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召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?  作者: 浅海 景


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負い目

「兄ちゃん、あれ食べたい!」

「後でな。宿に行くのが先だろう」


きらきらと目を輝かせてはしゃぐ少年の手を取り、流れるように反対方向へ誘導する青年はいかにも面倒見の良い兄といった様子で周囲は温かい眼差しを向ける。

買い物途中の年嵩の女性が微笑ましく見守っていると、少年と目が合った。にっこりと笑った表情は人懐こく、手を振られて反射的に振り返すと、青年もこちらを見て小さく会釈を返す。


何かを少年に囁いてその場を後にした兄弟と思しき二人を好ましく思ったが、それ以上の印象は残らなかったのですぐに人々の記憶から薄れていった。


「目立つことをするなとあれほど言っただろう」

「こそこそしているほうが目立つって。それに兄弟だと認識されてるんだから問題ないよ」


宿の一室で二人きりになるなりディルクの説教が始まった。瑛莉とて追われている身だという自覚は十分にあったが、久しぶりに目にする人々の賑わいや初めて目にする街並みには興味が引き付けられてしまう。

さらには自分の変装が上出来であるという自信もあった。


「ほら、とりあえず風呂に入ってこい。周辺の様子を見て来るから、誰が来ても扉を開けるんじゃないぞ」

「はいはい、兄ちゃんは過保護だな」


揶揄うように告げた瑛莉はディルクの返事を待たずに洗面室兼浴室に飛び込んだ。



(まったくいつまで気にしているんだか……)


今朝からずっと罪悪感が滲む眼差しを向けられて、いい加減に辟易していた。

鏡に映る自分の姿を見ても特に違和感はない。寝癖が付きやすくなったのは少々困るところだが、頭が軽くすっきりしたし、久しぶりのショートヘアは割と気に入っているのだ。


シクサール王国では女性が髪を伸ばすのは一般的らしく、聖女と分からないよう変装するための手段として髪を短く切ってはどうかという瑛莉の提案にディルクはかなり難色を示した。最終的には正体がバレては元も子もないという瑛莉の主張に折れた形で髪を切ってくれたのだが、心情的には納得していないのかどこか気遣うような気配を感じている。


ディルクも髪を暗めの茶色と瑛莉と同じような色に染めて兄弟という設定にしていたが、容姿も言動も男に変装している瑛莉に負担が偏っていると思っているのか、なにやら負い目を感じているようだ。


(変なところで真面目というか、頑固だな)


溜息を吐きながら、瑛莉は胸元に巻いたさらしを緩める。男の振りをしていると人目を気にしなくて良いが、少し息苦しいのが難点だ。湯船につかり身体を伸ばすと凝り固まった疲れが和らいでいくようで、瑛莉は久しぶりの入浴を満喫した。



「遅くなって悪かったな。食事に行くか」


髪を乾かし終わる頃にディルクが部屋に戻ってきた。食事による嫌がらせを受けて以来、瑛莉の最優先事項は食べ物だと考えられている節がある。生きる上で大切なので間違いではないのだが、瑛莉とて状況を弁えているつもりだ。


「保存食もまだあるし出掛けなくてもいいよ。それより少し休んだら?」


優秀な騎士とはいえ、絶えず気を張りながら一人で瑛莉の護衛を務めるディルクは夜もほとんで眠っていないはずで、疲労も相当溜まっているに違いない。

ディルクを気遣うつもりで提案した瑛莉の言葉にディルクは驚いたように目を瞠る。


「どうした?……体調でも悪いのか?」

「そうじゃないっ!」


真剣な表情で額に手を当てられてしまった瑛莉が猛抗議したのは当然のことだった。




「買い出しもあるから食事と一緒に済ませておこう。それから休憩して遅めの夕食を摂る……ってことでいいか?」

「……いいよ」


流石に反省したのか瑛莉の顔色を窺うように予定を切り出したディルクに瑛莉はそっけなく返した。もう怒りは収まっていたが、また食べ物に釣られたと思われてはたまらない。


だがそれから30分と経たないうちに瑛莉は満面の笑みを浮かべていた。


(美味しい!)


エスニック風の香辛料が効いた鶏肉や野菜たっぷりのトマトシチュー、そしてとろとろのチーズをのせたパンはシンプルなのに手が止まらない一品だ。

携帯食が続いていた中で久しぶりに食べる出来立ての料理ということもあり余計に美味しく感じる。


屋台が並ぶ広場には飲食用のスペースが設けられており、昼時を外したこの時間帯は人もまばらで二人は広めの席でゆったりと食事を摂っていた。


「お前は本当に美味そうに食うな」


微笑みを浮かべたディルクの表情は優しく、後ろめたさはどこかに行ってしまったようだ。若干、子供に向ける保護者目線のような気がしなくもなかったが、変に気を遣われるよりはましだろう。


ふとディルクの肩越しに見えた人物に瑛莉は一瞬気を取られる。その視線を追ってディルクはさりげなく背後を窺うが、すでにその姿は人混みに紛れていた。


「ジャンに似ている人がいたからちょっと驚いた。髪型と背格好だけで別人だったよ。……元気にしてるといいけど」


立ち上がりかけたディルクを制止して、付け加えた言葉は半ば独り言に近かった。だがそんな瑛莉の言葉にディルクはじっとこちらを見つめている。


(ちょっと他人事過ぎたか……)


瑛莉が逃亡したことが原因でジャンは罰を受ける羽目になったのだから、不快に感じたのかもしれない。とはいえ神殿の思惑に乗るわけにもいかず、自分に非があるとは思わないので謝るのも違うだろう。


どうすべきかと思案する瑛莉に、ディルクは静かな表情で訊ねた。


「あいつのことを恨んでいないのか?」

「何で?だってジャンも仕事だから仕方ないだろう?」


ジャンにとって瑛莉は直接の雇用主ではなく、単に聖女という立場の護衛対象に過ぎない。親切にしてくれたり、気遣ってくれたのは本人の気質もあるのだろうが、サービスの一環のようなもので、本来ジャンが瑛莉の意思や感情を慮る必要もないのだ。


「みんな自分の生活があるんだから、ただの護衛対象を優先しなくて当たり前だ」


お前だって以前同じようなことをしたじゃないか、という言葉は呑み込んだ。流石に当てこすり感が強すぎるし、ディルクの表情から自分の行いに思い至っているように見えた。


(エーヴァルトの問題を解決して聖女の力がなくなればいい。そうすればきっと私も普通の生活が送れるようになる)


そう上手くいくかは分からないが、当面はその目標を目指して頑張るしかない。

自分に言い聞かせてこれからの不安を宥めていた瑛莉は、その時ディルクが何を考えているか気づかなかった。

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