不運なゴブリン
神都から少し離れた小川の近く、丘の途中に空いた穴の中を進んでいった先にそれらはいた。子供ほどの大きさだが到底愛らしいとは思えない容姿に緑の身体。
そしてなにより鋭い爪と牙を持つ奴らは危険極まりなく、近づいた生き物は同族以外かまわず襲いかかってくる。
これらの特性を持った怪物を人はゴブリンと呼んだ。
そんなゴブリンのすみかは大体が洞窟の中で、大きな群れになると不器用ながら寝床などを作り生活向上をはかる。小さい群れでも場合によってはそこそこ充実した場所になる。しかしそれはゴブリンにとってだが。
そしてここ、神都近くの洞窟は最近ホブゴブリンとそれに率いられた数匹のゴブリンが住み着いたことで規模は小さいが、冒険者ギルドに依頼が来る事態になっていた。
勿論そんなことは一切知らないゴブリンたちは、今日も今日とて吐き気を催すほど汚く臭い洞窟で暮らしている。
「ヴヴアアアアア!」
すると突然一匹のゴブリンが唸り声を上げて、隣にいたゴブリンの顔へ噛み付いた。
それに驚き噛みつかれたゴブリンはそいつから離れて傷を手で押さえると、威嚇するように低い声を発しながら睨みつけた。これは何も珍しいことではなく、ゴブリンの群れの中では日常茶飯事で起こることだ。
この洞窟の中では娯楽が少なく、そこそこの知能を持っているゴブリンにとっては耐え難いものがある。やることといったら餌を狩ってくるくらいで、暇になるとこうして仲間内で揉め事を起こすのだ。
「アア!」
大体の場合は攻撃されたあと攻撃しかえすという流れで、この日も爪で引っ掻き牙で噛み付く喧嘩が起こった。群れの中にはこの騒動をホブゴブリンといった群れのボスが治める。
しかしどうやらこの群れは違うようで、ホブゴブリンは台座のような場所でふんぞり返って寝ている。
「ヴヴヴアア!!」
このゴブリン、噛みついた方のゴブリンAは言っている、「テメエこの俺に歯向かうのか!!」と。
「アアア!」
それに対し噛みつかれた方のゴブリンBは、「うるせえ!」と内心腑をグツグツと煮えたぎらせながら控えめに怒鳴った。このゴブリンAとゴブリンBは以前も喧嘩をしたことがあり、その時は接戦の末ゴブリンAがBに勝った。
その時の傷は今も残っており、ゴブリンBは負けた手前このゴブリンAに強く出れないのだ。
「グワアア!」
「ヴア!」
二匹はそれぞれ、「死ねい!」「ヴア!」と叫んで襲い掛かった。踏み込みはどう見てもゴブリンAのほうが強かったが、勝敗はまだ分からない。
まずはゴブリンAの引っ掻き攻撃がゴブリンBの顔近くまで迫ってくるが、それをかわしてAの腹へ爪を突き立てた。
「ヴヴ……!?」
予想だにしなかった展開に驚き、「なに……!?」と言って一旦距離を取るAは、Bを見てムカついた。なんとBは先程までの萎縮した様子とは違い、今はAを見下したように生意気そうな顔をしている。
しかしこれは当然のことで、二匹には決定的な違いがあった。それは気持ち。今どんな精神状態で挑んでいるかというもの。Aは以前に一度勝っている経験からこいつには負けないという確信があり、防御を捨てた攻撃の態勢で挑んでいた。それに対してBは一度負けたことから自分の強さへの自信が持てなくなっており、相手の攻撃を喰らったら終わりという思いがあった。
「ヴヴ………ヴアア!」
Bは「フフ………フハハ!」と嬉々とした様子でAを嘲笑った。これでBは自信を取り戻し、Aは戦意を削られるどころかBの攻撃まで喰らってしまった。傷はそれほど深くはないが、これでもう勝敗は決まったものだろう。
「ヴア、ヴヴア」
すると横から割り込むように一匹のゴブリンが、「ちょっと、うるさいわよ」とAとBに注意をした。
この声の主はメスのゴブリンで、オスよりも一回り大きい身体つきをしている。メスは群れの中でも子を産むので重宝され、強いゴブリンが他のゴブリンに手を出させないように近くにおいている。この群れの場合一番強いのはホブゴブリンであるため、群れで一匹だけのメスは常にホブの近くにいる。
「アアア! アアヴアア!!」
そんなメスゴブリンにBは、「うるせえ! これは男同士の戦いなんだ!!」と指を指して黙るように言った。
「ヴヴ? ヴヴアヴヴアア! アアアヴヴアアアアア!!」
それを聞いたメスゴブリンは、「なに? あんたアタシに歯向かおうっていうの! そんなことをしたら彼があんたなんか八つ裂きにしてくれるんだから!!」と怒鳴ってBを震え上がらせた。
