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『weiss katze』  作者: メラルー
10/10

キャンプ

だんだん恋愛っぽくなってきました

ゴールデンウィーク初日の早朝。

街路樹のハナミズキが風に揺られてサワサワと鳴る。その様子を嬉しそうに見上げながら、瀬奈は『weiss』へと足を運んでいた。



動きやすい格好でと助言をされたので、瀬奈の服装はネイビー系のカラースキニーとスニーカー、白のブラウスと淡いサックス色のカーディガンを選んでいた。 小さめのキャリーバックには着替えや必要な物を詰め込み、手提げ鞄を持って、『weiss』の扉を開く。

そこにはカウンター席に雅さんと山本さんが座っていた。



「おはよー瀬奈ちゃん。早かったね」

「おはようございます、雅さん、山本さん!」

「おう、おはよう!」

雅さんはいつもこの喫茶店の制服姿しか見ていなかったためか、私服姿は新鮮に感じる。車のキーを手に持ちカウンター席に座る彼は、いつもよりも大人っぽく感じた。雅は、瀬奈にいつものように優しく笑いかけた。



「先に大きな荷物だけ乗せちゃおっか。俺の車で行くけど、瀬奈ちゃん車酔いとかする?」

「大丈夫です」

「そっか、良かった。具合悪くなったらいつでも言ってね?」

「はい!」

「じゃあじっちゃん、ちょっと行ってくる」

「おー」

勢いよく答えた瀬奈の頭をポンポンと撫でてから、雅は瀬奈のキャリーバックを預かり、喫茶店の裏へと続く扉を開けた。瀬奈もその後ろをついていく。

少し歩いた先に駐車場があり、そこに濃い藍色の普通車が一台停めてあった。



「この車、雅さんのもの、ですか?」

「うん、半年くらい前に買ったやつだよ」

雅が瀬奈のキャリーバックを後ろに乗せる。車の車種や値段などが分からない瀬奈にとってはその車がどれくらいのものなのか分からなかった。



「何人、乗るんですか?」

「んと、じっちゃんは途中常連さんを拾っていくから自分の車で行って、俺の車には俺と瀬奈ちゃんとあと……、あ、来た来た」

車の後部に瀬奈のキャリーバックを積めた雅が、道路の方へと顔を向ける。瀬奈も釣られてそっちを見つめて、二、三度瞬きをした。




「瀬奈ちゃん久しぶりー!雅ー!親子共々よろしくねー!」

「ちょ、道端で叫ぶなよっ!!」

道路の向こう側には、きゃいきゃいとはしゃぐ美里と、母親である美里に怒鳴る空也の姿があった。





俺の初恋は、小学校高学年の頃だった。


「『母親だけじゃきっと迷惑かけるし心配だから、ついていってやる!』

なぁんて上から目線で言っちゃって!素直に来たいって言えばいいのよ」

「しゃ、喋ることねーだろバカっ!!」

「もー本当に素直じゃないんだからうちの息子ってばっ!!」

と、俺の母親は助手席でニヤニヤと笑った。

運転席に座る雅も穏やかに笑いつつ、母親を諌める。




「まぁまぁ、美里さん。あんま空也をいじめないでやろうよ」

「そうよねぇ!私じゃなくって今は他のことに集中して欲しいし!」

(ふっざけんなくそババア!!)

イライラとしつつ、窓の外を見つめる。高速道路に乗った雅の車は渋滞に引っ掛かることなくすいすいと進んでいく。

言い訳をすれば、本当は来る予定では無かった。ゴールデンウィークだからって学校からは課題が多めに出てるし、友達とどっか遊びに行く予定だった。




今自分の隣に座る奴が行くだなんて言わなきゃ。




キャンプに行くと言う母親に付いてきた本当の理由を心の中で吐露しながら、俺は自分の右に座る瀬奈を見た。

スカートとかじゃなくスキニーという色気もへったくれもない格好だけど、猫っ毛をサイドテールに縛って緩く巻いている姿は可愛い……、とかじゃなく!いつもより活発そうな格好をしている彼女は、心なしかいつもよりおどおどとしていないように感じた。




「あ、の?もしか、して、酔った?」

ほら、こうやって苦手なはずの俺に積極的に話しかけてくるし。にこっと愛想笑いすら浮かべているし。

1,5倍くらい加速した心拍数に気づきつつ、出来るだけ自然体を意識して話を始める。



「別に。酔ってない。お前こそ大丈夫なのかよ」

「えと、車酔い、したこと、ない、から」

「ふーん……。意外」

いかにも顔を真っ青にしつつ具合悪いですって言い出せなさそうなのに。



「もー空也ったら無愛想なんだから!まぁもっとも、照れ隠しだけなのかもだけどっ!」

「だから!あんたは喋んな!」

また俺をからかい始める母親に向かって叫ぶも、俺の母親は助手席で相も変わらずニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべるだけだ。そして、なんとなしに運転手である雅に話しかける。




