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3.就職先が決まりました①

 あれから村にいつもより早い収穫時期がおとずれて、俺は父さんが働いている所へ手伝いに行くようになった。

「このままじゃ二つ隣の町まで行く時間がとれないな……」

 なんせ片道八時間はかかるので、往復だと急いで帰ってきても深夜になってしまう。そして夜になると村と町を繋ぐ道に盗賊や魔物が出る。

 自分一人で撃退できるだけの実力があれば行っても問題ないのだが、生憎剣の才能は俺にはない。魔法の才能もない。

 なので自分一人だけで行くためには二つ隣の町に宿泊して朝向こうを出発するしかない。そうなると当然ながら宿泊費がかかる。

 父さんに二つ隣の町の宿泊費を聞いたところ、一番安くても銀貨一枚はすると教えられた。ちなみにこの村で銀貨と言えば大金だ。普段物々交換で成り立っている村ではお金を必要とすることが少ない。

 水は井戸水だし、電気はなくて灯りはロウソク。働いた分はそこで採れるものが現物で支給される。つまり俺の父さんは給料として野菜をもらっているってわけだ。

 俺が村の手伝いをする時も現物+わずかな小銭だけで、銀貨なんてとてもじゃないが手に入れることはできない。そこで導かれる結論は二つ。

 一つは野宿をして朝が来るのを待つ方法。ただし寝袋もないので人がいない町の隅で寝ることになる。一歩間違えれば不審者として連れて行かれたり、酔っ払いに絡まれてボコボコにされる恐れがある。

 二つ目は父さんを連れて一緒に二つ隣の町まで行くこと。元騎士団長の父さんはそんじょそこらの盗賊や魔物に負けないくらい強い。

 この方法の最大の弱点は、父さんが溺愛する母さんを一人村において俺と二人では行ってくれるはずがないということだ。あの父さんを絶対に説得できる気がしない。そうなると必然的に一つ目しか俺に残された方法はない。


 色々と考えたり収穫を手伝っているうちにあっという間に二週間が過ぎていた。

「エルに手紙が届いてるわよ」

 収穫を終えて家に戻ると母さんが俺に一通の手紙を手渡してきた。

「手紙なんて初めてもらうんだけど、いったい誰から?」

 不思議に思いながら封筒の後ろを見ると差出人には綺麗な字でルーカスと書かれていた。

「母さん、手紙ルーからなんだけど!」

「よかったわね」

 あえて最初にルーからの手紙だと言わない母さんのサプライズに、俺はウキウキとした気持ちで手紙を開封する。

「えーとなになに。優秀者として見習い騎士から新人騎士になった!? 母さん、ルーが新人騎士になったって!」

「あらあら、二週間で新人騎士だなんて凄いわねぇ」

 褒める母さんに父さんが声をかける。

「ルーカスは剣の才能があったからな。この調子だと二十歳で騎士団長になった俺よりもっと早く騎士団長になるかもしれないぞ」

「えっ、うそ。父さん、それ本気で言ってる?」

「俺は嘘を言わない」

「マジか……」

 嬉しくないわけではない。幼馴染みが立派に昇進して嬉しい。でも一方の俺は定職にも就けずご覧の有り様だ。

(ルーが帰ってきても合わせる顔がないじゃないか……)

 優しいルーカスはそんなことで俺を見下したり態度が変わらないと信じてる。だけど俺自身は何もできないままルーカスに自信をもって会うことなんてできるはずがない。

「早く就職先を見つけないと……」

 読んでいた手紙をもちながら決意を新たにする。

「他にはなんて書いてあるんだ?」

 近況報告は一枚目の便箋で終わっている。だか俺の手にはまだ読んでいない数枚の便箋が残っている。

「ちょっと待って、今読むから。騎士団の料理を作ってくれている厨房の人たちがもめてたくさん辞めてしまったって書いてある」

 騎士団に入るためには有事の際にすぐ対応できるように寮に住まなくてはならない。寮では衣食住が保証されているが、厨房の人がたくさん辞めてしまったということは今食事はどうしているんだろうか。

