十五綴目 『鼠一匹』
二六八六年春に密かに落成した神崎の極秘研究所。神崎の持てる技術の集大成とも云うべきシステムが組み込まれている。限られた人しか入館出来ない。もし部外者が入り込んでも、神崎にすぐ伝達されると同時に、排除される仕組みだ。抑もこの場所を見つけるコト自体、困難である。
その凄さ、改めて説明しよう。
この研究所、アクセスするには例の別荘の地下室が唯一の出入り口だ。且つ、別荘側、地下道側、研究所側全てにセキュリティーが施され、IDカードと静脈認証をパスする必要がある。しかもこのIDカードには指紋情報が格納されており、カード自体が指紋認証機となっていて、本人以外が触れても『紙くず』にしかならない。本人の指紋で触れることによって、初めてIDカードとして機能する。
研究所は森林を一旦切り開いて建設したあと、埋め戻している。五メートルを越える木々には全て番号が振られ、位置情報がプロットされ、埋め戻したあと『ほぼ同じ位置』に植え戻された。つまり、外観を確認するコトは困難だ。衛星やドローンで撮影しても、『森林』しか写らない。
土を埋め戻したとは云え、巧いこと採光してあるので、研究所の廊下は自然光で満たされている。実際歩くと不思議な感覚になる。
且つ、神崎はプロジェクションマッピングの独自技術を持っており、山を切り開いている時、上から、もしくは近くから見ても、元の『森林』にしか見えないように『偽装』した。
さらに、地下道と連絡する各扉も、プロジェクションマッピングで煉瓦の壁にしか見えない。
ゴミに関しては、研究所のゴミ箱に投入したモノは全て別荘の方に気流移送される。別荘側でゴミを業者に引き渡している。
もう一つ、ココは個人の研究所で営利を生まないので、職員は雇用していない。掃除も神崎夫妻の仕事だ。そのうちロボットを導入するとか、そんな話はチラッと聞いている。神崎家のお手伝いやガードマンも、特別な許可が無い限り立ち入るコトは許されない。と云うか、許可が下りたコトは一度も無い。
以上、コレだけの徹底したセキュリティー対策が施されていて、当に鼠一匹入り込むことは出来ない。
のハズなんだが、ハズなんです。ハズだったんですがねぇ…
◇ ◇ ◇
二六九〇年八月、別荘で「キャンプをしたい」と云う陽子の提案に応えるカタチで例の別荘を訪れた青山と大崎。ピーカンでキャンプ日和の空の下を、青山のクルマが走り抜ける。助手席で大崎が嬉しそうに乗っている。
ちなみに、横水と今野にも声を掛けたが、横水は地元の夏祭りのスポンサーとして、そして今野はその夏祭りの設営部隊として駆り出されている為、今回は不参加だ。
然しながら、毎度陽子はキャンプと云ってるが、実際はただのバーベキューだ。テントを立てたり火をおこしたり、そのようなキャンプならではの作業を端折ってる。今野がいたらさぞガッカリするだろう。
そして、腹も膨れた頃に陽子は大崎と温泉に浸かっている。当然のように、大崎は十一歳の少女に『返って』しまうのだが、ココで千里眼が発動する。
「土の中の廊下に誰かいる。」
研究所との連絡路に蠢く影がある、とのコトで、陽子は浴室内に設置のインターフォンから神崎に連絡した。陽子一人ならサッと上がってすぐに神崎の元に駆けつけるのだが、如何せん十一歳の少女が一緒なので、元に戻すまでは面倒を見てあげないといけない。陽子と大崎が別荘の応接間にいる神崎・青山と合流するまでに少し時間を要した。
…………
「大変失礼致しました。私の所為で遅…」
と謝罪しようとする途中で神崎が口を挟む。
「気にしなくていい。大崎君のお陰でこの娘を発見出来たんだから、寧ろ大手柄だ。自信持ちたまえ!」
自省する大崎を神崎が褒め称える。照れくさそうに大崎が小さく頷く。
さて、小さな丸テーブルを中央に置き、神崎、青山と、この鼠が一匹…もとい、小娘が一人、円陣を組む様に座っている。特に抵抗する気もなさそうなので、拘束はしていない。女性陣と合流するまでの間は何も云わず、ただ腰掛けていた。途中、一人でブツブツ云ってたが、あとは静かなもんだ。と云うか、テーブルの上のバームロールの虜になっているのか、もの凄く凝視している。今にもヨダレを垂らしそうだ。
「お茶が入りました。どうぞ、お召し上がり下さい。」
大崎がお茶を用意し、青山の隣の椅子に腰をかける。