ゴブリンにとっては力が優劣を決めているので、ホブゴブリンがその気になれば慈悲もなく簡単に殺されてしまう。そうなってしまっては死んでしまうとAもBも争いは止ざるを得なかった。
「アア、ヴア!」
「ヴヴ………」
仕方ないのでBは、「ああ、分かったよ!」と言ってどかっとふて寝し、Aも「しょうがねえ。今日のところは勘弁しておいてやる。だが次はぜってえ殺してやるからな……」と捨て台詞を吐いた。
それから狸寝入りをするBに、傷が浅いぶん余計に痛むので汗が止まらないAを見たゴブリンCが話しかけてきた。
「ヴヴア、アヴア?」
Cは二人の近くまで来ると小声で、「なあお前ら、ちょっといいか?」と言ってAとBの気を引いた。二匹は面倒くさそうに顔だけ傾けて真面目に聞こうとはしなかったが、それでもCは話を続けた。
「ヴヴア」
Cは、「あのメスゴブリン鬱陶しくねえか? 毎日毎日威張ったように俺らを見下してきやがってよお」と聞かれたら即殺されそうな言葉を易々と口にした。
「ヴヴ!?」
「アア!」
これには素っ気無い態度をとっていた二匹も驚いて、「おいおいお前何言ってんだ!?」「聞かれたら殺されるぞ……! いや、もしかしたらもっと酷いことに………」と震えながら横目でメスゴブリンの様子を伺った。
どうやら聞かれてはいない様子だが、未だ震えは収まらずにいた。
「ヴ」
「ア」
「ヴヴア」
二匹は何故そんなことを言うのかゴブリンCに聞いたが、Cはそれに対する返事ではなく、どうやってメスゴブリンを殺すか話出した。「メスゴブリンを殺るのは楽勝だが、それにはあのホブが邪魔だ。だからまずあいつを殺そう」そんな突拍子もない提案に当然首を振る二匹だが、Cは続けて、「考えてもみろよ? 俺らがあいつらを殺れば群れのボスは誰だ? それは勿論俺たちだろ。そうなれば好き勝手し放題のパラダイスが待っているぞ」そう二匹を誘惑するCは追い討ちをかけるように、「俺らが一斉にかかれば、あいつにも勝てるさ!」と囁いた。
二匹は暫く頭を抱えて悩んだが、闘志がみなぎってきたのかようやく首をたてに振った。
それから恐る恐るホブゴブリンの元へ近づいていく三匹は、それに気づいたメスゴブリンに「何よ、あんたたち?」と問われた瞬間一斉にホブへ襲いかかった。
「ヴヴアア!!」
それに驚くメスゴブリンと、寝首を掻かれて唸り声を上げるホブゴブリン。AとBはそれが少し怖くて一旦離れると、Cに次はどうするか聞いた。
「ヴア?」
しかし近くにCの姿はなく、辺りを見回しても見つからない。
そうしている間に怒り狂ったホブゴブリンが立ち上がり、近くにあった棍棒を手に取ると思いっきり振り上げて目の前に落とした。そしてそこにいたメスゴブリンは叫ぶ暇もなくグチャッと潰れた。
どうやらホブは状況を理解する前に怒りで我を忘れ、手当たり次第攻撃するようになってしまった。
「「グアア!」」
勢いよく横に振り払われた棍棒はAとBを呆気なく叩き潰し、二匹は「騙したなC!」という言葉を最後に息絶えた。
それからホブゴブリンはDEFGとゴブリンを殺し続け、気づけば群れは壊滅していた。
「ヴア? アアヴヴ??」
ホブゴブリンはやっと我に帰り現状を目の当たりにすると、「あれ? なにこれ??」といつの間にか死に絶えているゴブリンたちをみて呟いた。
そして、「これ俺がやった……」と言いかけた途端、背後に忍んでいたゴブリンCが首元に噛み付いた。
「ヴヴアアアアア!!」
叫びながらそれを振り払おうとするホブだったが、Cはそれを察知して首の肉を噛みちぎると、ホブから離れて逃げていった。
それに怒りCを追いかけようとするホブだったが、噛みちぎられた首から溢れる血が予想以上に多くやがて息絶えた。
「ヴ……………? ヴアアアアア!!」
戻ってきたゴブリンCはそれを確認すると、「うおっしゃあああ!!」と雄叫びをあげてホブの上で喜んだ。
そして、「この群れのボスは俺だ! この雑魚どもが! 俺が全てを支配してやる!!」とあまりの嬉しさにひたすら叫び続けるが途中で、「あ、でも待てよ………もう他にゴブリンがいねえから、群れは無くなったのか?」ということに気がついた。
そしてその直後、ゴブリンの洞窟には一本の剣が落ちてきて、それから放たれた爆発で何もかもが消えてなくなった。
ゴブリン語に意味はありませんのでご注意を。




