新入生
「ここって。」
表札で分かった。
「おい、勝手に入っていいのかよ?」
「家主だから問題ないでしょ」
たしかにそうだが、
立ち入り禁止って書いてあるんだけど。
「お邪魔します。
…散らかってるな」
「まあね、そのままで出て来たから。」
「ここで誰か殺したのか?」
至る所に血痕がついている。
「人聞きの悪い。
ちゃんと食べたよ。
おいしかった。」
「え、」
「ここは私の実家だよ?」
「いや、そう言う事じゃなくて」
「いまさら取り繕っても、いまさらでしょ。
きっと今までだって食べてきたんだろうし。
食べさせられてきたんだろうね。」
それにしたって。
「それにしたって「だから、いまさら。
愛しい人達を食べ尽くしたのに。」
これ以上は何も言えなかった。
言えば言うだけ自分にも重なるから。
私達は、
あの町は、
そうやって先生から全部聞いたはずなのに、
夢であって欲しいような現実も全て目にしてきたのに、
未だに受け入れきれていなかった。
「あ、あったあった。」
ほら、 と綺音に差し出された缶詰。
「非常用のは漁られてなかったからラッキー。
まだ食べれるはず。」
ラベルも何もない缶詰。
賞味期限などが問題なのではない、
既に匂う人の肉。
いまさら、取り繕うのもやめて、
ここで逃したら次はいつか?
背に腹は、
それでも言い訳だけを並べて、
私はバケモノなのだと。
食べた。
美味しかった。
「美味しかった?まだ食べる?」
何事もないかのような綺音。
言われなければ気にもしなかっただろうが。
「……」
「要らないなら…、
そこの君、食べる?」
明らかに自分じゃない第三者への言葉。
驚いて振り返ると、綺音の視線の先から少年が現れた。
「いつから気付いてたんですか?」
「食べるの?食べないの?」
「…貰えるなら、頂きます。」
「素直なのはいい事だよ。
誰かさんと違って。」
嫌味な視線で私を一瞥して、少年に缶詰を
手渡す瞬間に取り上げた。
「でも、だからってタダじゃあげられない。
ただでさえ貴重だからね。」
したり顔の綺音に、
少年は一瞬、明らかにムッとした様な表情になったがすぐに平静を装った。
「条件は?」
「君は敵?味方?」
「味方ではないですよ。
でも、敵でもない。
言わば同類ですよ。
あなた達と同じ、僕も生き残りです。」
「ふーん、じゃああげてもいいよ。」
はい、と今度はすんなり渡した。
「もう一ついい?」
「何ですか?」
貰った缶詰を物色する少年。
「何で敬語なの?」
「知らない相手だし、
単に年下だからですよ。」
「へぇー、なるほど。」
はい、ともう一つ缶詰を渡す綺音。
貴重じゃなかったのかよ、
という私を見透かした様な顔の綺音。
「誰かさんと違って、素直な子にはもう一つあげよう。」
「ありがとうございます。」
「じゃあもう一つ、君の名前は?
なんて呼べばいい?」
「吉田 雄大です。
好きに呼んでくれていいですよ。」
「じゃあユウくんだね。
はい。」
「…まあ好きに呼ぶんでもらっていいですけど、」
言いたい事はわかる。
急に馴れ馴れしいな。
「こんなに貰っていいんですか?
貴重なんですよね?」
「いいよいいよ。育ち盛りだからね。
それに、食べれるうちに食べておかないと、
次はいつありつけるか、分からないからね。」
最後の言葉はきっと私に向けられたものだろう。
「…。」
それに返事が出来るほど、まだ私の中で言い訳は終わっていなかった。