84 小さな食材
「ねえディアン、これ卵だよね!」
「あぁ」
ちら、と見たディアンは全然興味を示さず、魔石を物色している。
何の卵だろう。革のようにやや弾力があって、鳥よりもトカゲ類っぽい気がする。
冷えて小刻みに震える手で、慎重にそれを取り上げた。
グレーがかったそれは、本物の石のように手の平に重く、僕の凍てついた手ではむしろ温かく感じるくらいで……。
そっと両手で包み込んで、そのずしりとした感触に孵化が近かっただろうことを思った。
「もしかすると、生きてるかも……?」
ふと、そう考えたのは、食べられかけた僕が助かったからだろうか。
鳥ならダメだろう。でもトカゲなら、案外魚の腹の中で低水温から守られていたかもしれない。
生きているなら……。
「……燃えるともしび、火の命。熱き光で身の内を照らせ――僕は癒やす、火の回復!」
「はぁ? 何やってんだ」
振り返ったディアンが、まじまじと僕の手元を見つめて、生ぬるい視線を寄越す。
「なんで卵を回復してんだ……?」
「もしかして、生きてるかもしれないと思って」
「食えるモンか分からねえだろ」
違うよ?! 鮮度を保つためじゃなくってね?!
……とは言え、食べもしない卵を、僕は一体どうするのか。
咄嗟に回復してしまった手前、そこらへ放り出してしまうのも憚られて、迷った末にポケットへ入れた。
「ギルドで、何の卵か分かったりしない?」
「そんなもん、ギルドより食材店だろ」
「そ、そっか……」
どうしよう。これがもし、すっごく凶暴な蛇の卵だったら。
でもさすがにポケットサイズだもの、生まれたてで僕の手に負えないってことはないだろう。
せめて毒蛇でないかだけ、確認してもらおうかな……。
これが生きているなら、僕が助けちゃったもの、どっちにしろ責任を取らなきゃ。
せめて、面倒を見る方向で責任をとれますように、と考えながらくしゃみをひとつ。
段々震えが押さえられなくなって、ガチガチ歯が鳴った。
ディアン、寒くないだろうか。
もうすぐ解体作業も終わりそうだし、収納から大きな桶を取り出して水を貯めた。
慣れた調子で火魔法を調整し、お湯を作る。
ボウルにお湯を汲めば、言うことを聞かない手のせいで盛大にぱしゃぱしゃ零れていく。
「ディアン、温かいのかけるよ!」
屈んで作業するディアンに、そうっとかけると、大きな背中がビクっと跳ねた。
「ッ?! ……は? なんだそれ」
「お湯だよ。寒いでしょう? 少し温まって、すぐに着替えるといいよ」
湯気のたつお湯を指し、再びせっせとディアンにかけた。
もうもうと湯気が上がって、なんとなくホッとする。
「……寒いのは俺じゃねえ」
溜め息を吐いたディアンが、僕の手からボウルを奪ってお湯を汲む。
「熱っ?! あちち?!」
「そんな熱くねえ」
てっきり自分にかけると思いきや、ばしゃあ、と僕の頭からお湯をかけられて仰天した。
目をこする間に、またばしゃあとやられて、あまりの熱さにじたばたした。
熱いはずないのは、作った僕がよく分かってるんだけど。でも、冷え切った身体には、むしろ痛いくらい。
「い、いいよ、僕は大丈夫! せっかくお湯をかけたのに、ディアンが冷えちゃう!」
もっと大きな大きな桶があれば、身体ごと浸かれるのにね。
ボウルを掴む大きな手をディアンの方へ押しやると、舌打ちされた。
「来い」
ぐっと胸ぐらを掴んで引っ張られ、どんとぶつかった。
そして、降り注ぐお湯にほうっと息が漏れる。
これは、いい方法だ。
ディアンを伝ったお湯が、2人の間でほんのり留まって落ちていく。
「これなら2人ともあったかいね!」
ぎゅっと体を寄せると、ディアンが温かい。
「寄るな、てめえは冷てえんだよ」
ディアンが引っ張ったのに。だけど、振りほどこうとはしないから。
ゆっくり、流れ落ちていく温かな液体に目を閉じた。
徐々に温かくなる体は、桶一杯のお湯がなくなる頃にはきっと、すっかり震えが止まっているだろう。
「これも、魔法か」
「そうだよ。便利でしょう?」
「他所で使うなよ」
ああ、攻撃魔法以外は、普通じゃないんだっけ。
はぁい、と返事しながら、遠慮なくディアンに寄り掛かる。
ふいにかくりと膝が折れた。
あっ、と開けたはずの目が、半分しかまぶたを持ち上げられない。
当然のように支えたディアンが、僕を覗き込んだ。
「おい……? まさか」
ゆさゆさ揺らされ、しょぼつく目で見上げる。
「ごめんね……僕、あんまり夜更かし……得意じゃなくって」
「嘘だろてめえ?! 今、この状況で?!」
この状況だから、じゃない?
ぬくぬく温まりだした体から、ふにゃふにゃと力が抜ける。
そうだよね、僕今日すごく運動したし。緊張もしたし。
そして何より、今もう深夜。仮眠したから何とかなっていたけれど……。
安堵して、強い腕に支えられて、もう何も怖いものがない。
「クソッ! 起きろ、とりあえず着替えろ!!」
「うん……」
それはそう。
びしょ濡れで寝ようとしている自分が、そして大焦りしているディアンがおかしくって、んふふと笑った。
ガクガク揺さぶられながら、僕はともすれば旅だとうとする意識と格闘を始めた。
いや、実際戦っていたのは、僕じゃなくてディアンかもしれないけれど。
感想ありがとうございます!
とても嬉しいです……!!返信がなかなかできずすみません(´;ω;`)




