第六十話「ゆるし」3
僕が知っているトラジロウは、よく笑って、よく喋って、とにかく明るい男の人だった。
でも、今の目の前にいる君は、とてもそうには見えない。
結んだ口元に、感情の波がまるでない目。
声を聞かなかったら絶対に気がつけなかった。
「何があったんだよ、トラジロウ!」
「……何も」
「な、そんなわけないだろ!? じゃあなんだって盗賊なんてやってんだよ!」
盗賊なんかに落ちぶれて、いったいどうしちゃったんだ。
「……」
トラジロウは大きく鼻で息を吐いた。
そして、座りながら壁にもたれかかって、濡れた右手で髪をかきあげた。
「初めから盗賊だったんだよ、おれは」
なんだと……。
初めから? 初めってーー。
「イサミの故郷、ウルスが攻めてきたよな……でもその前にいただろ? 賊がよぉ」
いた。
今でもなんであの時、賊がいたのか分からないし、なんでウルス王と揉めてたのかも分からないけど、確かに、いた。
「おれはその一味さ」
そんな、まさか。
「でもあの時、君は兵士の格好してたじゃないか」
確か、領主の私兵だって。
「それはまぁ、身の上を偽ってたんだ」
嘘をついてたのか……。
「なんのためにそんなことを……」
「人探しさ」
トラジロウは憎たらしいモノを見るかのように、僕を見た。
「見つけ出して、八つ裂きにしなきゃならねぇヤツがいる」
僕はごくりと唾を飲み込んだ。
何となく、何となくだけど、トラジロウが探してる人が誰か、察しがつく。
「ヒワシ、のこと?」
「……フッ」
彼のニヤリとした顔を見るに、どうやら本当にそうらしい。
まぁ、ほんの数日前に、殺そうとしてたの見たしな。
いったいトラジロウとヒワシの間で何があったんだろう。
……家族の仇、とか? うっすらとそう思えた。
「イサミ、おまえこそどうしたんだ」
「え?」
「どうしたって、あんな人間のクズと一緒にいるんだ? それとも知らないのか? アイツがどんなヤツか」
もちろん知ってるさ、知ってて守ったんだ。
ただ、そのことを君に言ったら、君はどう思うだろうか。
憎んでる相手を庇ってるんだ……きっと嫌われちゃうよなぁ……また、命の取り合いになるのかも、それはすごく、嫌だ。
でも、言う。
たとえ、トラジロウと仲違いしても、僕は決めたんだ。
勇気を持つことだ。
助けて、許そう。
「知ってるよ……全部じゃないけど、ヒワシが今まですごく酷いことをやってたって。
だから、改心させるために一緒にいるんだ」
言ってしまった。
確実に僕が、トラジロウの敵となる言葉。
なぜか喉がカラカラだ。
足元には水が溜まっているし、あちこち水浸しで湿気ってるのに、喉だけがすごく乾いてる。
そんな中、トラジロウの視線が僕から外れた。
俯いて、水溜まりに映ってる自分の姿を見つめてる。
動揺、してるような?
「……かいしん……改心? 人が?
……無理だろ」
トラジロウは己の膝に手をつけながら、再び立ち上がった。
「人の本質は変わらねぇよ。
イサミ、おまえがずっと勇敢だったように、あの人間のクズはいつまでもクズさ」
そんなことない。
僕が勇気を持てたのは、ついさっきだ。
今までは、そう振る舞ってただけ。
だからヒワシもーー。
「変われる。
今までできなかったのが、できるようになるみたいに、ちょっとずつ、ヒワシも変わってる」
思い当たる節、あんまりないけど。
ま、これからだ。
「…………おれは変わらなかった。
ずっと惨めなままだ。」
んん?
「おまえのように、剣を取れなかった。
ただ隠れて、仲間たちが変わり果てるのを、息を潜めて見ていた」
えーと。
思うに、トラジロウの仲間たちは、
ヒワシに捕まって、実験台にされたって感じ……なのかな。
それをトラジロウは隠れて見てたと。
それは、なんと言うか……心が粉々になっちゃう、な。
「……」
「なに、泣いてんだよ」
え!?
思わず、左手で目の端をこすった。
すると、たしかにそこには水滴が1滴だけついてた。
でもこれはーー。
「さっき雨漏りしてたら、そん時についたんだ。
泣いてない」
「なに鼻すすってるんだよ」
えーと、えと。
「ジメジメしてて、鼻が詰まった」
「はっ、そうかよ」
我ながらひどい言い訳だったと思う。
でも、こうやって自分に言い訳してないと、涙が溢れてきちゃうんだ。
人が苦しい思いをしてるのを見ると、どうしても、僕の、なんか胸のあたりがキュッとしちゃう。
「イサミ、ヒワシを渡せ。
おれは必ずアイツを殺すと誓ったんだ」
「それはできない。
僕も必ず改心させるって誓ったんだ」
「……改心したとしてなんだ、おれにヒワシを許せとでも言うのか?」
それは……。
「そうだ!」
そういうことになる。
仇を討ちたい気持ち、僕にもわかる。
すごくわかる。
しなきゃ、ずっと気分が晴れないまま。
僕はトラジロウに、そんな苦しいままでいろと、言っている。
なんて酷いんだ。
ほんとにこれが、勇気を持つことなのか?
……ダメだ! また迷ってしまった。
決めたことだろ。
しっかりしろ、僕。
迷いを捨て、再びトラジロウを見ると、
なんとも悲しそうな目をしていた。
……。
「あのー、お取り込み中悪いんだけどー」
!?
なんだ急に、知らない人の声がした。
出入口の方に目をやると、女の人が立っていた。
右耳に太陽の耳飾り、左耳に月の耳飾りをつけてる。
知ってるけど、知らない人。
耳飾りの女の人。
そういえば、いたな。
僕がトラジロウと戦ってた今の今まで、外で待ってたらしい。
「どうした」
トラジロウがチラッと女の人を見つつ、そう言った。
「お頭さん、半分は逃げれたみたいよ、アタシたちもそろそろずらからないと」
「ああ、わかってる」
逃げる気か!
「逃がさないぞトラジロウ!」
「……ゆるせ」
そう言われたら許しちゃおうか。
いや、ダメダメ。
そういうことじゃない。
「では、ここはまた1つ、アタシが魅せましょう」
耳飾りの女の人が家の中まで入ってきた。
パチャパチャと音を鳴らし、トラジロウの真横まで歩んだ。
そして、彼女は右の耳たぶから、太陽の耳飾りを外し、
それを垂らして僕に向けてくる。
いったい、何をするつもりだ?
また夢でもみせるつもりか?




