10.骨折り損
「やったの……か?」
首と胴体が離れているというのにノエルは目の前の光景が信じられずに俺に確認するように聞くる。
「見たとおりだ。ウガルムは死んだ。ミリアが倒した」
俺は至極つまらなさそうに答える。
「そ、そうか。よかっ……た……」
ウガルムが死んだと聞いて張りつめていた緊張が解けたのかノエルは膝の力が抜けてそのまま地面にへたり込む。
「すまぬな。ホッとしたら腰が抜けてしまった」
アハハと苦笑するノエル。
「そりゃあお前みたいな子供があんな目にあえばそうなってもおかしくはないだろ。気にするな」
「う、うむ」
子供扱いされて不服そうなのか俯くノエルだったがすぐに顔を上げ俺の顔を見つめてくる。
「お主のおかげでウガルムを倒すことができた。礼を言うぞ」
「ウガルムを倒したら魔王の遺産をもらう、そういう取引だ。礼を言われる筋合いはねーよ」
「しかしお主がいなければ妾はとっくにウガルムに食い殺されていたはずだ。だからお主には感謝している」
ノエルは穢れを知らない真っ直ぐな瞳で俺を見てくる。ちっ、こいつは俺が苦手なタイプだ。
「感謝するくらいならとっとと魔王の遺産をよこせばいい。こっちものんびりしている暇はないからな」
もしミリアのやつが戻ってきたらややこしいことになる。
魔族を毛嫌いしているミリアが魔王の遺産のことを知ったらどう出るかわからない。最悪その場で遺産を破壊するかもしれない。それか会社に魔王の遺産のことを報告するかもしれない。そうなれば魔王の遺産は俺の手元には残らず借金だけが残ることになる。だからそれだけはさけなきゃならない。
「……そうだな。わかった」
というとノエルは頭に付けていた髪飾りを外して名残惜しそうにそれを見つめてから俺に差し出してきた。
蝙蝠のデフォルメしたような可愛らしい髪飾り。
魔王の遺産という割には何の変哲もない髪飾りだ。それこそ町の露店で売っていそうなレベルの。もしかして俺をたばかっているのか?
「おい、これが魔王の遺産か?」
「うむ。これは妾が父上と城下町の祭りに行ったときに露店で買ってもらったものだ。父上が妾にプレゼントをしてくれたのも後にも先にもこれのみだ。父上の遺産と呼べるものはこれしか妾は知らぬ」
「……」
思わず言葉を失う俺。なんだか目眩がしてきた。おまけに頭も痛い。
だってそうだろ。魔王の遺産というからには古代兵器とか何か物凄いものだと思っていたのにそれが露店で売っているような髪飾りだ。もちろん事前に確認しなかった俺が悪いのだが、あれだけ苦労して報酬が髪飾りだと。どう考えても借金の返済の足しにもならない。俺の苦労はなんだったってんだ。
「どうした? 受け取らぬか」
さっきから髪飾りを受け取る気配すらない俺に疑問を持ったノエルが訝しそうに聞いてくる。
「いらね」
「なぬっ? いらぬとはどういうことだ?」
「言葉の通りだ。魔王の遺産はいらねーって言ってんだよ」
今更髪飾り一個をもらったところで焼け石に水だ。髪飾り一個程度じゃ借金は減らない。それどころか荷物が増えるだけだ。
かといってこのガキが持っているもので金目のものになりそうなものはない。まさに骨折り損のくたびれ儲けってやつだ。
「それはお前が持っていろ」
「しかしそれでは約束をたがえることになる。それでは妾はお主に示しがつかぬぞ」
人がせっかくいらないって言っているのに押し付けようとするノエル。めんどくさいやつだな。
「わかった。じゃあこれでどうだ」
俺はノエルから髪飾りを受け取るとノエルの髪にそれをつけてやる。
「こ、これはどういうことだ」
髪につけられた髪飾りを触りながらノエルは困惑するように問う。
「俺はお前から報酬をもらった。俺はその報酬をお前にプレゼントした。だからそれはお前のもんだ。それなら問題ないだろ」
「……」
ノエルは何か言おうとするが言葉が中々出てこないのか口をパクパクさせる。
「……ず、ずるいぞ」
ようやく絞り出した声はふてくされているのか不満そうな声だった。
「ズルい? 大人はみんなズルいもんだ」
と俺は言ってノエルの頭をワシャワシャするとウガルムを倒したミリアの元へと向かうことにする。借金返済の目処がなくなった以上は早く仕事の報告を終えて地道に借金を返済しなきゃならないからな。
「じゃあな」
「あっ……」
ノエルはまだ話したいことがあるのか若干名残惜しそうに俺を見送る。