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クリストファー・リー・カイゼルベルグと書庫の秘密  作者: 青山 高峰
第一章

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3/15

3 お茶会

 その日のお茶会(ちゃかい)は最悪(さいあく)だった。


いやその日に限(かぎ)らずお茶会(ちゃかい)というのは最悪(さいあく)だ。


親戚連中(しんせきれんちゅう)に囲(かこ)まれる。それだけでも最低(さいてい)だが、お茶会(ちゃかい)にもドレスコードがある。


家族(かぞく)(といっても一族郎党(いちぞくろうとう)だが)でお茶(ちゃ)をすするだけなのに、仰々(ぎょうぎょう)しいったらないが、それも全てはマダム・リーが決(き)めたことだ。誰(だれ)一人逆(さか)らう者(もの)はいない。唯一(ゆいつ)、逆(さか)らうつもりもなく逆(さか)らってしまっているクリストファー以外(いがい)は。


今日のクリストファーの出(い)で立(た)ちは、Tシャツに洗(あら)いざらしのブルージンズにスニーカー。


タキシードかディレクターズスーツ着用(ちゃくよう)が基本(きほん)とされる準礼装(じゅんれいそう)のドレスコードからは程遠(ほどとおい)い。給仕係(きゅうじがかり)でさえスーツを着用(ちゃくよう)している。


マリーと共(とも)にサロンに入ると、みんながひそひそとやり始(はじ)めた。


「マダム・リーの秘蔵(ひぞう)っ子は特別(とくべつ)らしい」


「クリスはマダム・リーの孫(まご)だから、何をしても許(ゆる)されるし、魔術(まじゅつ)ができなくても許(ゆる)されるんだろ。まったく名家(めいか)のポンコツのくせに」


「あんな出来損(できそこ)ないのクリスが直系(ちょっけい)の孫(まご)だなんて、世(よ)の中(なか)不公平(ふこうへい)だ」


「いくらなんでも我々(われわれ)をバカにするのも甚(はなは)だしい」

 バカにしたような視線(しせん)を向(む)けながら、これ見(み)よがしに言う大人たちの声が聞(き)こえる。


娯楽(ごらく)がないらしく、みんなクリストファーが傷(きず)つくのを見て楽(たの)しんでいる。そして案(あん)の定(じょう)、今日(きょう)も悲(かな)しくなり、腹(はら)のあたりが締(し)め付(つ)けられた。しかしなるべく顔(かお)に出さないよう、息(いき)を吸(す)い、自分を落(お)ち着(つ)けるようにゆっくりと吐(は)く。悪口(わるぐち)に反応(はんのう)して、みんなを喜(よろこ)ばせたくはない。


暗(くら)い顔(かお)したり、しょげかえったりしたら最後(さいご)、その反応(はんのう)が面白(おもしろ)くて、もっとひどい事を言われるのを経験上(けいけんじょう)知っている。そういうことをするのが大人だっていうのが信(しん)じられないが、とにかく平静(へいせい)を装(よそお)うのが一番(いちばん)だ。どんなに心(こころ)の奥(おく)が痛(いた)かったとしても!!


しかし一緒(いっしょ)にいるマリーの方(ほう)は気(き)になるらしく、いつもの花が開(ひら)くような明るい笑顔(えがお)は影(かげ)をひそめ、まるで歯医者(はいしゃ)に行(い)く前(まえ)のような顔(かお)をしている。


「気(き)にすんなよ」


 サンドイッチにかじりつきながらわざと明(あか)るく言った。


スモークサーモンのペーストときゅうりの歯(は)ごたえの取(と)り合(あ)わせが旨(うま)い。さすがはマダム・リーのお茶会(ちゃかい)の品(しな)だ。どこかの星つきシェフに作らせた代物(しろもの)に違(ちが)いない。マリーに勧(すす)めると、首(くび)を横(よこ)に振(ふ)った。さっきから何(なに)も口(くち)にしていない。


ただ口(くち)にするのは、

「わたしのせいで、ごめんなさい」

 とささやくように言う言葉(ことば)だけだ。


「もういい加減(かげん)、気(き)にすんなって」


「でもクリスだって本当(ほんとう)はお茶会(ちゃかい)に出る時(とき)はみんなと同じような恰好(かっこう)するでしょ? なのにまるで使用人(しようにん)みたいな……」

マリーがうつむいた。


「そんなこと言ったら使用人(しようにん)に失礼(しつれい)だろ。彼等(かれら)は俺よりまともさ。なあマリー、聞いてくれ。問題(もんだい)は恰好(かっこう)だけじゃない。恰好(かっこう)にばかりとらわれると真実(しんじつ)が見えなくなる」


