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『weiss katze』  作者: メラルー
7/10

笹木先生






「おはよ、相沢さん」

「!! お、はよう!」

 朝、教室に行ったら轟さんが挨拶してくれた。

 どぎまぎしながら返事をすると、彼女はにこりと綺麗な微笑みを一つ返して自分の席についた。



 うわぁ。うわぁ…。挨拶してくれた…!

 喜びでにやけないように我慢しつつ、私も自分の席に戻る。

 そうだ、友達なんだよね。学校内の友達なんて何時ぶりに出来たのだろう。

 ずっと教室の隅っこで空気のように生活していたせいだが、新しい学生生活が始まって三週間。やっとスタートラインに立てた気がする。










 と、思っていた。有頂天になった瀬奈は快く先生の雑用に付き合い、快く居残りをし、そしていつの間にか最終下校時刻まで残っていた。



 まだ4月なだけあって、7時にもなると辺りは暗い。にも関わらず部活終わりの学生がこの時間になっても校舎にたくさん残っている事に瀬奈は驚いた。




(こんな時間まで残っているんだ……)

 下駄箱や玄関の開いたスペースでたむろする学生たちは、みな明るい笑顔で話し合っている。

 運動部が多いのか、明るく活発そうな子が多い。自分がこの時間帯に校舎にいるのが酷く場違いな気がして、瀬奈は足早に校舎から出た。





 やっと、スタートラインに立てた気がした。

 けれど、本当は違うのではないかと、瀬奈は歩きながら自問自答を繰り返す。



(本当に充実した高校生活って、何だろう)

 分からない。分からないが、ただ挨拶するだけの関係は友達とは言えないのかも。と結論が出て、瀬奈は空を見上げた。夜の帳が降りて、一つだけ星がキラキラと輝いていた。




「やるせないなぁ……」

 自然に出た独り言は、そっと空気に触れて溶けた。





「相沢!!」

 低い、男の人の声。

 びくりと体を震わせて振り向くと、そこには少しばかり息を切らせた男子生徒が立っていた。

 男らしく引き締まった体。180以上はありそうな長身。鋭い切れ目と短く刈られた黒髪を見て、あぁ、隣の席の子だと思い出した。



「落とした」

 それだけ言われて差し出されたのは携帯だった。

 慌ててポケットを弄ってみたが、やはり無い。いつ落としたのだろうと不思議に思いつつ、『ありがとう……』と言って携帯を受け取った。



「…………」

「…………」

 気まずい沈黙が、流れる。

 何か話さなければと感じつつも視線はどんどん下がっていってしまう。

 どうしようかとチラリと彼を盗み見たら、彼はこちらでは無く、道路の方をじっと見つめていた。

 気になった瀬奈もそちらを向く。そこには、どこにでもある黒い車が一つ止まっているだけだ。



「あ、の……」

「今、帰りか」

「は、はい!!」

「送ってく」

「は……、え……?」

 今、この人は何て言った?

 ひくりと固まる瀬奈をよそに、彼の中ではもう決定事項なのか『家はどっちだ』と聞いてくる。

 その声でやっと我に返った瀬奈は、慌てて首を横に振った。



「い、いい、です大丈夫です」

「……家はどっちだ」

 む、無視された!

 驚く瀬奈を放って、彼は瀬奈の右腕を掴む。ひっ、という小さな悲鳴も無視し、彼はもう一度呟いた。



「家は、どっちだ」

「……こ、こっち、です……」

 鋭い眼光と力強い手にすっかり萎縮した瀬奈は、弱々しく左を指差した。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆




(どどど、どうしよう……)

