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人攫い

 昼休みの学食は生徒たちでごった返し、様々な男女のグループが溌剌に語り合い、若い熱気でムンムンとしている。

「水上、悪いな!しばらくただ飯食わせてもらうぞ!」相模が食堂の喧騒をも吹き飛ばす大声で言う。先日の件で、一週間小遣いをはたいての驕りだ。

「いいよ。おかげで野神にボコられずに済んだから」敦が苦笑いでラーメンを啜る。

「またいつでも助けてやるからな!もし奴らが仕返しに来たら俺のとこにスッ飛んで来い!」牛丼と味噌汁をガツガツ食べながら喝破する。

 そのつもりだが、またなけなしの金を徴収されてしまう。やれやれ。もう少し俺が強ければ。剣道じゃ、喧嘩は上達しない。他の武道でも習おうかな。 

 相模の奴。正義の味方か狡猾な強請か。まあ今や、この間の練習試合の勝利で、一躍俺は株を上げた。野神剣道部の連中からは目の敵にされてる。したがってボディーガード役として相模は手懐けておきたい。

 口惜しい気持ちを胸に麺を流し込んでいると、何時ものように愛しき生霊が隣に張り付いて来た。

「なあ、聞いてくれよ。驚くなかれ。来月の公演で、俺初めて役者をやることになったんだ」正義が息せき切って興奮する。

「ふん。そりゃよかったな」

「ふん、じゃないだろ。この能無しの俺が役をもらったんだぞ。褒めてくれないのか?」

「だから、よかったなって言ってるだろうが」

「でも大丈夫。台詞はないんだ」何かを勘違いしたように失笑する。

「はっ?じゃあ、どういう役なんだよ」

「死体さ。物言わぬ屍の役だ」

 敦は思わず吹いてしまった。やはりお前らしい。それでこそ、万年裏方係。

「お前、役者じゃねえだろ、それ」

「舞台に立つんだから役者だろうが。ちゃんと観客の前で死体に扮するんだぜ。もう今から、ドキドキワクワクする」正義は悦に浸りながら、空想を膨らませる。

「お前、映画会社の大道具さんを目指してるんだろ?」

「そうだよ。でも偶には表に出たいじゃん。俳優だって飽きらめちゃいないしね」

 夢は大きい方がいいけど、こいつはもっと現実を見た方がいいような気がする。ひとまず自己肯定感だけはいっちょ前だが。

 ふと視線を流すと、由美が独りでランチを食べていた。一人ぐらい友達作ってもいいだろうに。終始不機嫌な顔で黙々とスプーンを口に運ぶ。

 授業は受験科目だけで、実技科目は受けずに速攻帰宅。勉強しか興味がないのだ。他人には心を閉ざし、ほぼ無視。好きな授業だけ受けて帰る。それだけ。

 東青からは一、二人しか合格しない難関国立大学を志望しているそうだ。

 まあ、勝手にしてくれ。こっちも好きで話し掛けてるわけじゃないんだ。そう、亜季の手前だ。

 その親愛なるプリンセスは向かい側のテーブルで数人と談笑している。

 彼女は音楽大学への進学を希望している。しかしあれだけのルックスがあれば、まずタレントにでもなってから、すんなり歌手デビューでもすれば早いのにと思ってしまう。

 でもそう言う謙虚で適度に不器用なとこがカワイイんだよな。

 満面の笑みを浮かべる亜季を見ていると悩みも消し飛んで行く。

 夕方の稽古は一日置きにあり、今日も顧問の厳しい叱咤を浴びる。

 声出せ水上!振りが弱いぞ!どうした!この間のはまぐれか!

