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(28)祝福の歌

 チャールズの“変装の指輪”は、開発、製作したスカーレット侯爵家の技術者による定期的なメンテナンスを受けています。


 5年前、その役目を前任者から引き継いだのは、なんと、侯爵令嬢メアリ、その人でした。


 当時、メアリ12歳。チャールズ21歳。


 2人の口喧嘩(?)は“変装の指輪”を外したチャールズを見たメアリの一言から始まりました。


「銀髪に群青(ぐんじょう)の瞳ねぇ。お兄ちゃんのかっこいい金髪を真似ようとして、大失敗しちゃった弟って感じね。似合わないわぁ」


 メアリは貴族令嬢の中でも少しばかり変わり者で、令嬢たちとのお茶会よりも荒っぽい職人たちとの付き合いのほうが(しょう)に合っていました。


 そのためか、技術者としての仕事中は荒っぽい言葉が思わず出てしまうこともあったのです。


 チャールズのほうも、傭兵の社会で揉まれています。

 もちろんお嬢様のこの程度の揶揄(やゆ)で怒ったりはしません。


 ただ、この少女が伯爵家の長兄ジョージの前でだけは、猫の皮を何枚も被って小さな貴婦人として振る舞う様子を知っていました。


 そのため、ちょっとした悪戯心が働いたのです。


「なんだジョージ兄上、そんなところで聞いていらしたんですか?」


 チャールズをからかって、いかにも意地悪そうな笑顔を浮かべていた少女は、この嘘の一言にあわてふためき、見事に転んでしまったのです。


 ここでやめておけば良いのに、メアリを助け起こした時に、チャールズは少し調子に乗ってとどめをさしてしまいました。


「なるほど、白か」


 もちろん、本当に見えたわけではありません。

 それに、女性の下着の色はほとんど白なので、適当に言っただけなのです。


 しかしこの一言で、チャールズは侯爵家、伯爵家両家の女性たちから“乙女の敵”として認定され、“こと”にメアリからは天敵として徹底的に嫌われるようになったのでした。


 とはいえ、仕事は別。


 今2人は協力して新しい魔法薬を開発中です。


「うーん、味がなぁ。このなんとも言えない苦味と渋みとえぐみと臭みが……一度飲んだら忘れられない味だぜ」


「問題は時間よね。かなり伸びたけど、3時間はまだまだ短かすぎるわ」


「まず、味の問題を解決してくれよ。

 これを口にした彼女に、花嫁なんだから笑ってくれなんて、そんな無茶なこと俺には絶対言えない」


「わかってるけど、どうしても効果が高いほど不味くなるものなのよ」


他人事(ひとごと)だと思ってるんじゃないか? そうだ開発者(みずか)ら試してみると良い。うん、それが良い」


「嫌よ。私はジョージ様が綺麗だとおっしゃった髪と瞳の色を変えるつもりは無いの。絶対に!」


 そんなやり取りからしばらくして、メアリが変身の魔法薬の完成品ができたと知らせてきました。


 変身の魔法薬作りには飲み薬タイプの回復薬が必要で、これが効果の持続時間の短さとひどい味の原因でした。


 ところが最近、ごく一部に、魔法薬の常識を覆す美味しくて効果の持続時間が長い魔法薬の傷薬や回復薬が出てきていました。


 その情報をつかんだスカーレット侯爵家では、あらゆる(つて)をたどり、これを手にいれることに成功したのです。


 さあ、あとは結婚式を挙げるだけです。




 ◇◇◇◇◇




 魔法学院の教師と小間使いとして再会した時、あれから10年が過ぎて、2人とも大人になっていました。


 成長が遅くて年齢よりも幼く見られていたチャールズは、声変わり前だった声も大人の声になり、しっかり歳相応の大人の体格になっていて⎯⎯。


 そしてカロライン、キャリーもすっかり見違えるほどに娘らしく、美しく成長していました。


 5歳の時も、かわいかった。

 でもそれは年の離れた妹に対するようなもの。


 いくつかの別れを経験して、しっとりとした笑顔をみせるようになった娘に感じる思いは、あの頃とは全く別のものです。


 王都で別れて以来、彼女の前に出ていくことはしませんでしたが、陰ながら見守っていました。


 だから、マーサが亡くなるまでの、彼女が一番つらかった時期のことも知っています。


 それでも隣国が不安定な間は、下手に近づいて彼女を目立たせるわけにはいきませんでした。


 親戚の中の不穏分子を片付けるのにも、少々手間取りました。


 もう大丈夫。

 今日、チャールズとキャリーは家族になるのです。




 ◇◇◇◇◇




 背が高くなっていました。

 声も低くなって。

 表情もすっかり大人で、落ち着きがあって。


 でも、なぜ気づかなかったのでしょう?


