75 危ないやつ
「お・ま・え・はぁ~~~俺に嫌がらせしてえのか?! あァ?」
「ひてない! ひてないよ?!」
ちゃんと説明したらしたで、こうやって怒るんだから! もう次から言わないよ?!
ほっぺの手をなんとか振り払って、腫れた気のするそこをさする。
「大丈夫、目立ってるのは僕じゃなくて商人さんたちだから! それよりほら、早く食べよう!」
説教が再開されないよう、素早く串焼きを一本取って、はむっと齧りつく。
「わ……おいしっ?!」
相も変わらず定番のゲルボのお肉と比較してしまうと、やっぱり雲泥の差。
あの少しばかり過剰な歯ごたえと鼻をつくワイルド臭は、おいしいの分類ではなかったのだと、しっかり理解できてしまう。
そ、それでも、お安い塩漬けの保存肉よりは、ゲルボの方が美味しかったよ?!
「うま……」
ひとくちで大きな塊を頬張ったディアンが、思わず、といった風にそう零した。
にっこり笑って、僕も口いっぱいのお肉を噛みしめる。
ふとディアンの咀嚼に合わせてみようと頑張って、随分早いなと感心した。一生懸命追いつこうと頑張っていたのに、ごくん、と動いた喉仏に思わずあっと声が出る。
「……なんだ」
「ふふっ、なんでもないよ。楽しいなと思って」
「はぁ?」
まだ少々飲み込むには抵抗のあるそれを、ごっくん! とやって笑う。
そうだ、ディアンの訓練しなきゃいけないんだった。
なぜか胡散臭そうな顔をするディアンに、鍋蓋のようにコトコト笑いながら、まっすぐ外からぶつける。
「ディアンと一緒に食べてるの、楽しいね! 僕、こうやって食べるの好きだよ」
「……は?」
なんでそんな地の底を這うような声を?! 眉間のシワがすごいことになってるんだけど?!
僕、何も悪いこと言ってないよね?!
「なんでそんな顔するの?! 楽しいって言ってるのに! 楽しいと思わないの?」
「思わねえ」
「ひどい?! 美味しいお食事があるのに?!」
「それは『美味い』だ」
「だから! おいしいお食事を二人で食べるのが『楽しい』になるでしょう?」
「ならねえ」
どうして?! 盛大にむくれたものの、かぶりついた総菜パンが美味しくて頬が緩む。
……まあいいよ。だってディアンはまだまだヒヨッコだもの。
初心者中の初心者なんだ。僕みたいなベテランが、腹を立てるべきじゃない。
「しょうがないね、ディアンはまだまだなんだから。僕が大人にならなきゃ」
「うぜえ……何の話か知らねえけど、とりあえずうぜえ」
「ひょっと?! ひたい!」
懸命にも、肝心な部分は口に出していなかったのに! ちっとも優しくない指が、また僕に襲い掛かった。
……ディアンは、僕のほっぺを何だと思っているのか。
耳とか髪とか、もっと引っ張りやすいところがあるだろうに。むしろ、喧嘩なら髪を掴む方が様になるんじゃないの?
遠慮なく引っ張られて、そろそろ伸びてきそうな気がする。
密かにぐいぐい内側へ押し込んでいると、もりもり食べていたディアンが、ちらっと僕を見た。
「なに?」
「いや……お前、どうせギルドで何か言われただろ」
「何かって?」
そりゃ、色んなことを言われたけれど。
でも、怒られはしていないはず。首をかしげて見上げると、何か口に突っ込まれた。
ちゃんと食べてますけどぉ?! ……まあ、美味しいからいいけど。
不貞腐れながら、何か分からない美味しいものをもすもす咀嚼していると、ディアンがさらっと言った。
「他のパーティに入れとか」
「ああ、勧誘はあったよ。どっちかと言うとギルド員さんの方に」
「行けよ、てめえはそっちの方が向いてんだろ」
「行かないよ? せっかく冒険者になったのに」
僕も、サラっと返す。
あったよ。ディアンと組んでいると知った人が、他を勧めてくることは。心配してくれる人も。
でも、それがどうかした?
鋭く僕を見下ろしたディアンが、ややあって深々と溜め息を吐く。どうやら、正しく伝わったようで何より。
「僕、ディアンと一緒に討伐行けるように、なるべく早くランクアップするからね!」
「てめえ……それで目立ちやがったのか」
あっ、バレてしまった。
笑って誤魔化しが通じるはずもなく、橙の瞳がじとりと僕を睨む。
だけど、ふとその鋭さが緩んだ気がした。
「……どうせ冒険者するなら、早くランク上げろ」
「え、うん!」
「てめえ、言っても聞かねえんだろ。なら、置いて行く方が危ねえ」
僕は、ぱっと顔を輝かせて身を乗り出した。
それは、つまり――
「一緒に行こうって言ってる?!」
「どういう耳してんだ! 言ってねえ!!」
「そういう意味でしょう! やった!」
がくり、と天井を仰いでのけ反ったディアンが、『めんどくせえ……』なんて失礼なことを呟いている。
「でも、危なくないよ? 町なのに。僕、喧嘩だって強いよ?」
ふんっ、と拳を突き出してみせると、鼻で笑われた。
「てめえの心配じゃねえ、トラブルの心配だ。明日、ギルドへ行くぞ」
「うん! でも、僕は討伐に行けないよね?」
「討伐じゃねえ。てめえ、ギルドのシステムから変えるようなことしたんだろが。強請りに行くぞ」
「ええっ?! なんで?」
「ランクアップしてえんだろが」
にやり、と笑うディアンに、僕もきゅっと唇を結んで頷いた。
そうか……頑張ろう。ギルドを相手にだなんて、そんなこと考えてなかったよ。
「分かった……! 僕、効果的なものを考えてみる。そうだ、ギルドの綱領に使えそうなものがあったはず! でも待って、それならあの商人さんシステムが根付いてからの方がいいかも。それなくしてはギルドが潰れる、となった頃に――」
「待て。待て待て待て。早まるな」
がしっと片手で頬を潰され、ぱちりと瞬いた。早まってないけど……むしろ、もう少し待ってからと言ったのに。
「冷静にギルドを潰す計画を立てるな」
「潰さないけど、でも、潰せる手立てがないと強請れないよね? 切り札は必要だよ?」
「……分かった。お前は何もするな。俺が言う」
そ、そう? 僕も一緒に頑張ろうと思ったのだけど……。
せめて必要な魔道具なんかは……と尋ねて、僕は心底ディアンに引かれたのだった。