 手足の筋肉が千切れそうになった頃合いで、やっと休憩になった。

 そんな顧問も女子部員には幾らか柔らかく優しい。休み中も親しげに話し掛けて、フォローを入れている。

 あーあ。男子には容赦なしか。

 それでも俺は女子の発声が好きだ。男勝りな気合いが入っているものの、どこか可憐さを含む音色が心地いい。

 売店で買った鮭おにぎりを食べて腹ごしらえ。 鼻腔に臭気が集まる道場のため、おにぎりも寿司のような味になるのが玉にキズだ。

 かけがえのない学校生活は淡々と過ぎていく。

 しかし自分に課されているのは地球救国の任務だ。 

 ほとほと日常とのギャップに愕然とするばかりである。

 面倒を見てもらっている両親。数少ない級友。 彼らは自分を愛してくれているのだろう。だが実情を知ったならどう言うだろうか。気が狂ったと思い去っていくのか、あるいは変わらず自分を信じて支えてくれるか。

 逃げたい。現実から抜け出したい。俺はノーマルな高校生でいたい。 

 何が天津神の子孫だ。魔王がどうした。英雄になんか更々なりたくない。

 小人め。古代神ヒルコの末裔か何か知らないが、一方的な事ばかり押し付けやがって。

 敦はすっかり嫌になった。もう仕事は引き受けないでおこうか。

 女子部員も練習を中断して、やはりおにぎりや菓子パンをモグモグ頬張り始めた。

 行儀のよくない体操座りで、楽しげに会話を弾ませる。

 彼女たちとは、時々軽い世間話をするくらいで、密な会話は全くしたことがない。

 向こうも親友になりたいとは思っていないようで、ましてや部内恋愛など何処吹く風だ。

 恋に憧れがないわけではない。なぜしないかと言えば、時間と手間がかかって面倒なのと、異性と真面目に向き合う事に対する恐怖心からかも知れない。

 まあいずれにしても、頭ん中が整頓しきれず混迷状態にある。

 しかし悩みもがいても埒があかないのは分かっている。ケセラセラ。どうにでもなれ。知ったこっちゃない。

 顧問の厳粛な声が響き、部員たちが急いで防具を装着。また稽古が再開する。


 蜘蛛退治を終えてから少し間隔が空いた夕暮れ時。部屋で徒然にユーチューブを見ていると、空間が滲むように、捻じれるようにして、マゴヒルコが現れた。

「どうだ。現実は首尾よく回っているか?」

「おかげさま。幸せな青春学園生活を謳歌していますよ」ひねくれた言い回しで切り返す。

「そうかそうか。ならば、お役目にも精が出せるはずだな」此方も乾いた笑いで頷き返す。

「笑う前に!今度はどんな悪魔だってんだよ!」

「稲和町と言う新興の農村街で、農夫が連続して行方知れずになっている。魔王の手下に攫われたのだ。蜘蛛の件と同じく破壊獣は姿を潜めて行動しており、ともかく情報がない。原因調査に出向いて欲しい」

「情報がないって、あんた黄泉の神族なんだったら、もっとアンテナ広げて調べられるだろう?」

「あくまで私の役割はお前を救国使として成長させることだ。努力せず楽をして成果を得てもらっては困る。我々黄泉の存在が何から何まで助けるわけにはいかん。自分を助けるのは、他でもない。自分自身だからな」

 またお決まりの哲学者説法。悟ったようなことを言いやがる。毎度の事、やるのはこの俺だ。あんたは単なる伝言板だろうが。

「で、奴らの目的は分かってるんだろ?なぜ、農民ばかりを攫うんだい」

「田畑を奪い取るためだ」

「何のために?」

「食を制す者が国を制す。奴らは作物を根絶やしにし、社会を飢餓のどん底に陥れたいのだ。目的は人間社会の簒奪支配。恐怖で人間を飼い慣らすのが魔王の悲願なのだ」

「バカバカしい。好き勝手にも限度があるぜ」

「ゆえに、早々に駆逐してやらねばならん。これを持って行け」マゴヒルコはカプセルを出しボタンを押下した。

 薄煙から現出したのは小さな鈴だった。

「何だいこのアイテムは?」敦が拾い上げる。

「惟神の鈴だ」

「カンナガラ?」

「その清浄な鈴の音には、悪霊を退魔させる聖なる音霊が宿されている。一度鳴らせば、その神通力を抑えることができよう」

「てことは、そんなに凄い敵なのか?」

「これまで以上に苦戦するだろうな」

 また命を賭してというやつか。やってられない。誰か黄泉の助っ人でも寄越してくれないかと懇願したが、この世の問題はこの世の人間が解決するしかないというのが、お偉方神々の頑なな信念であらせられるのだとして、敢え無く脚下された。

