花畑
ざくざくと乾いた草と土を踏む。
雨が恋しくなるほど空気が乾いている。
今日は随分と寒い。
先頭を歩く仲間が立ち止まり、茂みに体ごと視線を向けた。
「なんだ? なにかあったのか?」
「さっさと引き上げよう。腹が減ったんだ。」
立ち止まらざるを得なくなった後続が好きかって言う。
皆、歩き疲れているのだ。一度止まってしまうと、再び動き出すには相当の気力がいる。
先頭の男が言う。
「誰かが通ったあとだ。茂みに一人分の道ができてる。」
「なんだって? ああ、かき分けられているな。」
皆、息をのむ。
奥に、なにかいるのかもしれない。
ごくりと、誰かが飲んだ唾の音が嫌に耳についた。
「銃を、構えろ。」
先頭の男が命令し、ついて来いと先を行く。
慎重に足を進め、見つけた物に肩の力を抜いた。
見つけた物は、死んで無害となった敵兵一人だった。
「足をやられて死んだみたいですね。一番痛んでる。」
「ばか、よく見ろ。頭に一発喰らってる。」
どっちにしたっていい気味だと、唾を吐き捨てる。
先頭の男が骨が見え始めている敵兵に近づくき、銃の先で衣服を探った。
「煙草の一本ありゃしねえ。あん? なんだこりゃ。」
上着の隠しから覗いたものを、指先で摘まんで引き抜いた。
物を確かめて、下品な口笛を吹く。
見てみろと、仲間にそれを掲げてみせる。それは一枚の写真だった。
「捕虜にしたいくらいの女だな。」
「蛆の国の女だぞ。趣味が悪いな。」
仲間から呆れた声が上がる。
違いないとけらけら笑い、摘まんでいた写真を捨てた。
地面に落ちた写真を兵の一人が拾い上げ、死んでいる男の服の隙間に差し込んだ。
「蛆相手にお優しいこったな。」
仲間からからかいの笑いがおこる。
写真を返した兵はそれには答えず「道を急ごう。」とだけ言い、来た道へと戻った。
他の仲間も「ああ、早くいこう。腹が減った。」と後に続いた。
兵は目にした写真のことを考えた。
鮮やかな緑と大輪の山吹色の花の中、白い日傘を差し、微笑みを浮かべていた女。
あれはあの男の妻なのか、恋人なのか……。
「…………」
故郷にいる恋人に、ただ無性に会いたくなった。