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召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?  作者: 浅海 景


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浄化

快適な宿で身体をゆっくり休めた翌日、早朝に街を後にした瑛莉とディルクは静かな森の中を馬で駆けていた。この森を抜ければトルフィ村まであと少しだ。恐らくそこには騎士団や神殿関係者が待ち受けているというのがディルクの見立てだった。


直接面識がなければ変装で十分切り抜けられるだろうが、流石にそれは楽観すぎる。ちなみにこの場合は第二騎士団副団長であったディルクのほうが身バレする可能性が高い。


そもそもトルフィ村へ向かう人間が少なく、顔なじみの商人や近隣住人以外は立ち寄らない場所なので見知らぬ人物が来ればすぐに分かるのだそうだ。

ではどうするか。


「森を強行突破するしかないな」


渋面を浮かべながら告げるディルクに瑛莉は荷造りの手を止めた。


(今までも目立たないようになるべく森の中を通って来たよな?)


そんな瑛莉の疑問に気づいたのか、ディルクは言葉を補足した。


「プラクトス周辺の森には魔物が多く存在する。今までなら何とかなったが、魔物の被害が増加したということは魔物の数自体が増えたという可能性が高い。……エリーを危険な目に遭わせてしまうかもしれない」


深刻な声で告げるディルクに、瑛莉はおもむろに手を伸ばしてディルクの頬っぺたを引っ張った。


「………何を――」

「今更何を言っているんだ、お前は。大体私は聖女なんだぞ?こういう時こそ活用すべきだろう」


魔物の浄化は聖女の役目だ。やったことはないが、魔石の浄化と同じようなものだろう。追手が人間ならば瑛莉はお荷物でしかないが、魔物相手なら役に立つはずである。それなのに一人で抱え込もうとするディルクに少し腹が立ったため、頬っぺたをつねってやった。


「――ああ、そうだな。頼りにさせてもらうが、無茶はするなよ」


ふっと表情を和らげて頭を撫でられると、子供扱いされているようでモヤモヤしたが、その手を振り払うことはなかった。



朝日が昇る時間をとうに過ぎたというのに、生い茂った木々のせいで森の中は薄暗い。地面も見通しも良くないのだが、ディルクは巧みに馬を操っている。


「っ!」


唐突に馬が急停止し、背後から回された腕に抱き留められる。幸いにも振り落とされることはなかったが、馬は落ち着かないように蹄を地面に打ち付けている。

ただならぬ気配に瑛莉も周囲を窺っていると、耳元でディルクが小さく囁いた。


「魔物だ。離れるなよ」


先に馬から下りたディルクに続くと、身軽になったのが分かった途端に馬は一目散に来た道を疾走していく。移動手段を失うのは痛いが、恐怖で混乱状態の馬を傍に置いておけばこちらの身も危ない。事前に打ち合わせしていたので最低限の荷物は身に付けていた。


ガラスを引っかくような音と葉が擦れる音が近づいてくる。


「これは……ちょっとまずいな」


暗がりに光る眼は数十にも及び、一匹一匹は小さいものの群れをなしている。だが瑛莉がそれよりも気になったのは、魔物の群れの上に浮かぶ黒い靄のようなものだ。


「あの靄みたいなの、何?」

「何のことを言っている?特に見当たらないが」


小声で交わした言葉で瑛莉の中にある予感が生まれる。それと同時に魔物の姿がようやく視認できるぐらいに近くなった。モルモットぐらいのサイズの鼠だが、赤い瞳と剥き出しになった鋭利な歯が獰猛さを伝えてくる。


「一斉に襲い掛かられればひとたまりもないな。火を使って追い払うのが無難だろう」

「ちょっと試してみるから、待ってくれる?」


返事を待たずに瑛莉は一歩前に出て、両手を掲げて心の中で浄化を唱える。指先にわずかな熱を感じるとともに、黒い靄が揺らいだかと思うとふっと消えた。


(上手くいったか?)