 

 稲和という村は、寒村を都市計画で切り開き開墾して創られた、新進気鋭の農地帯らしかった。

 地元出身者のみならず、各地から意欲的な人々が集まって形作られた次世代型の村落共同体だ。 景観は穏やかで、瀟洒な農家が村全体に静かな佇まいを醸成している。

 さて、いかにして魔物を誘き出すか。何か餌を撒くか。

 だがその前に、足を使って情報収集を敢行する必要がある。

 まず敦は道行く村人に役場の所在地を聞いた。

 それは村の北西の丘陵部にあった。まだ改築して間もないような、かなり新しい官舎だ。

 受付窓口には村長自らが客番に当たっていた。

「これは遠路からわざわざ。村長の柳川と言いますだ。ライターさんですか。取材とはさぞ大変ですな。さあさあ、疲れたでしょうに」白髪頭の律義な老爺はそう言うと、熟れた手つきで御茶を出してくれた。

「農家の方が次々と行方不明になったそうですけど、本当に失踪理由に心当たりはないんですか?」

「そうなんですわ。何の前触れも、家族への言付けもなく、ドロンと突然神隠しが起きたんです。意味がわからんちゃ、この事で。皆で示し合わせて、どこさ旅に出たんではないか、または積もる事情から妻子を置いて夜逃げしたんではないかと言う者もおるんですがな。皆目腑に落ちん話で、途方に暮れておる次第ですじゃ」自身も注いだ茶をゴクリと嚥下して陳述する。

「なるほど。失踪者は全部で四人だそうですね」

「はい。いずれも壮健で働き盛りの真面目な者たちですわ。拉致されたにせよ、なぜに彼らを誘拐するのか。身代金の用立てもして来るではなしに。何の目当てか一行に分からん」

