24 もう少し、前のこと
師匠がまだ――今よりもう少し元気で、もう少し怒りっぽくて、そして僕がもう少しだけ小さかった頃。
僕はお掃除にかこつけて、師匠の仕事部屋に入るのが大好きだった。
だってそこには、面白いものがたくさんあったんだよ。
師匠がいる時に入ると怒られるから、隙を窺っては入り込んでいた。今はもう、ほとんど使われることがない、あの小部屋。
「ーー今日は、何が見つかるかな?!」
一応掃除道具を手に、そっと扉を開ける。
だって師匠、全然自分のことも話してくれないんだもの。僕がこうして探っていくしかない。
このおかげで、知ることのできたものがたくさんある。
先日は、ひっそりしまわれていた大きな羽根の持ち主が『ペタルグリフ』だって知ることができた。
きっかけがあれば、僕には『選書魔法』がある。
だって師匠は有名だから、載っている本があるんだよ。本当に、記録としてしか載っていないのが残念だけど……。
それが使い魔であること、『選書の魔法使い』の相棒であること。そこまでたどり着くのは難しくなかった。
「でも、そこから師匠に聞くのが大変なんだよね!」
でも僕は、諦めない。選書魔法か師匠にしか聞けないのだから、魔法で得られなかった知識は師匠から聞く。情報が絞られさえすれば、聞き出せる可能性はとても高くなる。
だって師匠、嘘はつかないんだ。
それはきっと、僕に選書魔法があるから。ついた嘘を、いつか僕が知るかもしれないから。
だから、答えないことはあっても、嘘はつかないんだよ。
おかげで、ペタルグリフが相棒であった裏付けと絵姿、少しだけ……その話を聞けた。
「師匠は人が嫌いだけど……生き物は好きだと思う。だから、もしかするとその話をしたいかもしれないでしょう。人が嫌いでも、僕はまだ小さい人だから大丈夫! 噛まないし怖くないもの」
だから、僕はこうしてきっかけ作りに勤しんでいるんだ。決して、好奇心に負けているわけじゃなくて。
そしてできれば、ペタルグリフの話をもっと聞きたい。
もっと、勇ましく美しいペタルグリフの絵姿を見たい。
「どうして、師匠は絵姿をまとめておかないの……!」
絵姿集とまでいかなくとも、普通はアルバムにすると書いてあったよ?
貴族だったのに、どうしてこんなに何でも適当なんだろう。いや、貴族だったから余計にそうなのかな。きっとお手伝いする人がいたろうから。
でも僕は知っている、まとめてこの辺りに絵姿が放り込まれていることは。
「ふふ、師匠カッコいいね」
目当ての場所を探りあて、箱のひとつを引っ張り出した。
一応、箱ごとに師匠なりの分類はあるようで、以前のはペタルグリフだった。これは何だろう?
雑多に放り込まれた絵姿を、一枚一枚取り出して眺めていく。
全然似てないんじゃない? という絵姿は、きっと師匠を見ながら描いていないんだろう。師匠、描いてもらうためにじっと座っているなんて、しないだろうから。
「王宮務めなのに絵姿があんまりないって、いいのかなあ」
どれも仏頂面の師匠に笑みがこぼれる。
「あれ……?」
そのうちに、写り込む共通点に気が付いて、他の絵姿を漁った。
なんだろう、この犬。
いつからか、小型の犬がいつも一緒に写り込んでいる。犬と、それを見る師匠の絵姿。
決して、抱っこしたりしているわけじゃないけれど。
どう見ても犬を背景に師匠を描いているこれ、僕が思うに『犬を描きたいので』なんて口実で師匠を描いてたんじゃないだろうか。だって、他のどれよりもきっちり師匠が描写されている。
師匠、犬の絵姿はほしかったのかもしれない、なんて想像してくすくす笑う。
「かわいい。……もしかして、師匠って犬を飼っていたのかな」
絵姿の中では、比較的今に近い師匠の姿に、きっと何十年も前のことじゃないだろうと思う。
ああ、この辺りからぷつりと絵姿がなくなったから、王宮勤めを辞めたのはこの頃だ。
……病気が判明したのも。
「この子の絵姿も、寝室に飾ってあげよう」
ペタルグリフの絵姿と羽を飾った時、師匠は『余計なものを持ってくるな』と言ったけれど、でも飾ったまま、今もそこにある。
僕が持って行かないと、師匠は何もかもを置いていってしまいそうだから。
持って行っていいんだよって、僕は思うのだけど。
吟味した一枚を手に取り、もう他にはないかと覗き込んだ時、底に転がっているものに気が付いた。
なんだろう、と箱に顔を突っ込んだ時、聞こえた舌打ちの音。
「……勝手に漁るなと言ったはずだ」
「わあっ?! ごめんなさい! おおおお掃除、してたの!」
サッとはたきを掲げても、大した効果はない。
顎で出ろと示す師匠に、渋々箱を戻して立ち上がった。
「ねえ師匠、この絵姿も飾っておくね! 師匠、犬を飼っていたの?」
にこにこしながら見上げると、いつも一旦渋い顔をする師匠の顔が、違った。
「……勝手に、ついて来た犬だ。飼ってない。勝手に食って寝ていた」
「ごはんをあげて、一緒に住んでいたら、それはもう飼ってるって言うよ!」
一瞬よぎった表情はすぐさま隠され、いつもの仏頂面に戻った師匠は部屋の中へ引っ込んでしまった。
ほら、ダメだって言わない。
「でも……どうして、あんな顔?」
絵姿を見て、僕を見て、目を見開いた表情。
あれは、何だろう。
こういう時、僕はすぐにできることがある。
覚えたての、選書魔法! 僕が使える魔法の中で、一番きれいな魔法。
使いたくてしょうがないのに、何か聞きたいことがなければ使えないんだもの。
思いつく限りのことを聞いてしまった僕は、こういう機会を逃さない。
さっそく駆け出して、握りしめていたものに気が付いた。
「あっ! 僕、持って出て来ちゃった」
箱に転がっていた、小さな球。魔石か何かだろうか。
多分、小さく濁っているから、高価なものではなさそう。
扉を振り返って、球をポケットに入れた。今開けたら、絶対怒られるもの。
後でしまっておこう。ついでに、これが何かも選書魔法で聞いてみよう。
寝室に絵姿を飾って、隣で揺れる綺麗な羽根を見つめる。
ペタルグリフに、飼い犬。やっぱり師匠は動物好きなんだろうな。こんな、森の中に住んでいるくらいだし。
人間だって動物なのに、どうしてかわいいと思わないんだろう。
「今日は、犬のことを色々聞いてみようかな!」
きっと嫌な顔をしながら、ほんの少しだけ話してくれる。
ありありと浮かぶその顔に、僕はくすりと笑って書庫へと駆けて行った。




