色付き
「朧の奴、やはり良い動きをするな」
観覧席で見ていたヤマトが、思わず呟いた。彼女が体術寄りの魔法使いということは知ってはいたが、これまで気にも留めていなかった。しかし今日、ヒノワに昨日の修行の話を聞き興味が沸いた。彼がこの場にいるのも、何かしら得るものがあるだろうと見込んでのことだった。
「二人とも、何を話してるのかなぁ……」
動きが止まり膠着している二人。睨み合う彼らは何かを話しているようだったが、ヤマト達の位置からでは少し距離があり聞こえない。身振りから察するにアタルが何かを問い詰め、それにツキヒが答えているようであった。
「どうして!!」
アタルが会場全体に響き渡るほどの大声を張り上げた。その瞬間、熱に浮かされた生徒たちが一挙に鎮まる。
「どうして、あいつなんだ! 三年間俺とやっていたじゃないか!」
頭に血が上っているのか、アタルは周りが静かに意識を向けていることに気が付いていないようだ。そんな彼に対して、ツキヒは冷静に答える。叫んでいたアタルと違って、彼女の声は鎮まった会場でも聞き取れない。
だが、彼女の答えを聞いたアタルは完全に冷静さを失っていた。
「俺はお前を、お前らを、許さない!!!」
アタルが叫んだ途端、会場に文字通り衝撃が走った。壁が震え、床が震え、空気が音が光が、全てが衝撃に震えた。まるで何者かに心臓を鷲掴みされるかの如く悍ましい感覚に、アタルを除く会場にいる全ての者が畏れに身を震わせる。
「なに、これぇ……」
得も言われぬ感覚にヒメが根を上げそうになる。傍らのヤマトも、彼女の手を握るだけで精一杯だった。
そして目の前に起きた光景に、誰もが言葉を失った。
天井を突き抜けて差し込む、桃色の一条の光。その光がアタルを照らす。アタルは戸惑いつつもその光を受け入れ、そして笑った。
衝撃と光、そのどちらも会場から姿を消し、それでもまだ声を発する者はいない。まるで息を呑む音さえ聞こえてきそうな静寂を、アタルが破った。
「来たれ木精、集えよ水精、土の精。契約に従い、その恵みで以て我が敵を捕らえろ。『蛇の蔓』」
呟くように先ほどと同じ呪文を詠唱する。魔力の反応があるまで魔法だと気が付かなかった。
(呪文……魔法!)
呆気に取られ反応が遅れたツキヒだが、縮地で一気に距離を取る。寸でのところで避けることができたが、その魔法が先ほどとはまるで違うことに驚きを隠せなかった。
蛇のようにうねる草の蔓。それが『蛇の蔓』だが、今やそれは桃色の樹木に姿を変え、床を削りながら蠢いている。同じ魔法であるはずだが、明らかに強力になっていた。
「凄い、魔力が溢れてくるようだ……まるで負ける気がしない」
ツキヒに向けて手のひらを掲げる。それに呼応するかのように、桃色の樹木はツキヒに向かった伸びていった。
「……っく!」
形勢が逆転し、今度はツキヒが避けることに精一杯になる。先ほどとは打って変わり、樹木の動きも早く数も多い。床を壁を削る樹木からして、障壁越しでもかなりの衝撃を受けることは分かる。ひたすらに避け、迫る樹木は切り裂くがまるでキリがない。
辛うじて捌いていたツキヒだったが、彼女の足元から生えた樹木に対して反応が遅れ、右足を絡め取られる。
「しまった!」
身動きが取れなくなった彼女に、幾本もの樹木が迫り、縛り上げた。
「ぐっ……がぁっ!」
四肢を縛られ完全に縛られた。その様子に、会場中に戦慄が走る。
『蛇の蔓』は元々捕縛用の初級魔法である。動きも遅いため、本来は身動きの取れなくなった者を縛る補助魔法であり、『蛇の蔓』単体で使うことは滅多に無い。だがアタルの使う『蛇の蔓』は、補助魔法の枠を超え攻撃魔法とすら呼べる代物へと昇華している。初級魔法でこれならば、上級魔法となればどうなるか。想像しただけで恐れ戦くのも無理はない。
会場の反応は様々である。物珍しそうに観察する者、恐怖に咽び泣く者、我こそと意志を固める者。
「ツキヒ……」
そのどれでもないヒノワは、ただツキヒの身を案じていた。彼が見守る中、縛られているツキヒにアタルが歩み寄る。
「降参してくれると嬉しいんだけど」
「……降参なんてしない」
四肢を縛る圧力に表情を歪ませながらも、その瞳は一点、アタルを睨む。
「できれば傷つけたくないんだけど……仕方ないか」
アタルが杖を振るう。それに応じて、桃色の樹木が獲物を狙う蛇のように鎌首を上げた。
『色付き……』
誰かが口を開いた。既に会場にいる全ての者が気付いている。彼の魔力に色が付いたのだと。それは凡才であると本人でさえ思われていた彼が、魔法使いとして次のステージに立ったことを意味する。
色付きの魔法使いは個体数が非常に少ない。火那魔法学園内にも、教師陣で十数名、生徒では片手で数えるに足りる。その為色付きの戦いを目にする機会は少なく、会場内には初めて見る者も多いだろう。しかし彼の『蛇の蔓』だけ見ても、その強大さが分かる。一人前の魔法使いと言われるのも納得いくというものだ。
そしてその『一人前の魔法使い』が今、一人誕生した。




