第31話―超越者―
無防備な増山の背中目掛け、天狗の放った強烈な蹴りが叩き込まれる。
その瞬間、増山の全身を黄金色の輝きが包みこんだ。周囲の闇を溶かしながら、白昼と錯覚する程の目映い光が道場と庭先を煌々と照らし出す。その最中、ついに天狗の蹴りが増山の背中を捉え、空中で姿勢を崩しかけた巨体を、まるで強力な磁力で地面へ吸い寄せるかのように落下させた。
うつ伏せの状態で、なんの抵抗も出来ぬまま草むらへと叩きつけられ、地響きと共にバウンドする増山の巨体。
「ぐうっ!」
背中を襲う痛み。だが、それが予想より遥かに軽微だとすぐに気付く。
そればかりではない。
地上に叩きつけられた全身にすら痛みは皆無だった。
「こ、これは?」
腹這いになりながら、自らの手のひらを見つめる。暗闇の中、道場から漏れる僅かな光を浴びて、鈍く輝くグローブ。
『増山さん!大丈夫ですか!?』
自らの頭部を覆うヘルメットの耳元で、聞き覚えのある騒がしい声がした。
「三国さんか?こりゃ、もしかして?」
『そうです!強化装甲服です!』
その声を聞いた瞬間、増山は四肢を突き出し、空中へ跳ね上がっていた。
コンマ何秒と置かず、増山が倒れていた場所へ天狗が空中から膝を落とす。地面がえぐれ、陥没しながら爆音と共に土砂を巻き上げた。
「うっ!」
増山の視界の中、周囲の景色が縦の線を幾条も刻む。
自らの体が予想より遥かに上空へ跳躍したと知る。
全てを理解した増山は、猫さながらに空中で身を捻らすと、道場の瓦屋根へ両手両足を使い着地した。真新しい瓦が、増山を中心に波状に浮き上がり、バラバラと音を立てながら元通りに落ち着く。
脇腹から背中にかけて直撃したはずの天狗の蹴り。しかし、痛みは無い。
全身を隈無く覆う“強化装甲服”が、増山を完璧に守り抜いていた。
ゆっくりと立ち上がる。すると、屋根の反対側へ、地上から跳躍した天狗が降り立った。
『木下君!現在地は!?』
『あと10分はかかるよ!増山さんは!?』
『今、強化装甲服を転送したところです!』
増山の装着するヘルメットの中に、三国と木下のやりとりが明瞭に響く。
美容室の仕事を終え、三国重工ビルへの帰宅途中だった木下は、三国から入った連絡により、バイパスを使い道場へ向け隼を走らせていた。
『増山さん、ちゃんと私の言うこと聞いて、アンダースーツ、着てくれてたんですね』
「あぁ、あんだけの枚数送りつけられたら着るしかないさ。のび太君の私服並みに、クローゼットの中に溢れてるよ」
小学校での事件後、三国は急ピッチで増山専用の強化装甲服の開発に着手した。その際、本社へ増山を招き、体型に合わせるための採寸を行っている。
強化装甲服を使用者へ転送させるためには、全身の首と名のつく部位へ、発信器のついたチョーカーやバンドを着用する必要があった。
転送先である全身の、正確な位置を把握するためである。だが、木下以上に増山はそれらの着用に難色を示した。
いい年したオッサンが、チョーカーやらバンドなどつけられないと言う増山の言葉に、三国は頭を抱えた。
そこで、座標を発信する特殊な金属を編み込んだアンダースーツを開発し、増山と木下へ大量に渡したのだ。
着心地はいたって快適で、量販店で購入出来る下着となんら変わりなく、増山は常日頃から愛用するに至った。
着用者の体温を感知すると固有の電波を発信する仕組みになっており、そこから正確な位置を特定することが出来た。
『三国さん!あと10分程で木下君が到着します!それまでなんとか持ちこたえて下さい!』
「あぁ、大丈夫だ。自分で言うのもなんだが、鬼に金棒状態、夢のドリームだ」
『はいっ?』
増山の妙な言い回しに、研究所のモニターの前で拍子抜けする三国。
「木下や救急車が来る前に終わらせるさ」
屋根のなだらかな傾斜に自らの体を傾げながら、巨体を直立させる。強化装甲服を装着した増山の体躯は、2メートルを越えていた。
まるで、寺院に並ぶ巨大な仏像を連想させる偉容を備えている。
ヘルメットの中心で左右独立し、つり上がる赤いクリスタルに似た形状の両眼が見据える先に、天狗が悠然と腕組みをしていた。
屋根の両端で向き合う両者。
冷えた風が互いの間を吹き抜け、夜空に浮かぶ月が長い影を二本作った。
月夜の中で、瓦屋根の上に距離を置いて対峙する、現代科学の粋を集めた強化装甲服と、正体不明の怪物。
「さて、化け物相手にこの卑怯スーツの性能、試させてもらうか」
ブラックとシルバーで編み込まれた炭素繊維の模様が、月明かりに濡れるかのごとく鈍く輝く。
研究所では、真剣な眼差しでモニターを見つめる三国が、表示される増山の心拍数や血圧を確認し、リラックスしていることに安堵していた。
なんの前触れもなく、対峙する両者の足元の瓦が数枚跳ね飛び、虚空に舞う。
その瞬間、既に二人の“超越者”の姿は屋根の上には無い。
遥か上空。
黒と白、二つの塊が、放物線を描きながら激突した。
両者同時に繰り出した蹴りが、衝撃音と共に空中でぶつかり合う。戦闘機が音速の壁を突き抜ける際に鳴り響く「ソニックウェーブ」を彷彿とする爆音。
「キャッ!」
戸外から聞こえる度重なる破壊音に、恐る恐る窓を開け、空を見上げていた小見が、鼓膜を震わすとてつもない騒音に両手で耳を塞ぎながら叫んだ。
空中で互いの脚をぶつけ合いながら、猛然と落下する二つの影を見つけ、唖然とした表情を浮かべる。
「うぉーっ!」
増山が気合いを吐き出し、落下の最中、更に右足から蹴りを繰り出した。しかし、いとも容易く、天狗は空中でそれを躱す。まだ増山が、強化装甲服の爆発的なパワーを御しきれていないことにより、思いと動きにズレが生じている。
再び轟音が鳴り響き、両者が地に落ちた。
土砂が天高く舞い上がり、重たい雨を降らす。
「こりゃ想像以上のパワーだ」
着地の衝撃で出来たクレーターの中から、自らの両手を見つめ、屈めた体を起こす増山。
暗闇の中、砂塵が漂い、同じように着地して身を起き上がらせた天狗の姿を、ぼんやりと隠した。




