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『weiss katze』  作者: メラルー
3/10

美里さん



 何故、人がたくさんいて騒がしい所にいるとこんなにも気疲れしてしまうのだろう。




 新しい教室でどぎまぎと辺りを見回す。周りにはきゃいきゃいと中学の友達同士で騒ぎ立てる女の子や、固まって談笑する男子で溢れかえっていた。やっぱり、近場の中学から上がった子が多く、なんとなく疎外感を感じてしまう。

 私は目立たないように自分の席について周りから気付かれないようにため息を吐いた。一人だけ浮かない顔してる…、なんて、思われたくはなかったからだ。



(緊張する……)

 バクバクと落ち着かない心臓を落ち着かせていると、ふと横の席の子に目がいった。

 大きな背中が、ピシッと真っ直ぐになっていて、短めに切られた髪がツンツンしてる。鋭い切れ目は手元にある小説に落ちていて、こっちの視線には気づかなかったようだった。




(にしても、背、おっきいな……)

 パッと視線を戻して、心の中で感想を述べた。なんか、純和風な雰囲気、と言えばいいのだろうか。あの鋭い目で睨まれたらこっちの背筋も伸びそうだ。というか、泣き出すかも。




「は~い、HR始めるぞ~」

 と声をかけながら、教室の一番前の扉を開けて担任らしき先生が入ってきた。私は席に座り直した。




 そうして私は結局、誰にも話しかけられないまま初登校は終わってしまったのだった。







 新しい高校の入学式が終わった帰り、瀬奈は自身が働いている喫茶店、『weiss katze』に足を運んでいた。



 なんとなく、また雅さんが淹れてくれるカフェモカを口にしたかった。




 でも、それは口実だ、と自分の中で結論づける。

 きっと自分は、誰とも話せないような臆病者なんかじゃないと証明したいだけなんだろう。

 家でも会話が無いから、『一人ぼっち』という言葉が瀬奈の肩に重くのし掛かる。



 大丈夫、今日はちょっと勇気が出なかっただけだ。

明日になればきっと、話しかけられる。だって、雅さんや山本さんとは話せるのだから。



 そう自分に言い聞かせて、でも雅さんや山本さんたちとの会話は、ほとんどの場合が彼らから話しかけられたケースだと今になって思い出す。



「……はぁ」

 つくづく、自分は、駄目な人間だと思う。

 喫茶店に行くのが、ただの現実逃避と自分への甘えだと分かっていても、その足は止める事が出来なかった。




 目印である白猫の置物を一撫でし、T路地を右に曲がる。

そっと『weiss katze』の扉を開けると、雅さんの『瀬奈ちゃんいらっしゃい』という柔らかな声が聞こえてきた。


 カウンターには山本さんと、あと女の人が座っていた。

 たっぷりとした豊かな黒髪に艶っぽい瞳。泣き黒子。

 どことなく色っぽい雰囲気の大人の女性は私を流し目で見て、艶やかに笑う。




「あなたが新しい店員の瀬奈ちゃん?」

「は、い。よろしく、お願いします!」

「瀬奈ちゃん、学校帰りか?」

「はい。今日、入学式で…」

「あ~もうそんな時期かぁ~」

 感慨深げに呟く山本さんの声を聞き流しながら、彼の横に座った。カウンターにいる雅さんが『何にする?』と微笑みかける。



「あ、の。カフェモカ、で」

「かしこまりました。ぁ、この女性はね、長谷川 美里さん。常連さんだよ」

「宜しくね、瀬奈ちゃん」

「は、い!! よろしくお願いしますっ」

 山本さんを挟んでの挨拶となってしまったが、長谷川さんは気にしなかったようだった。ゆったりとした動作でカウンターに体重をかけて、こちらを覗き込む。



「瀬奈ちゃん、高校生なんでしょ? 困った事があったら、お姉さんに何でも言ってね」

「フッフッフ、残念だったな美里ちゃん。瀬奈ちゃんが一番頼りにしてんのは俺だ!」

「あら、初老を迎えたおっさんより色っぽいお姉さんの方がいいに決まってるじゃない」

「なにおう!!」

 睨み合う二人の蚊帳の外で私は慌てふためいた。

 ああ、何かフォローしないと。二人の顔を立てつつ、かつ場の空気を崩さない言葉………!!