 時おり瞳に宿る悪戯な光は、あの時のままだったのに。


 “あの人は王家に連なるお方”


 だから自分などの手の届かない遠い人なのだという無意識の思いがあったのかもしれません。


 爽やかな甘い味の、不思議な薬を飲みました。


 本番の前に試しにと、“花嫁の腕輪”をはめるのは少し怖いと思いましたが、はめると逆に温かく包みこまれるような不思議な安心を感じました。


 鏡に映る自分を見るのは、これもまた、勇気が必要でした。


 そっとのぞいた手鏡の中に映っていたのは、カロラインではなく、髪も目も茶色のキャリー。


 今日、キャリー・ブランシィルになる自分の顔でした。




 ◇◇◇◇◇




 花嫁衣装を用意したのはブランシィル伯爵夫人です。


 4人目の母親として、他の3人の思いの分も、と張り切っていました。

 何しろ、息子ばかり3人。初めての娘のためにこしらえるドレスが花嫁衣装なのですから。


 出来上がったドレスは、豪華ながら清楚な、キャリーの雰囲気によく似合うものでした。




 澄みきった秋空の下、チャールズとキャリーの結婚式が、王都の中央神殿で執り行われました。


 清楚で美しい花嫁と、少し緊張した様子の花婿。2人の初々しい様子に参列者たちは温かい微笑みを誘われました。




 やがて、誓いの言葉も終わり、参列者たちの見ている前で、チャールズはキャリーの左腕をとり、ビロードの台座にのせられていた“花嫁の腕輪”を、キャリーの腕にはめました。


 その瞬間、目映(まばゆ)い光がキャリーを包みました。


 同時に人々の耳に聞こえてきた不思議な声。


 この場にもしもカリンがいたら、腕輪の貴婦人がオペラのプリマドンナのように大きな舞台に1人立つ幻を目にしたかもしれません。


 歌は貴婦人の独唱(アリア)から始まり、徐々に広がっていきました。


 風や木や岩、そこに宿る“何者か”が貴婦人の声に刺激され、それぞれの声を発し、それがやがて1つに調和していくのです。


 歌声は花嫁を、新たな2人の門出を、その場にいる全ての人々の未来を祝福しているようでした。


 やがて、終曲(コーダ)に向かうクライマックス。


 花嫁を包む光は輝く光の柱になって、空に向かって伸びて行きました。


 その光の柱は、王都の外からも多くの者たちが目撃し、大きな騒ぎになりました。


 やがてキラキラときらめく光がおさまると、驚いて茶色の瞳を丸く見開いたキャリーが立っていました。

 茶色の髪には祝福の名残の光が美しくきらめいていました。


 いきなり抱き上げられたキャリーの小さな悲鳴を聞いたのは1人だけでした。


 光の柱の目撃者たちが騒然としている中、腕の中の花嫁にキスをした男は、彼女の耳元で「綺麗だ」と(ささや)いたのです。

 キャリーがチャールズの首にしがみついたのは赤い顔を隠すためか、それとも涙を隠すためでしょうか。


 ここまで派手に祝福された花嫁は、これまでいませんでした。

 伯爵家の祝福された新しい花嫁の噂は国外にまで広まり大きな話題となったのでした。




 ◇◇◇◇◇




 伯爵家の結婚式から1ヶ月後、王都の第2神殿で、親族のみを招いた小規模な結婚式が行われました。


 花婿はスカーレット侯爵家の魔道具部門が総力を上げて開発した自走式の車椅子に乗っています。


 その隣にならんで進む燃えるような赤い髪の花嫁は、参列者からの温かい拍手に、美しい笑顔で(こた)えました。


 2人には侯爵家が持っていた男爵位が譲られ、今後は侯爵領で魔道具開発に力を注いでいくことになるのです。


「兄上、メアリ、本当にありがとう。

 そのうち、遊びに行くよ」


「別に来なくて良いわよ。

 あっ、でも良い素材をお土産に持ってきてくれるなら、まあ、歓迎して上げないこともないわよ。優しい“義姉(あね)”としてねっ!」


 車椅子のままで乗り込むことの出来る新型の馬車に2人で乗り込み、侯爵領の新居に向けて、新男爵と男爵夫人は仲良く旅立って行ったのでした。





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