77 無垢と嫌悪
……なんだか、向かい合って座るのって新鮮かもしれない。
普段は、二人共ベッドに腰かけてるから。
頬杖をついたディアンは、見るともなしにカウンターの方へ視線をやっている。
鋭い視線が、今は少し和らいで。それだけで、その橙は随分温かそうに見える。
「……なんだ」
「あ、ううん。『肉とパン』って、どんな料理なの?」
じいっと眺めすぎたらしい。ふいにこちらを向いた視線とかち合って、慌てて言葉を探した。
「そのままだ」
「そりゃそうだろうけど! 何のお肉でどんなパン? お肉にしたって調理法は色々あるじゃない?」
「焼いたやつ。その時次第だ」
ああ、なるほど! 『シェフのおすすめ:本日のお肉とパン』って感じかな。それだと、毎回楽しみにできていいね!
「はいよ、今日はラカウの肉と麦パン! 運がいいねえ!」
僕、目の前にいるよ?! びっくりするような大声で告げたお兄さんが、ドンとお皿とカトラリーを2セット置いて去って行った。
大きなお皿には、本当にお肉とパンだけ。
「わあ……」
なんと効率のいい料理だろう。厚く切って焼いただけのお肉が、湯気をまとってでん! と鎮座する。そして、隣にはちょっぴりお肉の脂に浸かっている丸いパン。それ以上でも以下でもない、お肉とパン。
非情に潔い、茶色しかないお皿の上。
「シンプルだけど……とってもおいしそう! 良かったねディアン、運がいいんだって!」
「馬鹿じゃねえの。毎日そう言うに決まってんだろ」
「そうなの?! 商売上手……」
ディアンのぬるい視線を受け流し、目の前のお皿を見つめる。
いや、ディアンはそう言うけど。多分、今日は運がいいよ。だってこんなにおいしそうだ。
荒く挽かれた塩の塊が、見る間にお肉の表面に溶けていく。黒い粒は胡椒だろうか。
こんがり見事な焼き色に脂の照りがお肉をつやめかせて、こくりと喉が鳴る。
素早くカトラリーを手に取った僕は、ディアンを見てすぐさまそれを元へ戻した。
そして、師匠の拳ほどもあるパンを上下ふたつに割る。結構、固いパンだ。
「こう、だね!」
真似をしてパンで挟むようにお肉を掴むと、思い切りはみ出ているお肉を口で迎えに行った。
すくい上げるようにガブっといくと、なんだか動物にでもなったような気分。
思ったよりも硬かったお肉を引っ張って噛みちぎると、力の入った手の下でパンが潰れた。
きめの粗いパンに、じわわと肉汁が染みていくのが分かる。
なるほど、食べ方も効率がいい。
もしゃもしゃ噛む顎が疲れてくるけれど。
「――もうすぐ、規制は解除される」
「え、そうなの?」
ついお肉とパンを食べるのに熱中していたところで、ディアンがそう言った。
無駄話どころか、必要なことさえ言ってくれないディアンだ。この話はきっと重要事項に違いない。
急いで、パンを飲み込んで見上げた。
「解除されたら、外の依頼を受ける」
「あ……本当? やった!!」
思わずテーブルに着いた両手で、お皿とカトラリーがカチャンと音をたてる。
それ、僕も一緒にってことでしょう? 今、そう言うってことは。
「遠くに行くの?!」
「てめえが野営できるなら」
「できるよ!」
「やってから言え。ひとまず、数日の距離から様子を見る」
「うん!」
どうしたんだろう、ディアンが急に僕との冒険に積極的になった気がする。
やっと、パーティらしくなってきた。
僕は、満面の笑みを浮かべて、大きくパンに噛みついたのだった。
◆
……どう見ても浮かれているルルアに、ディアンは居心地悪く視線を逸らした。
なんでこいつは、こうなのか。パーティメンバーはこの俺しかいねえのに。
誰がどう考えても楽しくはないだろう。
……なのに、思っている。
こいつは、俺がそう言えば喜ぶはずだ、と。
ぎりっと奥歯が音を立てる。
俺といるなら、話をしているなら、楽し気に笑うのは俺とのことに違いない、と。
自然とそう考えていた。
そうでなかったことに、微かな衝撃を受けるほどに。
そうであったことに、奇妙な満足を覚えるほどに。
気持ち悪ぃ。
口の中で呟いたディアンは、射殺すつもりで床の染みを睨んだ。
このままでは、駄目だ。
懐いた犬の興味を、他へ向けさせる。
俺へ懐くのは、それほどに、ルルアの世界が狭いからだ。
そして、己の世界も。
ふいに、明るい窓の外と揺れるカーテンが、遠く光る海が、脳裏に浮かぶ。
そして――ベッドに横たわった空っぽの老骨が。
脂汗が浮かぶ。
呼吸が、浅くなる。
違う。あれは俺ではない。俺には、長い先がある。
彷徨わせた視線の中、相変わらずパンと格闘しているルルアが映った。
その瞳が、見事なまでに煌めいている。
人間は、こんな顔ができるのか。そう思った。
きっと、こいつの中には、俺がひとつも持っていないものが詰まっている。
だから、あの時決めた。
ルルアと居れば、きっと俺も分かると思ったから。
雪解け水のように透き通る瞳が、見つめるディアンに気付いてにっこり笑う。
嬉しい、以外の感情を一切含まない瞳。
邪気しかない自分の笑みを思って――ふと昨夜を思い出した。
『こいつ……危ねえ。俺より簡単にソッチ側に行くんじゃねえか?』
背筋の寒くなるような感覚。
嫌だと思った。自分は、とうに染まっているくせに。




