仕方がない。
*食人表現あり
肉の焼ける匂いがする。
誰もその匂いのもとへは近づかない。
やれやれまたか、と肩をすくめるだけだ。
匂いの元の火の傍には一人の男がいるだけだ。
男に近づき「何を作っているんだ? 俺にもわけてくれ」と、じゅうじゅうと焼ける肉の匂いにつられてくる者は、決まって男のことを知らない新参者だ。
知っていて近づく者はいなかった。皆そこまで狂えない。
肉は調味料を加えるといい匂いを辺りに振りまく。それに耐えられず何人かが風上へと逃げる。
「あそこにいるやつは、何だって一人で肉を焼いているんだい?」
誰かが誰かに聞いく。
「ああ、そりゃあね。ここにはまだ食いもんがあるのに、あんなもん一緒くたにされたくないからさ。」
遠巻きに、肉を焼く男を見ながら誰かがそう答えた。
「なんの肉なんだい?」
「敵兵さ。」
うまそうな匂いだと思っていた男は軽く顔をゆがめた。
「そんな顔をしてやるな。あいつは嫁さんを殺されたんだ。山小屋で発見された時は惨い有様だったらしい。」
「なるほど。それでか。」
「ああ、仕方がないんだよ。」
そうだな、仕方がない。と、誰かが同意する。
「南方にいる部隊は毎日食ってるらしいぞ。毎食豪勢だと言っていた。」
「本当かい?」
「いやいや、嘘だね。食っているのは俺達でなくあいつらさ。」
穴の中に掘り投げられていく死体を顎で指しながら言う。
「仲間を殺して食って生き延びてるんだとよ。」
「ほう。そいつはまた何とも言えない意地汚いことだな。」
死体でうまっていく穴に嫌悪の眼差しを向ける。
「人間のやる事だとは思えないね。」
「まったくだ。ん? おいお前。」
赤紫色の模様がたくさんあるモノを抱えている男に気が付き声をかける。
「はい。なんでしょうか。」
赤紫色の模様のモノには手足が生えていた。
「それ、もう使えんのか。」
「はい。新しいのが来たので処分しておきます。」
手足が生えたモノが呻いた。うるさいと、乳房を握りつぶしてやると余計にうるさく呻いたので、男は穴へと足を速めた。
「おう。ごくろうさん。」
不用になった品の後始末に向かう部下をねぎらい、煙草に火をつけた。
吐き出された紫煙を見て「そろそろいっぱいだな。」と、気だるげに立ち上がる。立ち上がると力尽きた椅子が地面につっぷした。
穴へと近づき、声を張り上げ号令をかける。
「埋葬が済み次第移動する。」
返事がかえり、各々持ち場に着く。
土を被せられるたび蠢く死体に感情の無い目を向ける。
仕方がない。感情を思い出してしまえば気が狂う。
だからこれは仕方がないんだ。




