85 ルルアの朝食
「…………」
むくり、と起き上がって小さな空間を見回した。
うっすら視界が確保できつつあるのは、きっと草原の向こうにお日様が顔を覗かせようとしているから。
……隣には、寝袋を出した形跡すらない。
僕は、静かに両手で顔を覆って突っ伏した。
「うう……どうしよう。僕、ディアンに合わせる顔がないよ」
どうして寝ちゃったんだろう。僕は仮眠をとっていたのに。
鬱々とそう考えながら、そりゃあ寝てしまうだろうなという気もする。
僕、今こんなに筋肉痛になってるもの。
朝から緊張しながら歩き続け、極めつけに幽霊茸狩りと冷えた水。疲労のフルコースだ。
でも、だからと言って……僕だけ、こんな。
しょんぼりしながら、そろりそろりと足音を忍ばせて出入り口から覗いた。
……やっぱり、ディアンは起きている。
ごく小さな灯りとなった火の側で、ゆったり座って何か手元で作業しているよう。
カリ、カリ、と微かな音がする。暁の薄闇の中、わずかな灯りにナイフがきらりと小さく光った。
普段の威嚇するような表情はなりを潜め、ただ、静かな横顔が珍しい。
削っているのは、木の棒だろうか。ふと見ると、傍らにはいくつも完成品らしきものが並んでいた。
どうやら、手の平ほどの長さの細い杭を作っているよう。野営道具か、それとも投擲用かな。
案外器用に動く手は、もう僕のように丸みを帯びていない、大人の手だ。
一通り削り終わったらしいディアンが、ふっと吹いて木くずを飛ばし、くるりくるりと杭を回して出来を確認した。
カチャリ、と軽い音を立てて完成品の中に放り込むと、後ろへ手を着いて――
「うぜえんだよ、見てんじゃねえ」
ばちっと視線が合って跳び上がった。一足早い朝焼けの橙が、きらりと閃いて見える。
もう、いつも通りのガルガルしたディアンだ。
どうしてバレたんだろう。おずおずテントから出て、ディアンの側へ駆け寄った。
「お、おはよう……。あの、ごめんね……昨日はありがとう」
じろり、と僕を見たディアンは、何も言わずに視線を逸らして舌打ちする。
こういうところ、やっぱり師匠に似ているな……なんて、絶対に言えない。
「ディアン、全然寝てないよね。ごめんね、せめて――」
「ッ?!」
そっと背中に張り付くと、思いのほかビクっと揺れる。冷えた服の向こうに、しっかり熱を感じてホッとした。
勢いよく振り返った鋭い瞳が、流し始めた魔力にゆるりと和らいだ。
「……てめえ、いつか酷い目に遭うぞ」
「えっ? 何の話?」
脈絡のないセリフにきょとんとすると、僕を見る目が眇められる。
「こういうヤツに寄ったら危ねえって、見て分かんねえのか」
「こういう……? ああ、ガルガルしてる?」
「ふ・ざ・け・ん・な」
青筋を立てたディアンにむいっと両頬を潰され、ジタバタして逃れた。
何もふざけてないですけど?!
「大丈夫、ディアンにしかしないよ! あと師匠」
「俺にもすんなっつってんだよ!」
師匠はガルガルよりも、ツンツンだろうか。
ガルガルツンツンしている二人を脳裏に浮かべ、ふっと吹き出したのを睨みつけられた。
慌てて視線を逸らし、場の空気を変えるべく朝ごはんを取り出した。
「きっと朝ごはんはゆっくり食べられると思って! オムレツパンだよ!」
「……ピクニックじゃねえ」
ぬるい視線を寄越されたけど、持って来ていけないことはないでしょう。
そぼろを閉じ込めて分厚く焼いた卵を、パンで挟んだボリュームたっぷりの朝ごはん。トマトのソースが目にも鮮やかだ。
無言でかぶりついたディアンににっこりして、僕もはむっとやった。
「うん、美味しい!」
「……」
瑞々しい卵としっかり味付けしたそぼろ。噛みつくたび染み出すエキスを、硬いパンがしっとり吸い込んだ。既にほとんど食べているディアンが、じっとパンを見ている。
「どうかした?」
「知らねえ味がする」
「あ、僕が作ったから? ごく普通のものしか入れてないと思うよ」
「てめえが?」
ディアンの舌はきっと、ミラ婆さんやローラの味に馴染んでいるのかな。
好き嫌いはないと言っていたから気にしていなかったのだけど。
「好みじゃなかった? どういうのが好き?」
もう一つ、パンに手を伸ばすのを見て、苦手というわけではなさそうだとにっこりする。
「別に……何でも食う」
「そう? じゃあまた作る?」
くすくす笑いながら、そう言ってみた。きっと、返って来るだろうセリフと顔を浮かべながら。
だけど――しげしげパンを見ながら食べていたディアンは……こくり、と頷いた。
「!!」
思わず上げそうになった声を、パンで押さえて飲み込んだ。
あっと言う間に食べ終わったディアンが、指を舐める。
「僕……半分で十分なんだけど、ディアンいる?」
無言で差し出された手に、残ったパンを渡した。
がぶ、と大きな口。わずかに膨らませた頬。険のとれた顔に、気付いているんだろうか。
僕は、大いなる達成感と感動を味わいながら、その気持ちのいい食べっぷりを眺めていた。







