九話 夢見る人形<前編>
私の家は農家だった。
いくつかの畑を持ち、数人の労働者を雇い、それなりの利益を得ていた。
私の名前はエレノア、家族や友達からはエリーと呼ばれている。
「エリー、朝ごはんよ!」
私のお母さんは我が強い。
いつも笑顔で強気なその態度は、時々鬱陶しく感じる事もある。
「エリーはまだ起きてこないのか?」
お父さんはお母さんより痩せている。
正確は穏やかで、私はお父さんが怒ったところをあまり見たことがない。
「ふあァ、もう起きてる」
私はもう十六歳で成人している。
この家の長女として生まれ、下に二人の弟がいる。
なんてことない農家の娘。家を継ぐことはないが、私には夢があった。
「ねェ、お母さん」
「ん、なあに?」
「私もう成人したしさ!」
「またその話? 駄目だって言ってるでしょ冒険者は」
そう、私には冒険者になるという夢がある。
だが親には反対されている。
「エリー、冒険者はやめておけ、父さんの兄さんは冒険者になってゴブリンに殺されたんだ」
「それはそのお兄さんだったからでしょ! 私は魔力が多いから強くなるって、ギルドの人がいってたよ!」
「んん、だがな」
「そんなことよりご飯食べちゃいなさい」
この話をするといつもはぐらかされて終わる。
今の暮らしが嫌いなわけではない、ただ冒険者というものに憧れているだけだ。
なぜ冒険者に憧れているのかというと、お父さんに連れて行ってもらった冒険者ギルドが原因だ。
初めて街に行ったのはまだ幼い頃、冒険者ギルドへ家の近くに出た魔物の討伐依頼を出しに行った時。
そこで冒険者に出会って、お金や名誉のために戦うその姿に憧れた。
私は冒険者になりたいと親に承諾を求めている。
だが冒険者になるのに親の許可はいらない、だけど余計なわだかまりを残したくはない。
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雷が鳴り響き、家の隙間から風が入ってくる、その日の夜は嵐だった。
「この家大丈夫?」
「大丈夫よ、崩れたりなんかしないわ」
私は鳴り止まない轟音に家の心配をしながら、家族とたわい無い会話をしていた。
『コンコン』
「お父さん戸が鳴ってるよ」
「ん、誰だ? こんな時間に」
お父さんが扉を開けると、そこにいたのは黒いローブを着てフードを深々と被った女だった。
「あの、どちら様ですか?」
「旅のものです。申し訳ありませんが一晩泊めて頂けませんか?」
「……ああ、どうぞどうぞ」
お父さんは女を家の中に入れた。
そして自分は世界中を周って旅をしている魔法使いだとその女は言った。
「それで、あなたはどの神様を信仰なさっておいでですか?」
「……女神カーラです」
「え……カーラですか」
魔法使いが魔法を行使するには精霊や神に願わなければならない。
その中でもカーラは一般的に邪神と認識されている。その主な原因は死んだ人の魂を集めて弄んでいるからだ。
邪神信仰は禁止されていないが、あまりいい認識はされていない。
「安心してください、何もしません」
「は、はあ」
「それで、泊めてくれたお礼をしたいのですが」
「え、ああ、お気になさらず」
「そうですね……この魔石はどうでしょうか」
そう言って女が取り出したのは手の平程の大きさで、青紫色した石だった。
「これは」
「これを差し上げます。売りに出しても構いません、好きなように使ってください」
「は、はあ」
私は微かに輝きを放つその石をもっと間近で見たいと思ったが、お父さんはその石を受け取りポケットに入れた。
それからお母さんが『もう寝ましょう』と言ったので、みんなは寝室に行った。
魔法使いの女はその場で眠りについた。
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「お母さんおはよう」
「おはようエリー」
次の朝起きると昨日の嵐が嘘みたいに空は晴れて強風は収まっていた。