青山はこの小娘のいた場所で『場念』をスキャンしていて、名前と侵入方法くらいは掴んでいたが、この研究所所長の神崎を立てて、敢えて無言で座っている。
「私はこの建物を設計した神崎です。君の名前は?」
と、先ずは自己紹介をして小娘に名前を尋ねる。
小娘が恐縮しながら応える。
「…はい、岡絵里です。」
「あら~、いい名前ね。おかえり~って。」
ちょうどいいタイミングで応接室に入ってきた陽子が反応する。
「…ありがとうございます。覚えやすいって、よく云われます。」
ちょっと照れながら岡が応える。
神崎は早速尋問を開始…したいところだが、その前に、
「腹が減っているんだろ。遠慮しなくてもいい。食べ…」
と、食べるコトを促している途中で既に包みを破る音がする…
「いただきます!」
一応、挨拶は出来る娘らしい。が、その異様ながっつき方を見て、神崎が陽子に声を掛ける。
「コレはちゃんと飯を食わせた方が良さそうだ。陽子、お願い出来るかい?」
「ええ、分かったわ。」
「私もお手伝い致しますわ。」
と大崎も席を立とうとしたが、神崎に制止された。
「いや、大崎君はココに居てくれ。男二人だとこの場が持たん。」
と、確かにうら若き女子一人とオッサン二人ではお互いにキツい。大崎に入ってもらうコトによって、女子が二人となり、少しは場が和やかになるだろう。
数分後、あり合わせのモノで…と、おむすび二個とタップリの野菜がトッピングされたサッポロ一番味噌ラーメンと沢庵二切れを出した。
神崎夫妻の食の好みは極めて庶民的だ。大抵のセレブはシェフを雇って、毎回高級料理を食しているなどと云うのは低所得者特有の『妄想』だ。確かに大事な来賓やセレブ相手ならば高級料理を用意するだろう。然し乍ら、神崎夫妻は二人とも『叩き上げ』で今の地位を手に入れた。且つ、素材にこだわる。自然農法で育った米と野菜がメインだ。そして何よりも『自炊』している。単なる高級料理は胃もたれがする。
勿論、来賓があればキチンとシェフを雇って高級料理でおもてなしするのだが、岡の第一印象から、下手に高級料理を食わせるとそのまま死んでしまいそうなので、先ずは庶民的な食べ物にしよう、と、陽子がチョイスした。とは云え、インスタントラーメンだけだと身体に悪いので、自然農法の野菜をタップリ使って、陽子自ら調理した。
「さ、おあがり。」
陽子が促すと、岡は
「いただきます!」
と挨拶して食事にがっついた。
暫くして、岡が沢庵をポリポリ囓りながら、小さくなったおむすびを口に運び、完食した。そして合掌。
「ごちそうさまでした!美味しかったです!ありがとうございました!」
挨拶は出来る娘だ。神崎と青山は岡を侵入者として悪者扱いしているが、実はイイ奴かも知れない。と思いつつ、いやそうやって油断させようとしているのかも知れない、と、複雑な心境だ。
すると、岡の横から大崎が、
「どうぞ、お使い下さい。」
と、岡にハンカチを差し出した。髪先がビッチョビチョに濡れている。どうやらがっつき過ぎて、丼に髪の毛が入ったコトに気付かなかったらしい。
「ありがとうございます。すみません、ハンカチ洗って返します。」
と、髪の毛を拭いている。その様子を見ながら大崎は云う。
「それは差し上げますわ。」
岡が最高の笑顔を見せる。
「ホントですか!大切にします。ありがとうございます。一生洗いません!」
そう云うと、岡はラーメン汁でビッチョビチョに濡れたハンカチを、大事そうに折り畳んでポケットに入れようとしていたのを慌てて大崎が制止する。
「ちょ、ちょっとお待ちになって!汚れてるから、私が洗いますわ。」
…コレも敵を油断させる術か?それとも単に天然なのか?青山が頭を捻りつつ呟く。
◇ ◇ ◇
…さて、岡の腹具合が落ち着いたトコロで本題に入る。
「先ずは知りたい。岡さん、君はどうやってココに侵入出来たのか?」
と、一番気になるコトから聞いていく。神崎の自信作とも云うべきこのセキュリティーシステムが、いとも簡単に、しかもこんな小娘に破られてしまっている。青山も気になっている。と思いつつ、『場念』のスキャンである程度知っているが、一旦話に耳を傾ける。
「自分でIDを発行しました。」
とIDカードを神崎に見せた。
「へ?」
思わず変な声が出てしまう。岡が続ける。
「あちらのお屋敷の方の書斎みたいな部屋にあるPCを使いました。」
