3.ニーベルの森
ニーベルの森は俺達が生活拠点としている交易都市ギジルから馬を使って半日ほどいったところにある。これといって特徴もなく街道から外れる場所にあるからあまり人が立ち入ることがない森だ。立ち入るとしたら物好きな冒険者ぐらいだ。けど少なくとも魔物が出るような森ではないらしい。
俺達は事務所から出るとすぐに準備をして翌日の今朝方にニーベルの森に着いた。つまりあのあとすぐに準備を終えて徹夜で馬を走らせてやってきたということだ。太陽の日差しが目に痛い。馬車馬よりも働かされている気がする。
近いうちに過労死するんじゃないかと思う今日この頃。
移動中「村を半壊したのはクスオさんの作戦だったじゃないですかー」とか「ああすれば盗賊も無条件降伏して平和的解決だっていってたじゃないですか」みたいなことが聞こえたが疲れによる幻聴だろう。
「ほら、クズクズしてないでさっさと行くぞクズオ」
「おい! クズクズってなんだよ! あと俺の名前は葛生だ、葛生」
ミリアのやつ絶対わざと間違えてやがるな。
「早くしないと置いていきますよクスオさん」
ミリアに続いてキールもずんずんと森の中へと入っていく。心なしか機嫌が悪いな。なんでだろう?
というか徹夜だというのにどうしてあの二人は元気なんだ? やはり勇者というだけあって身体の構造が普通とは違うんだろうか? 一般人の俺としてはもっとゆっくり歩いて欲しい。
かといってこのまま置いてかれても困る。俺はあいつらと違って大した戦闘力もないし、身体能力もこの世界の一般人と変わらない。だから魔物が現れたらあいつらに倒してもらわなきゃ困る。
この世界の魔物は種族によって強さにばらつきがあるが基本的に強敵だ。
普通の一般人が一人の時に魔物一匹と遭遇した場合はもしかしたら勝てるレベル、二匹なら逃げないと身が危険、三匹なら死を覚悟しなきゃいけない。
だいたい強さの指標を示すなら熟練の冒険者なら一般人と比べて三倍の数を相手にできるだろう。この国を守る騎士なら一般人の五倍。勇者なら十倍。聖剣の勇者であるキールなら百倍。ミリアにいたっては千倍の実力がある。
魔王を一人で倒すだけあってあいつは一騎当千の化け物だ。
ということは酒場で腹を殴られた俺がこうして生きてるってことは実はミリアのやつ俺に惚れてるんじゃないか……って冗談ですよ。冗談。だからそんな恐い目で俺を見ないでくださいよミリアさん。
ったく、何で俺は異世界から来たってだけで勇者扱いされなきゃならないんだよ。
本来なら俺は助ける側じゃなくて助けられる側のはずだ。普通の一般人と同じに扱ってもらいたいものだ。
まあそんな不満を抱きつつしばらく森を探索するが特に手がかりといったものは見つからなかった。
森の中はいたって静かで魔物どころか動物すら出てくる気配はない。
「全然魔物が出てこないな。ガセネタだったんじゃないか?」
それとなく早く帰ろうというニュアンスを込めて二人に聞いてみる。
「どうですかね。まだ森の半分も調べてないからなんともいえませんね」
さすが優等生のキール。手抜きはしないらしい。
「でも疲れたのなら休憩しますか?」
「うむ。腹も減ったし休憩にするか」
キールの言葉に賛同するミリア。
「ということでメシの準備だクズオ」
俺が作ることは決定事項なのかよ。
まあそれも仕方ないかもな。
ハッキリいってこいつら二人は戦闘以外ポンコツだからな。自炊なんてできるわけがない。俺と出会う前のキールは旅の道中聖剣にエネルギーを分けてもらうか行き倒れるかのどっちかの生活だったみたいだし、ミリアのやつなんてそこら辺の草を食べていたぐらいだ。
それでいいのか勇者、と言いたくなる。
そんなわけで料理をするのは俺の役目だ。ってか俺はクズオではなくクスオだからな。
「……ふふふ、ダーリンはあたしを食べる?」