 マリーがはっとしたように顔(かお)を上(あ)げた。真剣(しんけん)に見(み)つめてくるアクアマリンのような青い瞳(ひとみ)が可愛(かわい)らしい。この瞳(ひとみ)になら吸(す)い込(こ)まれても構(かま)わない! 思わずマリーの肩(かた)に手をかけた。絹製(きぬせい)のドレスの感触(かんしょく)がなめらかで心地(ここち)いい。


「そもそも物事(ものごと)を正確(せいかく)に見極(みきわ)めるためには身(み)も心(こころ)も裸(はだか)になるべきなんだから」


 マリーの顔(かお)が真(ま)っ赤(か)になった。瞬間(しゅんかん)、マリーの肩(かた)に乗(の)せた手が誰(だれ)かに掴(つか)み上(あ)げられた。


「クリス!」


 振(ふ)り返(かえ)ると、オリビエが立っている。眼鏡(めがね)の下の顔(かお)が今、怒(いか)りのためか真(ま)っ赤(か)になっている。


「やあ、オリビエ」

 そう微笑(ほほえ)んで、オリビエが一人(ひとり)ではないことに気づいた。


後(うし)ろにグザビエが青(あお)ざめながら立っている。この二人、いとこ同士(どうし)なのにまるで兄弟(きょうだい)みたいにいつも一緒(いっしょ)だ。


「妹(いもうと)を口説(くど)くなよ、出来損(できそこ)ない」

 オリビエがいきりたっている。


出来損(できそこ)ないとは、あんまりだが、なるべく表情(ひょうじょう)を変(か)えないように注意(ちゅうい)する。


「俺はただ、ハインリッヒ・ハイネの話をしてただけですけど」


「ならなんでマリーは風呂上(ふろあが)りみたいに真(ま)っ赤(か)な顔(かお)してんだ」


「おっ、お兄ちゃん。わたし……赤くなってない」

 マリーが抗議(こうぎ)した。そのくせ耳(みみ)まで真(ま)っ赤(か)で、目(め)は潤(うる)みきっている。


「とにかく2人は少し離(はな)れろ」

 オリビエが、マリーと俺の間(あいだ)に椅子(いす)を押(お)し込(こ)んできた。


それに合わせるように、グザビエが俺の隣(となり)の椅子(いす)に腰(こし)をかける。


「マリー、このポンコツと2人だけっていうのは10歳(さい)のお前にはまだ早い」


 オリビエがささやくように言うのを聞(き)き逃(のが)さなかった。


「オリビエ、ここでは俺とマリーの2人だけ、というわけではないですよ」


 サロンを見渡(みわた)す。ベルサイユ宮殿(きゅうでん)と見まがうばかりの豪奢(ごうしゃ)で広いサロンには、テーブルがいくつも置(お)かれ、ざっと30人近(ちか)くの男女が着飾(きかざ)り、お茶(ちゃ)を片手(かたて)に談笑(だんしょう)している。


「それからもう一つ言(い)えば、俺も10歳ですけど」


 オリビエが声(こえ)をあげて笑(わら)った。グザビエが青(あお)ざめながら


「みんな仲(なか)よくしようよ」


 と言いながらオリビエの顔(かお)をうかがっている。


オリビエはグザビエを完全(かんぜん)に無視(むし)し、俺に向(む)かって大きく頷(うなず)いた。


「そうだった、そうだった。クリスはまだ10歳だったな。つい13歳の俺達と同(おな)い年(どし)に感(かん)じちゃうんだ。そもそも中身(なかみ)がない癖(くせ)に態度(たいど)はデカいし、背(せ)もデカいから」


グザビエが驚(おどろ)いたように目を見開(みひら)き、


「確(たし)かに大きくなったね、クリス。背丈(せたけ)は去年(きょねん)の夏(なつ)からどのくらい伸(の)びた?」


「10センチ弱(じゃく)でしょうか?」


 オリビエがピューっと口笛(くちぶえ)を吹(ふ)いた。


「うどの大木(たいぼく)ってのは、クリスお前のことだな」


「お兄ちゃん、クリスにそんなこと言っちゃ可哀(かわい)そうよ」


 マリーが困(こま)ったように眉(まゆ)をひそめた。


「事実(じじつ)だろ」


 オリビエが大声(おおごえ)で笑(わら)うと、マリーが怒(おこ)ったように口(くち)を尖(とが)らせた。


「お兄ちゃん、失礼(しつれい)よ」


「何だと」


オリビエがマリーの口の両端(りょうはし)を乱暴(らんぼう)に掴(つか)み上(あ)げ、


「事実(じじつ)を言うのがいつから失礼(しつれい)になったんだよ、マリー」


 まるで犬(いぬ)に言うことを聞(き)かせるかのように、マリーの顔(かお)を左右(さゆう)に振(ふ)った。胸(むね)の奥(おく)にパッと火花(ひばな)が燃(も)え上(あ)がった。気づくと立ち上がってオリビエの手を掴(つか)み上げていた。