 目当てはこの村の占拠だ。魔王はまずこの土地の田畑を略奪を謀っている。

 しかしそんな突拍子もない話をするわけにはいかない。

「警察は本腰で捜査を?」此処までの道すがら、制服警官が巡回する姿を見たし、よそ者の敦も職務質問を受けた。

「そうしてもらわねば困るわな。今のところ、手がかりは何も発見されとらんですが」

 やがて、もてなしに礼を述べて役場を後にした。

 それでも田畑では農夫が作業をしていた。

 事態が事態だけに、通りがかりの部外者である敦に警戒の視線を射貫く者たちもいた。

 もっとも破壊獣はこのままコソコソと人攫いを続けるだけじゃないだろう。

 この村をそっくり我が物にするんなら、そろそろ何かを仕掛けてくるはずだ。

 そんな事を考えながら田園風景を眺めて歩いていると、一人の農夫が話し掛けてきた。

「あれっ、見ない顔だね?どっから来たの?」

「事件について取材してるんです。真実に即した記事を書きたくて」

 麦藁帽子の中年耕作人は真顔で炯々と敦を見やった。

「兄さん、いい子だね。顔で分かるよ」

「ええっ?いや、それほどでも」

「これ、警察には教えてないんだけんども。兄さんの面構えに免じて白状するべ。真実を記事にして欲しいんだ」耕作人はタオルで汗を吸い取ると、真摯な顔を近づけた。

「見たんだよ」

「見たというと?」

「見たんだ」まるで部屋に籠もる妻の正体が鶴であることを見てしまったような。王様の耳がロバの耳であるのを知ったような。そんな仰天した面持ちだ。

「影だよ。黒い影」

「黒い影がどうしたんですか?」

「田んぼから手を広げて俺を攫おうとしたんだ。嘘じゃない。この事件はこの世のものの仕業じゃないべさ。魔界だよ。魔界から鬼がやって来たんだ」

 まさにそうだよと公言してやりたかったが、そこは堪えて農夫を宥め諭した。

 奴は地中に雲隠れしているのか。さしずめ、光を厭う地底魔獣ってとこかな。

 いいだろう。一刻も早く魔封弾をぶち込んでやろうじゃねえか。

「ということは、おじさんのとこにまた来るかも知れないですね」

「やっぱりそうだろ。また現れたらどうするべか」耕作人は青ざめた表情で戦慄する。

 そうだ。このおじさんを見張っていれば、敵はまたやって来る可能性がある。

 縄をかけるには定点観測がいい。取材記執筆のためと称して、しばらく居候させてもらうか。

 その旨交渉すると、是非ともそうしてくれと、二つ返事で快諾してくれた。

 耕作人は佐巻という、ジャガイモを栽培する一人暮らしの農業家だった。

 無類の読書家らしく、居間の書棚には本がぎっしり詰まっていた。

「いやー、助かるなあ。一人じゃ寂しいのおっかないのって。影はきっと来るべ。それまでずっと泊まってって構わねえだ」佐巻はだいぶ赤味の差した面貌になって言う。

「ありがとうございます。しがないライターなので、用心棒にはなりませんけど」

 敦は佐巻に釣られて、時間潰しに本を読んだ。 難解なものは避けて、読み易いエンタメ小説にした。

 夕飯には自家製ジャガイモを使った肉じゃがをご馳走になった。

 また、心配するであろう母親には正義の家に泊まると電話しておいた。

 翌日は寝食代がわりに朝から畑作業の手伝いをした。

 案の定、半日後の昼休みには身体がガチガチに疲弊し、服も靴の中も汗と土だらけになった。

 しかしながら、太陽を燦々と浴びながらの野良仕事は清々しいもので、自己の生命の息吹を痛感する爽快な体験だった。

 そしてその晩。

「女房と別れて、子供も都会へ出たしよ。後は死ぬまで晴耕雨読するだけだがな。俺の人生、本当にこれでよかったんだか」佐巻はビール片手に積年の思いを吐露する。

「土地もあって、生活にも困らないんですよね?羨ましいじゃないですか。都会人は嫌でも人と交わらなくちゃ生計が立てられませんから」

「そうかい。あんた幾つだ?」

 高校生とは言えず、二十二歳だと偽った。

「若いねえ。未来が晴々としているだべさ?」

「そんな事ないですよ。今の社会って何か信用できないし、希望もあまりないし」

「そんな悲観的なんだべか。いかんな、若いもんが夢を持てんようでは」

「僕に限らずみんなそうだと思いますよ。世の中あまりにも便利で平和になりすぎたんですかね」

 何だか愚痴ばかりになってしまう。自分はやはり並の高校生だ。救国使なんていう大役を任されていい気に成り上がっているが、中身は神の血脈などではなく、凡才の木偶の坊だしな。

 今度の相手は強敵だ。負けるかも知れない。

 くそったれ。早死はゴメンだ。

「そんなら、兄さんたちが社会を変えたらばよ。いや、必ず変えてくれなくちゃいかんべ」

「僕たちが?」

「そうだとも。維新は何時の時代も若者によって成し遂げられるもんだ。兄さんたちが旗頭になって改革をせんとな」佐巻は熱弁を振るって笑う。

 そう煽てられると複雑な気分になる。維新か。 自分が時代を創る。壮大な野望だな。

 まあとにかく、今回も破壊獣を仕留めなくてはならない。この善良なおじさんを守ってやるのが俺の務めなんだからな。

 午後もきつい耕作仕事をして大汗をかいた。

 そして夕日も暮れかかる時間帯になり、二人が畑から家に引き上げようとしていた時。

 敦は不意に夕陽に延びる自分の影の輪郭がなくなったように感じた。影が肥大化したのだ。

 すると、その瞬間。ガバリッと何かが背中に伸し掛かかってきた。それは自身の影に重なった別の漆黒の影だった。

「何だ?」咄嗟に見ると、肩口に黒い手が被さっているではないか。

 あっと思いきや、敦は体躯ごと畑の土壌の中に吸い込まれていってしまった。

 


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