「騎士団の連中は大盛でおかわりするのが普通だから厨房の人数が少なくては回らないのではないか?」

「騎士様たちがお腹を空かせてなければいいのだけれど」

「見習い騎士たちが空いた時間に厨房の手伝いをしてるって書いてあるけど、今まで料理なんてしたことない貴族のぼっちゃんばっかりで食事は食べられたもんじゃないくらいめちゃくちゃらしい」

「過去に騎士見見習いとして騎士団にいた実績は貴族間では有力なステータスになるからと、剣も碌に触ったことがない貴族のぼっちゃんたちが実力ではなく大金を払って入学しているな」

「まぁ、それは駄目よ。騎士様は実力主義でなくては」

「だから住み込みで厨房で働ける人を探しているって書いてあるよ」

 家でも料理は作っているから貴族のぼっちゃんよりはまともな料理を作れる自信はある。

「でもさすがに騎士団の厨房って、色々貴族じゃないと駄目とかそういう規則があるんだろうな。もめた原因は書いてないけど、『平民の作った飯なんて食えるか!』って貴族のぼっちゃんがキレて辞めさせちゃったとかありえそうじゃない?」

「美味しいものは誰が作ったって美味しいわ。その貴族のぼっちゃんはどんな育て方をされたのかしらね。私お城の料理より、クリスが獲ってきてくれたウサギをエルが料理してくれたのが大好きよ」

 父さんが狩って家に持ち帰った死んでいるウサギを見て悲鳴をあげて気絶した母さんはもういない。今では獲ってきたウサギを見ると『今日はエルが作ったウサギ肉のシチューが食べられるのね』と嬉しそうにしている。

「簡単な調理試験はあるみたいだけど身分に関係なく住み込みで働ける厨房の人を募集中してるみたい。しかも騎士団は男ばかりなので募集は女性ではなく男性とするだって。普通女性の方がいいんじゃないの?」

「騎士団は将来有望な若者たちの集まりだからな。位が上になれば寮ではない別なところに住むことになるが、女性たちにとっては将来の旦那を見つけるのに一番良い職場だと思われているらしい」

「それってあなたも狙われてたってこと?」

 昔のことなのに今起こっているように母さんが心配する。

「まさか。俺は寮にほとんどいない遠征組で、位が上がってからは別なところに住んでいたから狙われてなかったさ」

 嘘をつかない父さんはそう思っているらしい。だが俺は事実を知っている。

 前に村に来た騎士たちが息子である俺の存在に気づかず話していたのを聞いてしまったのだ。


『あれが伝説の元騎士団長か』

『モテすぎて上司に嫌煙されて寮にいないように遠征で寮に帰れないようにされてたらしいぞ』

『それ俺も聞いたことある。今の団長が結婚できたのは元騎士団長が騎士団を辞めたからだって父さんが言ってた』

『なんだそれ。どういうこと?』

『今の団長の嫁さん、元騎士団が好きで寮に帰ってきた時は猛烈アタックしてたんだけど、ある日結婚するから辞めますっていなくなった元騎士団長に見切りをつけて今度団長になるアルバート団長の求婚を受け入れたんだって』

『凄いゴシップだな。どこ情報だよ』

『厨房のメリッサさんが言ってた』

『それはマジな情報だな』

『しかも元騎士団長の奥さんって隣国のお姫様だって』

『略奪愛?』

『駆け落ち婚みたい』

『だからこんな辺境に住んでるのか』

 もちろん家にいらぬ火種は持ち込みたくないので、聞こえてきた話は俺の中だけで留めておいた。

「今も昔も俺はエリーシャ一筋だよ」

「私もよ」

 両親の仲がいいのはいいことだが、頼むから息子の目の前でいちゃつくのはやめてほしい。

 いちゃつきだした両親は放置して手紙の続きを読み出す。

「もし住み込みの厨房の仕事に興味があるなら最期の白紙の便箋に名前をサインしてって書いてある」

(応募する気があるならサインして騎士団宛に手紙を郵送しろってことか?)

 住み込みで俺にもできそうな仕事なので応募してみようかとペンを持ってきて最後の白紙にさらさらとサインをする。

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