「雅、ちょっと早いけど、ご飯にしましょうよ」

「あ、そうする?俺は賛成。瀬奈ちゃんと空也は?」

「私は、大丈夫です」

「俺はどっちでもいい」

全員の意見を聞いた母親は、無邪気な子供のような満面の笑みを浮かべた。



「じゃあご飯にしましょう!うふふ、瀬奈ちゃんと、今日の為にお弁当作ってこようって話になってたの。ねー瀬奈ちゃん!」

「はい!」

「っ……」

隣から聞こえてきた肯定の返事にどぎまぎする。

え、こいつの手料理が、食べれるって事で……、いいんだよな?ていうか、いつの間にそんな仲良くなってんだよこいつら。



「お前、作ってきた、のか?」

思わずそう尋ねると、瀬奈は少し恥ずかしそうにはにかんだ。



「美里さんほど、美味しいわけじゃ、ない、けど……」

遠慮がちに呟いた言葉に、雅が運転しながら、



「でも、俺としては嬉しいなー。瀬奈ちゃんの手料理楽しみだし」

「ほんと、ですか?」

その雅の言葉を聞いたとたん、分かりやすいくらいに瀬奈の顔にぱぁっと喜びが満ち溢れる。

瞬間、胸の中にぶわりと黒い気持ちが溢れた。



「…………」

ああ、くそ。

一人だけ暗い気持ちになったまま、車はサービスエリアへと進んでいった。







「……すげぇ」

雅と一緒に買ってきた4人分の飲み物を手に持ちながら、サービスエリアのテラステーブルに置いてあるお弁当を見て俺は呟いた。

瀬奈の作ったお弁当は、正直に言って母親のものと謙遜ない。サンドイッチは店で売られているものと大差無いし、唐揚げやポテトサラダなんかもすっごい旨そうだった。




「おお、おいしそう!瀬奈ちゃん料理上手だね!」

「ありがとうございます、雅さん」

「さーさー食べましょ?ほら空也も座って!」

「お、う」

思わずぎこちない動きで席に着く。各々が食べたい物を母親が用意した皿に取って食べるのを見て、俺もおずおずと瀬奈が作ったサンドイッチに手をつけた。




「……うまい」

ただの卵とかツナサンドじゃない。照り焼きチキンサンドだった。

レタスはシャキシャキだし、照り焼きチキンは簡単に噛みきれてふんわりとしたパンとよく合う。



「ほんと?良かった」

などと言ってふんわりと笑う瀬奈。

ぐっ、と息を詰まらせて固まる俺。

ニヤニヤしながら俺らを見つめる母親。




「なんなんだよっ!!」

「料理が上手な女の子はいいなぁって思ってただけよ?」

「美里さんの料理も美味しいよ」

「もうやだ雅ったら!」

バシバシと雅の背中を叩く母親。

その様子を見つめる瀬奈は終始嬉しそうに微笑んでいた。



……なんか、こいつ今日機嫌いい?

いつもはもう少しおどおどとしているのに、今日は、なんというか、普通に少し気弱そうなだけの女子高生に見える。

こうやって出かけるのが楽しいのか?

それとも、誰かと食事するのが楽しいのか。

それとも、雅との旅行だから…………。



(ハッ、あほらし)

そこまで考えて、俺は無理やり思考を遮断し、サンドイッチを頬張った。






ここのサービスエリアは広く、デカイ公園が隣接されている。なので家族ぐるみでこの場所に立ち寄り、休憩がてら遊んでいく人が多い。なので、子供が好みそうな菓子や食べ物なども豊富に販売している。