「食べませんよ」
聖剣のグラムとキールが何やらイチャイチャし始めたからスルーして俺はスケッチブックに調理器具を描いて幻想表現で具現化する。
戦闘じゃ使い勝手が悪いけどこういった時には役に立つ能力だよな。おかげで余分な荷物を持つ必要がなくなる。
そして俺は持ってきた食材をパパッと調理していく。
「ミリア、水」
「ん」
食材を洗うためにミリアに魔法で水を出してもらう。
魔法、といっても呪文とかで魔法が使えるわけじゃない。魔石と呼ばれる石に魔力を込めることで魔法が使えるようになるのだ。俺は魔力がないから魔石があっても魔法が使えない。
ちなみに魔石だけでこうやって食材を洗えるほど水が出せるのは難しいらしい。本来は魔石を用途に合わせた魔道具に加工して使うのが一般的だ。
もちろん魔力のない俺には魔道具は使えないので一個も持っていない。魔力が使えてもお金がもったいないから持ってないかもしれんが。
でも魔王を倒したやつの魔法を調理に使うというのはどうなんだろうな? まっ、俺は手間が減るからいいけど。
「ミリア、火」
「ん」
「ミリア、お手」
「ん?」
首を傾げながらもお手をするミリア。
調理中だけは素直に言うこと聞くからもしからしたらやってくれるかなと思ったけどまさか本当にやるとは思わなかった。このまま胸とか言ったら普通に触らしてくれるんじゃないか?
いやいや、もちろん後が恐いからそんなことやらんけど。
「それよりも今日の味付けはどう思う」
お手についてヘタに聞かれたら厄介だから話をそらすために炒めていた肉を試食させてみる。こっちの世界の食材は俺のいた世界とあまり大差はないが味の好みは微妙に違うみたいだからな。
「……」
だがミリアは返事をしない。それどころかミリアが眉をひそめる。味付けが気に入らなかったか? それよりも俺のイタズラに気付いたか?
「そんなにまずかったか?」
「まずいな」
むっ、どうやら今回の味付けはミリアさんのお口に合わなかったか。イタズラに気付かなかったのはよかったがここまでハッキリまずいと言われると地味に傷つくぞ。
「まずいですね」
なぜかキールまでそんなことを言い出してきた。
「お前は試食してないだろ。それとも俺に対する嫌がらせか」
そのケンカ、買うぞ。
「何を言ってるんですか。魔物に囲まれてるんですよ」
「はい?」
キールの言った言葉の意味が理解できなかった。囲まれてるってどういうことだよ?
「だから、いつの間にか魔物に囲まれちゃってるんですよ!」
……おいおい、お前ら仮にも聖剣の勇者と魔王を倒した勇者だろ。魔物に囲まれるまで気付かないとか気を抜き過ぎだろ。
「で、魔物の数は」
「三〇前後ですかね」
俺の質問にキールが答える。
三〇匹の魔物。
この二人ならその程度の数の魔物でも楽勝だろう。
だがこんな森の中で二人は大技が使えないから、囲まれているとなると乱戦になる。乱戦となると一般人レベルの戦闘力を持つ俺からしてみれば大ピンチだ。
へたしたら死ぬ。
というかミリアかキールに殺される可能性がある。
あいつら個人としての戦闘能力が高いけどチームプレイとか連携とか考えないから攻撃の巻き添えを食うんだよなぁ。ミリアは一人で魔王を倒すぐらいだのボッチだし、キールも聖剣のグラムが嫉妬するからソロだったみたいだし。
その上あいつらなぜか俺のことを変に過大評価してるせいで俺を守ってくれないし。
そうこう考えてる間に魔物もこちらが存在を察知したことに気が付いて気配を隠すことなくこちらへとジリジリと接近してくる。
こちらへ接近してきている魔物の正体はアクセルゴート。全長一メートルほどの羊型のモンスターだ。素早い動きでこちらを翻弄しながら接近してきて鋭い角で攻撃してくる魔物だ。
「ちっ!」
厄介な魔物だ。
めんどくさいが仕方がない。こうなったら……。