「何も言わなくていいんだよ」

 唐突に雅さんの言葉が聞こえてきて、パッとカウンターに顔を向けた。その手には湯気が立つティーカップがある。



「はい、カフェモカ」

「ぁ、ありがとう、ございます…」

 私の目の前に置かれたカフェモカ。今日は猫じゃなくて星型だった。

 雅さんのラテアートは、誰もが見たことのあるようなデフォルメされた絵ばかりだけど、その方が私は嬉しかった。

 素朴な雅さんの絵は、どことなくホッとさせてくれる。




「二人はね、いつもああやって睨み合うんだよ」

 面白いでしょ、と言って雅さんは自身の紅茶に手をつけた。



「仲、悪いんですか…?」

「ん~、本当は仲は悪くない。だけど、ああやって冗談言い合っているんだよ」

 また、視線を隣に向ける。

 そこには相変わらずいがみ合う二人の姿があるが、どことなく楽しそうに見えた。



「雰囲気に合わせようとしなくていいんだよ。瀬奈ちゃんは瀬奈ちゃんのまま、自然体でいればいいから」

「………私の、自然体って、何でしょうかね…」

 聞いて、恥ずかしくなった。そんなの、雅さんが分かる訳が無い。だって自分だって分からないんだから。

 その場を誤魔化すかのように、私はカフェモカに口をつけた。

 描かれた星型が無残にも歪になっていく。ああ、勿体無い。せっかく雅さんが私に描いてくれたラテアート。




「瀬奈ちゃんの自然体は、いつも一生懸命な所かな」

 ピタッと、手が止まった。



「…私、そんなに余裕無さそうに見えます、か?」

「ううん、そうじゃなくて、本当は逃げ出したいのに頑張って努力してる所だよ。きっと」



 努力、しているのだろうか。

 だって、今日自分は誰にも話しかけられなかった。これは、努力していない証拠じゃないのか。


「で、も、今日は、駄目、でした………」

 自然と、雅さんに懺悔するみたいに今日の成果が口に出ていた。



「大丈夫だよ。瀬奈ちゃんなら、きっと高校生活が楽しいって思える日が来るから」

 ポン、と、優しく頭を撫でられた。

 途端に何故だかじわりと涙が溢れる。嗚呼、きっと自分は励ましてもらいたかったのだ。溢れる涙を必死に堪えつつ思った。



「あ、雅が瀬奈ちゃん一人占めしてるずるーい」

 と、横から長谷川さんの声が聞こえてきた。

 もう既に睨み合いは終了していて、長谷川さんはおもむろに席を立つと私を後ろから抱きしめてくる。彼女のふくよかな胸元が背中を圧迫する。



「わ!!」

「瀬奈ちゃん、私の事は美里さんと呼んでね?」

「は、はい…」

「うふふ、瀬奈ちゃん可愛い! お化粧とかしてるの~?」

「い、いえ…、してない、です」

「そうなの? 瀬奈ちゃんがお化粧したらもっと可愛くなるのに」

「瀬奈ちゃんはまだ美里ちゃんと違ってピチピチの15歳だもんなっ!」

「源さん黙らっしゃい」

 源さん、とはきっと山本さんの名前なのだろう。ぴしゃりと美里さんは言うものの、山本さんはガハハと笑うだけだ。



「美里さんと、山本さん、は、昔からの知り合い、なんですか?」

 場の雰囲気を崩しはしないかと緊張しながら口を開いたが、美里さんは差して気にも止めず私の頬をフニフニと触った。



「ここの常連になるとね、こうやって雅も入れてみんなで会話しながらお茶するのが当たり前なのよ。私と源さんは3年前に知り合って、それからね」

「俺は剛司たけしの頃からいる古株だからなぁ」

 剛司、という知らない人の名前が出てきて、思わず首を傾げる。あぁ、と山本さんは言葉を続けた。




「剛司ってのは、雅の父親だよ。ここの喫茶店の創設者だ」

「今、バカンス中、の…?」

「そうそう!! あの野郎グアムに行ってるんだって雅?」

「二日前にグアムからオーストラリアに移動したよ」

「かー羨ましいねぇ!!」

 雅さんはスマホを取り出して、雅さんのお父さん、剛司さんから送られた写真を見せてくれた。

 どうやら剛司さんは初老の山本さんとあまり年は違わないという話だが、Twitterやフェイスブックを使っていたり、『今グアムだぉ(*`・∀・)』と絵文字を駆使している辺り、相当元気な人なんだろうなと感じた。

 現地の人に取ってもらったのか、ほとんどの写真に剛司さんらしき人物が写っている。



「この人、が、雅さんのお父さん…?」

「うん、そうだよ」

「相変わらず暑苦しそうね~剛司さんは」

 肌は焼けていて、ニカリと歯を見せた笑顔が眩しい。髪は黒髪で筋肉質な体型だ。あまり、雅さんに似ていない気がする。

 俺なんか喫茶店で昆布茶だよ! と山本さんは昆布茶を煽った。その様子がやけ酒を飲む姿にしか見えない。




「ぁ、いけない!!」

と、私の頭の上から声がした。



「もうすぐ仕事だわ。行かなきゃ」

 そう言って美里さんは私から離れ、自分の席に置いてあったティーカップの中身を飲み干し側に置いてあったバックを持った。お金を取り出して、雅さんに無造作に手渡す。



「お仕事、何ですか?」

「ええ。実は私看護士何だけどね、今から帰って息子の為にご飯作らなくちゃ」

 慌ただしく時計を見て、美里さんはドアを開けた。

 ふと、何か思いついた顔をして、こちらを振り向く。




「瀬奈ちゃん、今週の日曜、何か用事ある?」

「い、いえ…。シフトも、土曜日だから、用事は無いです」


 ここの今週のシフトは土曜日だったはず。ちらりと雅さんを見ると、『うん、合ってるよ』と頷いた。



「じゃあ、お姉さんと日曜、デートしましょうね!」

「…ぇ……?」

 艶やかに笑って、美里さんは喫茶店を後にした。




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