私は居間を見渡し魔法使いの女を探してみたが、そこに姿は無かった。
「お母さん、あの女の人は?」
「朝早くにお礼を言って出て行ったわ」
私は少し残念だった。
魔法使いなら私に魔法を教えてくれるかもと思っていたからだ。
その日の朝お父さんは町に出かけ、女から貰った魔石の鑑定に行った。
夕方に帰ってきたお父さんは、話があると言ってみんなを一箇所に集め、机の上にどっしりとした袋を一つ置いた。
「これは?」
「お金だ」
「……今、なんて?」
そう言うとお父さんは袋の口を広げてみんなに見せた。
お父さんの言った通り袋の中には両手で持ちきれない程のお金が入っていた。
銅貨や銀貨が多くを占めていたが、その中には今まで見たこともない大きな金の延べ棒もあった。
「す、凄い! これってあの石を売ったお金?」
「……あなた、少しお話があります」
「あ、ああ」
その夜はお母さんの迫力におされて、私は弟達を連れて寝室に行った。
そして扉を少し開けながら様子を伺った。
私は久しぶりにお母さんとお父さんが険悪な雰囲気になっているのを見た。
お父さんが賭けに負けて帰ってきた時も似たような感じだったが、今回はそれ以上だ。
『ドン!』
私はいきなり開いた扉に驚いたが、それ以上にゾロゾロと入ってきた男達に動揺した。
「失礼するよ」
「え、え」
「だ、誰だあんた達!」
「俺達の事はどうでもいい……問題はお前達だ」
男はそう言ってポケットから何かを取り出した。
「そ、それは」
男が手に持ってみせたそれは、お父さんが売りに出したと言う魔石だった。
しばらくの沈黙の後、男はその魔石を手の平で転がしながら口を開いた。
「この魔石はな、その袋の中に入った金の何倍もの価値があるんだよ。ま、あの店の店主はわからなかったみたいだが。」
「お、お金なら差し上げます、ですから」
「金じゃなくてな、この家にまだ魔石があるかもって話だ……おい、お前ら」
そう言うと男達は一斉に散らばり家の中を物色し始めた。
すると一人の男がこちらにやってきて私がいる部屋の扉を開けた。
「お! こんなところに女が」
「「「エリー!」」」
お母さんが叫んだその瞬間、お母さんの背後にいた男が腰にかけていたナイフを抜き背中に突き刺した。
「おいおい、殺すなって言っただろ……まったく、魔石の場所を吐かせたかったんだがな……それと女より魔石のほうが価値がある、今回は放っておけ」
それを聞いた男は、私が弟達を抱えて怯えているところを押し退けて部屋の中に入っていった。
リーダーの様な男がしばらく呆けていたお父さんの胸ぐらを掴み、首元にナイフを突き立て『魔石はどこだ』と脅していた。
だが、『知らない』としか言わないお父さんに呆れたのか、そのままナイフで首を掻っ切った。
「お……お父さん」
「本当に知らねえのか……? おい、そこの女」
お父さんを殺した男は、私の体全体を鋭い目つきで凝視した。
そして少しの間考え込み再びこちらを見ると、右手に持ったナイフをしまいながら私の元へ歩いてきた。
「おい女、この魔石と似た様なもの知らないか?」
「「「いや!!」」」
私は目の前にきた男に怯えてその男が持っていた魔石を振り払った。
そして私の手が魔石に触れた瞬間、突然魔石が眩い光を放ち男の右目を破裂させた。
「「「ぬあ! お前、俺に何をした!!」」」
私は何が起こったのかわからないまま意識が遠のいていった。
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一体どれくらいの時が経ったのだろう。
耳も聞こえず、声も出せない。
感覚も無いのにもの凄く窮屈に感じる。
怒りも悲しみも今は思い出せない。
だけどずっと寂しいという感情だけが無くならない。
誰でもいい、誰でもいいから話をしたい。
「……聞こえる?」
突然聞こえてきたのは女の声。
気のせいかと思ったが、徐々に視界が戻っていった。
そして目の前にいたのはあの嵐の日に家に泊まった魔法使いの女だった。