 掴まれた右腕を見つめつつ、瀬奈は困惑していた。

 クラスで隣に座る男子生徒(名前は思い出せないが)は歩幅を合わせてくれつつも、瀬奈の言う道筋をずんずんと無言で進んでいく。

 人気の多い道を歩いてはいるが、やはり怖い。当たり前だ。隣の席だからと言っても、瀬奈は彼と話をした事すらない。

 だが、怯える瀬奈は彼の手を振り払う勇気すら持ち合わせていなかった。



 チラリと、視線を足元から彼へと向ける。彼は前を向きつつ、時々チラッと後ろや横、特に道路の方を盗み見る。一体何を気にしているんだろう。

 ここまででいいと言ったら、手を離してくれるだろうか。



 とうとう人気も無くなり始めた閑静な住宅街に入って、人見知りの性格よりも彼に対する恐怖が勝った時、初めて瀬奈は自ら口を開いた。




「こ! ここまで、で、いいです……」

 少し小さいと思ったが、聞こえたらしく彼の足が止まった。

 おかげで幾ばくか瀬奈の緊張が薄れる。そのまま視線を彼の顔にまで向け-…、また、ひくりと固まる。



 『何いっとんじゃワレ』とでも言いたげな強い視線が、無言に降り注ぐ。

 なまじ男に免疫が無いから、更に恐怖に陥った。




「あ、あ、あ、の」

「……最後まで、送る」

 そんな事しなくていいです。という声は出ず、ハクハクと口が動くだけだ。

 怖い。どこまでついて来る気なのか。ああ、最後までと言っているのだ、家までついて来るのだ。



 一体、何の為に。

 親切で送ると言っているのだろうか。だが、クラスの隣の席というだけの関係の彼が何故ここまでするのだろう。

 分からない。彼の真意が。分からないから、怖い。




 無意識に一歩下がった瀬奈を、眉間に皺を寄せながら彼は見下ろして……、パパー、とクラクション音が聞こえた。




「よ~、高橋と相沢じゃねぇか」

 随分と軽い口調は、近くに止まった青い軽自動車から聞こえた。

 運転席の下がった窓からこちらを見るのは、




「笹木、先生……?」

「よ~」

 瀬奈たちの担任の、笹木先生だった。





「二人で何してんの? あ、放課後デートか。羨ましい」

「……違います」

 笹木先生の茶化した声に反論しつつ、高橋、と呼ばれた彼は瀬奈の腕を離した。

 その事にホッとしつつ、とりあえず彼から一歩下がる。




「先生、相沢を送ってやって下さい」

「えぇ~俺が?」

「ぇ……」

 驚いて視線を彼に向けた。もしかして本当に、彼はただ家まで送っていってくれる為だけに……?

 高橋と呼ばれた彼は無言で瀬奈を見下ろし、何を思ったかポン、と一度だけ頭を撫でた。無骨な、強張った手が瀬奈の髪に触れる。



「無理やり送ろうとして、悪かった」

 それだけ言って、彼はもと来た道を歩いて行ってしまった。



 結局最後まで彼の真意が分からず首を傾げる瀬奈の横。軽自動車の運転席では、笹木先生がニヤニヤとしながら彼の背を見つめていた。




「不器用だねぇあいつも。じゃあ相沢、送ってくから後ろ乗れ」

「え、で、でも」

「ここで相沢を見捨てて相沢が誰かに襲われたら、俺が上から怒られるだけどな~」

 もうすぐそこだし、迷惑じゃないだろうか。と拒否しようとする瀬奈だったが、笹木先生のその言葉でしょうがなしに後部座席に乗り込んだ。




「ぉ、お願いします……」

「はいは~い」

 車はスムーズに動き出した。先生の車は、男性用の香水の匂いが仄かにする。相手が男性と言えども、『教師』という立場の人だからか、先の男子生徒よりは緊張は少ない。




「相沢は学校生活慣れたか?」

「ぇ、と、はい……」

 本当の事は言えずに模範的な解答をしてしまった。その事に若干の罪悪感を感じ、瀬奈は視線を落とす。



「そっか。バイトはどうだ? 雅に意地悪されてないか?」

「……え」

 何で、先生が雅さんの事を。

 上がった視線はバックミラー越しの笹木先生へ向かう。




「ありゃ? 雅の野郎まだ言ってなかったのか」

 道を左に曲がりつつ、笹木先生から笑い声が溢れる。




「俺、雅と高校が同じだったんだ。『weiss katze』の常連だし」

 最近は仕事に慣れなくて行ってねぇけどな~と笑う笹木先生に、瀬奈は驚くばかりだ。



「……先生、23歳なんですか」

「いや? 高校は雅と一緒だが、先輩だった。今は25」

 知らなかった。こんな身近にも『weiss katze』の常連さんがいるなんて。




「お、ここだよな相沢の家」

 ゆっくりと止まった車と笹木先生の声に、ハッと意識が戻る。

 窓の外を見れば、確かに母親の家だった。



「は、い。ここ、です」

 慌てて車を降り、運転席の窓を開けた先生に向かって頭を下げた。



「送ってもらって、ありがとう、ございました」

「いや、いいって。あた明日な」

「はい」

 それだけ言って、先生の車は走り出した。

 それを見送りつつ、ほう、と息を吐く。なんだか、帰り道に色んな事がありすぎて頭の処理が追いつかない。

 とりあえず、明日やらなければいけない事は。



(高橋君に、謝らなきゃ)

 きっと、本当に親切な思いだけで、彼は送っていくと言ってくれたのだ。疑ってしまった自分が恥ずかしい。



 明日、なんとかして高橋君に謝ろう。

 そう決意して家に入ろうとした時、隣に住む人が帰って来たのか、どこにでもある黒い車が一台、駐車場に入っていった。





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