じっと鼠の様子を窺えば、きょろきょろと戸惑ったように周囲を見渡している。キィと一際甲高い声が上がれば、鼠たちは逃げるようにして草むらに消えて行った。


「……すごいな」


感心したようにディルクが声を漏らして、瑛莉はようやく肩の力を抜いた。初めてのことだったので、流石に緊張していたようだ。


「体調は大丈夫か?少しでもいつもと違うことがあれば、ちゃんと言うんだぞ」


魔石を浄化した時にはなかった熱を感じたが、今はもう収まっている。


「大丈夫。何ともないよ」


不調のうちには入らないだろうと瑛莉は気に留めることなく答えた。ほっとしたように表情を緩めたディルクだったが、すぐに険しい顔つきに切り替わる。

近くの茂みからがさりと大きな音を立てて、黒い巨体――熊が姿を現したのだ。


先ほどの鼠とは比べ物にならないほどの存在感と本能的な恐怖に瑛莉は息を呑んだ。瑛莉の前に立つディルクは攻撃の機会を窺っているのか、剣を構えたまま微動だにしない。


(駄目だ!ちゃんと出来ることしないと)


強張った身体を叱咤してそっと手をかざし、熊の周囲にある黒い靄を散らそうと浄化を試みる。サイズが桁違いだが同じ要領でやればいいのだ。

だが黒い靄が霧散したにもかかわらず、熊はディルクに向かって突進してきた。振り下ろした鋭い爪を剣で弾き、すぐさま切りつけるが巨体の割には俊敏のようで躱されてしまう。


(っ、何で――浄化したのに?!)


先ほどと何が違うのかと焦りを覚える瑛莉にディルクは叫んだ。


「エリー、少し離れていろ!」


答えは出ないままだったが、突っ立ってばかりではディルクの邪魔になる。それだけは分かったので距離を取りつつも目が届く範囲まで下がった。


(何が違う……大き過ぎて浄化が足りなかった?でも鼠はそれなりに数がいたのだから浄化に必要な力に差異はあまりないはず。鼠が逃げて熊が襲ってくる理由は何だ?)


理由が分からなければディルクを助けるどころか足手まといになってしまう。そのため瑛莉は周囲への警戒が疎かになっていた。


「お静かに願います、聖女様」


すぐそばで囁き声が落ち、首筋にちくりと痛みが走る。


「このまま大人しくご同行いただけますか。貴女の侍女も連れてきておりますので、ご心配なく」


(こいつ――!!)


丁重な口ぶりだが、わざわざ侍女を連れてきたことを言及するのは暗に人質だと告げているも同然で、完全に瑛莉に対する脅しだった。


ちらりとディルクに視線を向ければ、熊と対戦中である。傷を負わせているようだが、まだ致命傷には至っていないようで集中力を切らすわけにはいかない。


僅かに首に押し付けられた感触が増して瑛莉が諦めかけた時、場違いな声が聞こえた。


「その子を離してくれないかな?」


いつの間にか正面に現れた青年は穏やかな態度で、僅かに眉を下げて困ったような表情を浮かべている。夢で見た時と変わらない姿だったが、彼の周囲には暗闇が覆いその深さにぞわりと肌が粟立った。

瑛莉を拘束する男も異変を感じ取ったのか、狼狽したように引きつった音が喉から漏れる。


「な、何者だ?こんなところに普通の人間がいるはずがない」


小さく震える声だがエーヴァルトの耳にはしっかり届いたようで、淡く微笑んで答えた。


「君たちの敵、になるのかな」

「っ、来るな!」


静かに一歩こちらに足を踏み出したのを見て、恐慌状態に陥ったのか男は刃物を振りかざし――真横に吹っ飛んだ。

その衝撃の巻き添えになって倒れかけた瑛莉を支えてくれたのはエーヴァルトだった。


「おっと、大丈夫かな?その髪型もよく似合っているね、エリー。快活で自由な君らしくて素敵だと思うよ」

「……うん、ありがとう。でも今じゃないと思う」


突然の事態に戸惑いながらも瑛莉が指摘すれば、エーヴァルトはどこか不思議そうな顔をしてから、小さく微笑んだ。

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