「あ、空也ソフトクリーム買ってきてソフトクリーム。お金あげるから、4人分よ。あ、瀬奈ちゃん、悪いんだけど空也とソフトクリーム買ってきてくれない?」

「ちょ、おい!」

「はい、分かりました!」

お弁当を食べ終え出発しようとした時に、母親がそんな要求をしてきた。

母親の下心丸見えな要求に素直に答える瀬奈を見て、俺は仕方なく母親が財布から取り出した3000円を受け取った。



「空也俺抹茶ね」

「私はバニラよ」

「はいはい」

ダルそうに歩き出す俺の後ろを、トコトコとついてくる瀬奈。まるで雛鳥みたいでちょっと和んだ。

人が多くて離れ離れにならないようにと手を繋ぐことなど出来るわけもなく、出来るだけ歩幅を揃えてやると、瀬奈は小走りで俺の横へと移動した。

サイドテールがふわりと揺れ、少し甘い匂いがする。




「お前は?何味食べたいの」

「え?え、と、」

「……まさか自分の分は自分で払おうとか思ってないよな」

なんとなしに言った言葉は、どうやら図星だったらしい。ピクンと肩が跳ねあがって、動きが一瞬止まった。




「俺の母親がパシりに使ってんだから、お前は遠慮なしに選べばいいだろ」

「で、でも、美里さんに迷惑……」

「かかるわけねぇだろ」

むしろ嬉々としてお前に奢りそうだわ。

お目当てのソフトクリーム屋を見つけて近寄る。幸いにも丁度列が切れたところらしく、並ぶことなく選ぶことが出来た。




「いらっしゃいませ、何になさいますか?」

「抹茶とバニラと、あとチョコ。ほら、お前は?」

「あ、う、えと、じゃあ、マスクメロンで……」

「はい。合計1280円です」

店員の言葉に瀬奈がおずおずと財布を取り出したが、それより前に2000円をさっさと店員に渡す。



「あ、あの、」

「いいから。パシり代だと思ってもらっとけよ。ほら、半分頼んだぞ」

なおも食い下がる瀬奈に、むりやりマスクメロンとバニラのソフトクリームを手渡す。慌てて受け取った瀬奈の両手は塞がり、結果的には金を貰わずに済んだ。

俺も残りの抹茶とチョコを受け取って歩き出す。




「あ、ありがとう」

「……別に。俺の金じゃねぇし、母親に言えば?」

そっけなしに言って本心を押し殺す。じゃないと、顔が赤くなりそうで嫌だった。



暫し、二人の間に沈黙が走る。

思わず、俺はさっきから聞きたくてしょうがなかった事を聞いていた。




「……思ったんだけどさ、俺の事嫌いだろ。その、なんで普通に話しかけてくれんの?」

自覚は、ある。

イラついてたからって、初対面の時に酷い事をしたという自覚はしているし、俺は言葉だってツンケンしているから、気弱なこいつには苦手に感じるだろう。

なのに、瀬奈は普通に俺に微笑んだ。



「さ、最初は、怖かったし、その今も緊張する、けど。でも、嫌いじゃないよ」

「…………」

俺にとっては瀬奈の回答は意外なものだった。と同時に、嬉しく思う自分がいる。



「初めて会った時、に、言われた言葉は、本当の事、だし。だから、私、変わりたいって、思ったんだ。

緊張する、けど、怖いけど。雅さんや、『weiss』の人達と出会って、内気な自分を、変えたいって。

あ、でも、雅さんは取ったりしない、から」

「…………いや、まぁ、うん…………」

最後の言葉は、この前喫茶店で口走った『俺の雅を取るな』という言葉のことなんだろう。



伝えたかった。

雅が取られるのが嫌なんじゃなくて、雅に(・)取られるのが嫌なんだって。



初恋は、小学校高学年の頃だった。

だから、『恋』というものがどんなものかは知っているし、さっきからうるさい心拍数や手を伸ばしたくなる衝動が、何を意味するのかも分かっている。




分かってるけど、こんな短期間で自分が『落ちた』なんて、信じられなかった。




「……変わりたいんだったら、手伝ってやる」

「え?」

「だから!そのキツ音とかどもりぐせが直るように、俺が、その、話し相手になってやるよ。だから、その……。

俺の事は、名前呼びでいい」

ぽけっと俺を見上げて話を聞いていた瀬奈は、文字通り花が咲いたように顔を綻ばせた。



「ありがとう、空也君」

「……ん」

そよそよと初夏の風が吹いていたけど、俺の火照った顔の熱はすぐには冷めそうにもなかった。





そんな二人を遠くから見つめる美里と雅は、芝生の上に座りながら無遠慮に言いたい事をズカズカと言い合っていた。



「きゃー!なんかいい感じじゃない?ねぇ雅!」

「てか、空也顔赤すぎじゃない?あんなウブな子だったっけ」

「ほら、本気の恋ほどどうすればいいか分からなくなるものよ。会話は聞こえないけど、いい感じだわ」

うんうんと満足げに頷く美里に、雅は苦笑いを浮かべることしか出来ない。

なんというか、仲人したがる親戚のおばさんのようである。




「ていうか、雅あんたはどう思っているのよ」

「え?俺?」

いきなり自分に話の矛先が向いて、雅はぱちくりとまばたきをした。




「悔しいけど、今の時点で瀬奈ちゃんが一番好いているのは雅じゃない。瀬奈ちゃん今15で、雅は今23でしょ?ま、夏にはあんた24になるんだけど、9歳差なら有りよね。今雅に彼女いないし、瀬奈ちゃんのことほんとはどう思ってんの?」

美里はじろりと雅をうろんげな目で見つめるが、雅は飄々としたまま若い二人を見つめるだけだ。




「俺は、多分瀬奈ちゃんと同じ気持ちだと思うよ」



「……それって、」

どういう意味。と美里が聞く前に、雅は勢いよく立ち上がって車の鍵を指に引っかけてクルクルと回した。



「さ、早く行こっか美里さん。じっちゃんや隆也が待ってる」

優しく微笑むその顔は、何を考えているのかは美里でも掴みきれなかった。




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