「何だよ、この手は」

 

オリビエの驚(おどろ)いた声(こえ)に血(ち)の気(け)が引いて、手(て)を放(はな)す。


「すっ、すいません」


「いきなり目上(めうえ)に乱暴(らんぼう)するなんていい度胸(どきょう)だな。マダム・リーのお気に入りは」


 皮肉(ひにく)たっぷりな言い方だが、不思議(ふしぎ)と最後(さいご)の部分(ぶぶん)に、ほんの少し劣等感(れっとうかん)のようなものを感(かん)じる。まさか自分を卑下(ひげ)している? 


もし俺にオリビエの心を読(よ)める力(ちから)があれば分(わ)かるのに。


左手(ひだりて)の薬指(くすりゆび)の指輪(ゆびわ)に視線(しせん)を落(お)とす。こんな拘束具(こうそくぐ)がなくても、俺は心が読(よ)めないだろう。そう思うとため息(いき)が出そうになり、慌(あわ)てて視線(しせん)を反(そ)らす。


リー一族(いちぞく)の血(ち)を引く者(もの)はみな心を読(よ)む能力(ちから)を持っている。とはいえ心を読(よ)むことは禁(きん)じられている。人間不信(にんげんふしん)に陥(おちい)るのを防(ふせ)ぐのが目的(もくてき)らしい。そのため当主(とうしゅ)のマダム・リーを除(のぞ)き、無意識(むいしき)に心を読(よ)んでしまわないよう、全員(ぜんいん)指輪型(ゆびわがた)の拘束具(こうそくぐ)をつけることになっている。指輪型(ゆびわがた)の拘束具(こうそくぐ)をつけていれば、相手(あいて)の心を読(よ)めなくなるからだ。もっとも俺の場合(ばあい)はこんな拘束具(こうそくぐ)は(魔力(まりょく)0だから元々(もともと)読(よ)めないので)不要(ふよう)だけど、決(き)まりは決(き)まり、指輪(ゆびわ)を外(はず)すわけにはいかない。指輪(ゆびわ)をくるくる回(まわ)し、第1クォーターに百合紋章(ゆりもんしょう)、第2クォーターに星(ほし)、第3クォーターに月(つき)、第4クォーターに太陽(たいよう)を組(く)み合(あ)わせたリー一族の紋章(もんしょう)の刻印(こくいん)が上(うえ)にくるようにした。そう言えば、この拘束具(こうそくぐ)、最近(さいきん)サイズが合わなくなってきた気がする。


その時、ちょうど給仕(きゅうじ)がケーキを載(の)せたトレイを運(はこ)んできた。そのケーキに視線(しせん)を移(うつ)したマリーの顔(かお)が輝(かがや)く。可愛(かわい)らしさに思(おも)わずニヤついてしまう。口元(くちもと)が緩(ゆる)まないよう、ケーキのほうを見つめながら、さりげなく口を開(ひら)く。


「マリーはケーキ何にする?」


「わたしは……」


 マリーの視線(しせん)が、イチゴのタルト、イチジクのタルトとマスカットのケーキ、チョコレートとラズベリーのプロフィトロール、ルバーブのタルトと移(うつ)り、ブルーベリーのムースの上で止(と)まる。マリーが口を開(ひら)きかけると、すかさずオリビエが、


「イチゴのタルトだろ。マリーは俺と同じでイチゴが好きだもんな。イチゴのタルトを俺とマリーに」


「かしこまりました」


 給仕(きゅうじ)が皿にイチゴのタルトを盛(も)り付(つ)ける。


「わたしは……うん。イチゴのタルト好き」


 さっき喧嘩(けんか)したことを忘(わす)れたように、マリーが無邪気(むじゃき)に微笑(ほほえ)んだ。しかしブルーベリーのムースを横目(よこめ)でちらちら見つめている。あまりにも可哀(かわい)そうで、つい言わなくてもいいことを言ってしまった。


