾いた音が二発、夜空へこだまし反響した。その攻撃を、僅かに首を左右に振りながら回避する天狗。
紙一重で増山の正拳突きは見切られている。
「くっ!」
瞬間、目と鼻の距離まで接近した両者の視線が空中で交錯した。
天狗の面の窪んだ両眼から微かに覗く瞳。月明かりに一瞬照らし出されたそれは、無機質に増山を見つめていた。
がら空きになった増山の胴体目掛け、天狗が両腕を突き出す。先ほど増山に攻撃を受けダメージを負っているはずだった。しかし、痛みを感じていないのか、その動きに緩慢さや迷いは無い。
手首を合わせ、開いた天狗の手のひらから青白い発光が起こった。
「んだとっ!?」
その輝きが二人の中心で爆発的に放出され、増山の胸部に叩き込まれる。
「っ!」
強化装甲服に身を包んだ巨躯が弾け、背中から地面に叩きつけられた。そのまま10メートル程後方へ地を滑る。内臓に響く痛み。鉄壁の防御を誇ったスーツ越しに、確実にダメージを感じた。
『増山さん!』
研究所のモニターを食い入るように注視していた三国が叫ぶ。刻々と数値が変動しながら表示されるグラフ。強化装甲服を介して測定される増山の心拍数や血圧が急激に上昇していた。
喉の奥から沸き上がる吐き気を抑え立ち上がると、天狗の姿を視界に捉え、防御の体勢を築く。
「……っ……三国さん、今のは?」
『一瞬ですが、スーツに加えられた負荷は、外部ではなく内部へ向け放出されていました……気功か何かの類いのようですが……』
「気功?発勁ってやつか?……おいおい、あの光、ゲームじゃねーんだぞ」
ヘルメットの内部で口元に滲む鉄の味。
「なんたらクエストの次は、格闘ゲームのキャラクターかよ?……冗談じゃねぇ」
今更ながらに戸惑う増山を尻目に、その場で身を屈めた天狗は垂直に跳躍した。
両腕を腰の位置に添えながら、空中高く舞い上がる。はためく白い道着が、闇夜に白い軌跡を描く。
増山はその姿に目を見張る。
天狗の全身に気力が充実し、暗闇でもハッキリと確認出来る淡い光が両手に宿って見えた。
交互に突き出された掌底から放たれる、爆発的な輝き。
「ちぃっ!」
その場に立ち尽くすことが危険だと瞬時に悟った増山は、一気に後方へ向け地面を蹴った。
その足元。
天狗の両手から放たれた青白い光球が、周囲を煌々と照らしながら地面で爆裂し、派手に土砂を撒き散らす。
遅れて放たれた二発目。
飛び退いた増山の着地位置を予見していたかのように、正確に増山の体を狙っていた。
『増山さん!両腕の“エマ”を!』
「!」
ヘルメット内部に響く三国のカン高い声。
謎の光球が着弾する寸前。増山は両腕をクロスし、自らの胸部前面に掲げた。その腕には、木下の強化装甲服に装着された“エマ”より、薄さも幅も小振りなプレートが左右共に装着されている。
その刹那、重量のある物体が鉄板に叩きつけられたと錯覚する爆音が響き渡った。だが、衝撃を伴った青白い輝きは散り散りに発散し、真っ白な電撃と共に闇夜に消えていく。
先ほどの発勁とおぼしき攻撃の痛みを想像していた増山だったが、その予想に反し、ダメージは皆無だった。
強化装甲服の背中から、突如として電動ファンの回転音が鳴り始める。背中のバックパック下部にある2つのダクトから高温の空気が排出されると、周囲の冷えた空気を暖めた。
「三国さん、こりゃ」
『ええ、前回の戦闘で木下君が使用した、電磁装甲──Electro Magnetic Armorです!』
「背中が騒がしいのは?」
着地した天狗から視線は外さずに、増山は首を斜め後方へ傾げる。
『前回の戦闘時に投入した“エマ”は、バッテリーとシールドを一体式にしていましたが、発熱と敵の攻撃からの耐久性を考慮した結果、別体式に改良しました。背中のバックパックに大型バッテリーとラジエーターを収納しています。多少うるさいですが、大型の電動ファンでラジエーターを強制冷却しないと、バッテリーの発熱を抑えきれず破裂するんです』
どこぞのテレビ局にいる中堅アナウンサーばりのシルキーな滑舌で、三国は一気に説明した。
「卑怯技にはインチキ装備で対抗って訳か」
三国と増山のやり取りを知ってか知らずか、攻撃を放ち終え着地した天狗は、腕組みをして悠然と構えている。
『それから増山さん、両手のグローブにも打撃用の“エマ”を装備しておきました。ただ、電力の消費を抑えるために、待機状態から起動するための“発動モーション”を入力する必要があります』
「発動モーション?」
『はい!木下君が考案してくれたんですが......首を右斜めに二回傾げ、開脚。両手を逆ハの字に下へ伸ばしてください。“ハの字”はカタカナの“ハ”ですよ。その状態から、一気に腕を左右ともに元の位置まで引き上げながら──』
「はっ?」
意味不明な説明に、増山は戸惑う。
『ハッキリとした口調でキーワードを唱えてください』
「キーワード?」
『コマネチ!!です』
「……!?」
絶句する増山だった。