「オリビエ。マリー自身(じしん)に選(えら)ばせてあげてください」


「何の話(はなし)だ?」


「ケーキの話(はなし)ですよ」


 オリビエが鼻(はな)で笑(わら)った。


「クリス、俺は妹(いもうと)のことは何もかもよく知(し)っている。だからマリーの選択(せんたく)も全部(ぜんぶ)手(て)に取(と)るようにわかるんだ。マダム・リーからリー一族(いちぞく)の正統派魔術(せいとうはまじゅつ)を教(おそ)わらなくてもな。この点(てん)はお前には負(ま)けない」


 オリビエは勝(か)ち誇(ほこ)ったようにイチゴのタルトにフォークを入れる。フォークが皿(さら)に当(あ)たり、カチャンと不快(ふかい)な音(おと)を立(た)てた。


魔術(まじゅつ)の問題(もんだい)じゃないだろ。そういうのをシスコンって言うんだ! 思(おも)わず心の中で毒(どく)づいた。


「クリス様(さま)、ケーキは何になさいますか」


「俺は、いりません」


 給仕(きゅうじ)が勧(すす)めるケーキを辞(じ)すると、グザビエが信(しん)じられないって顔(かお)をしながら、


「クリス、本当(ほんとう)にいらないの?」


 と俺の顔(かお)を覗(のぞ)き込(こ)んできた。身体(からだ)でも悪(わる)いのかって言いたげだ。


「心配(しんぱい)しないでください、グザビエ。別(べつ)に体調(たいちょう)が悪(わる)いわけじゃないから」


「グザビエの質問(しつもん)の意味(いみ)はそこじゃない」


 オリビエがイチゴのタルトをほおばりながら、ニヤッとした。


「グザビエにとっちゃ、勧(すす)められた食べ物を食べないなんて、死体(したい)くらいなものだからだ」


 オリビエを無視(むし)し、グザビエに微笑(ほほえ)みかける。


「グザビエ、とにかく俺のことは気にしないで、召(め)し上(あ)がってください」


 グザビエがほっとしたように頷(うなず)いた。給仕(きゅうじ)はチョコレートとラズベリーのプロフィトロールをグザビエに渡(わた)すと、次(つぎ)のテーブルへと行ってしまった。


 マリーはまだ名残(なごり)惜(お)しそうに、運(はこ)ばれていくケーキに視線(しせん)を送(おく)っている。グザビエがこの上なく嬉(うれ)しそうにケーキにパクつきはじめた。オリビエが口元(くちもと)をナプキンで拭(ぬぐ)いながら口を開(ひら)いた。


「そう言えば明日(あした)、俺たち家族(かぞく)でピクニックに行くんだけど? クリスも来(こ)ないか?」


 俺を誘(さそ)ってくれてるなんて! 喜(よろこ)びより驚(おどろ)きの方(ほう)が勝(まさ)る。何か言う前にマリーがパッと微笑(ほほえ)んだ。


「うわあ、クリスも一緒(いっしょ)がいい。ピクニックは一日(いちにち)かけて行って、夜までいるの。わたしたちの教会(きょうかい)の近(ちか)くでね、お星(ほし)さまを見るの」


 マリーの青色(あおいろ)の目が楽(たの)しそうに輝(かがや)いている。あー星(ほし)よりも、この笑顔(えがお)を夜(よる)まで見ていられたらどんなに……ふいにマダム・リーの魔術(まじゅつ)の授業(じゅぎょう)が頭(あたま)をかすめた。


オリビエがわざとらしく額(ひたい)に手(て)を当(あ)てた。


「あっ、明日も(あす)魔術(まじゅつ)のお勉強(べんきょう)があったんだったな。いやあ、つい日曜(にちよう)だから大丈夫(だいじょうぶ)かと思ったけど、魔術(まじゅつ)がまだ使(つか)えないお前には関係(かんけい)なかったな」


「そんなあ、クリスも一緒(いっしょ)がいい」


「何言ってんだマリー。マダム・リーの授業(じゅぎょう)をさぼらせるわけにはいかないだろ。悪(わる)いな、クリス、今の話、忘れてくれ」


 オリビエの口の端(はし)には、とても“悪(わる)い”とは思っていない晴(は)れやかな笑(え)みが浮(う)かんでいる。


毎日(まいにち)マダム・リーの魔術(まじゅつ)の授業(じゅぎょう)があるって知(し)っていて、わざと誘(さそ)ったんだ。心に影(かげ)が差(さ)しそうになったが、マリーを見て、その影(かげ)を追(お)い払(はら)った。無理(むり)やり笑(わら)ってマリーを見つめる。


「気にしないでください」


 オリビエにというより、マリーに言ったが、マリーはあからさまに落胆(らくたん)し、ケーキのスプーンを置(お)いた。

 ああ、これだからお茶会(ちゃかい)は嫌(きら)いだ!!

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