どうやら神崎のPCが漏洩元らしい。そこからメインサーバーへのアクセスや、IDの登録方法、IDカードの発注、静脈認証、指紋認証など、この研究所に入る為のセキュリティーを得る方法を知った。
「俄かには信じ難い。抑も、どうやって私のPCにログインした?」
セキュリティー情報を得たから入館出来た、の部分もこの小娘がどうやって理解したのかも分からないところだが、書斎のPC即ち神崎のPCへのアクセス、このID・パスワードをどうやって入手したのか聞いてみた。
「自分で云ってましたよ。」
神崎が自分で口走っていたと云う。「二人は顔見知りなの?」と、陽子の表情が強ばる。然し、神崎が岡と一度も会ったことが無いのは事実だ。
「私が云っただと?何時?何処で?」
何かを誤魔化そうとしているに違いない。何が何でも真相を暴いてやる。しかも陽子が誤解しそうなこの状況を打破すべく、神崎は岡に問いかけた。
「そちらの書斎みたいな部屋で。お酒呑んだあと、お風呂上がりでPCを開けて、IDとパスワードを声に出しながら入力してましたよね?」
「何ですって!この部屋に彼女を入れたの!」
と、益々陽子の表情が怖い!スゴい怒ってる。
「ま、まさか!」
と、即座に否定しながら、岡に畳みかける。
「私は君とは初対面だ。君をこの建物に入れたコトは一度たりとも無い。そんな君がどうやって私の声を聞いたと云うんだ!」
何だか自分で墓穴を掘っているような気もするが、兎に角この娘の戯言のせいで愛しの陽子ちゃんを怒らせている。何が何でも真相を吐かせてやる。いつになく思わず声を荒げてしまった。
確かに入力時に声を出す、の部分には心当たりがある。もうコレはお年寄り現象で、キーボードで文字を打つ際に、なんとなく声が出てしまう。とは云え、小さく呟く声だ。この部屋にいても聞こえるハズが無い。抑も、岡をこの部屋に入れたコトは無い。陽子に凄く誤解を与えているようだが、私は潔白だ!
などと思っていたら、岡が応える。
「ウチ、地獄耳なんです。」
どんな遠くでも壁越しでも小声でも、そこに『聞き耳』を立てるとハッキリ聞き取ることが出来るコトを説明した。
「なんと!」
神崎夫妻は驚いた。青山はココまでの内容は既に知っていたので、落ち着いた態度だ。大崎には何も話してないが、青山の様子から察しているようだ。
「青山さんはどう思う?」
と神崎に話を振られたので、
「ひとまず、現段階で彼女の云うことに嘘はありません。」
と云って、『場念』のスキャンの結果を伝えた。
◇ ◇ ◇
青山・大崎が岡と一緒に建物から約六百メートル程離れた森の中に立っている。辛うじて建物の二階から上の部分を確認出来る。その二階の窓の向こうに神崎夫妻がとても小さく見える。
----ウチ、地獄耳なんです。どんな遠くでも壁越しでも小声でも、ハッキリ聞き取ることが出来るんです。----
岡のこの発言を実証すべく、神崎と青山の発案で、陽子の誤解を解く、と云う大義名分で岡を外に連れ出した。勿論、この実証は神崎と青山の好奇心を満たすのが目的である。と云うコトを陽子も大崎も知っているので、特に抵抗はしなかった。
侵入者を外に連れ出すコトは大変危険なコトで、本人が脱走するだけならまだしも、仲間もしくは見張りがいる場合は、「岡、捕らえられた。侵入失敗。」と言わんばかりに遠くから射殺、なんてコトも充分あり得る。なので、予め広範囲に『場念』をスキャンし、岡以外の念が無いコトを確認出来たので、岡の単独での犯行だと結論付けたからだ。
一方、陽子の誤解は既に解けている。神崎の様子をよく観察していて、嘘ではないコトはハッキリと認識出来ているようだ。どうやって『嘘じゃない』を認識したのか?それは陽子にしか分からない。先ほどは嫉妬するフリをしていた。そうやって神崎を手なずけている。神崎が今野のコトを「間違いなく、彼は嫁の尻に敷かれるタイプだな。」と云っていたが、ご自身もそのタイプであるとはつゆとも気付いていない辺りに親しみを感じる。
と云うコトで、早速『地獄耳』実証実験を開始。青山がスマフォで神崎に
「お願いします。」
と伝える。そして神崎から陽子に
「よろしく!」
と声を掛ける。
すると陽子はその色っぽい唇を動かし始めた。
「…………………………」
…何か喋っているらしい。読唇術すら使えない程の距離なので、喋っているのかどうかすら確認するのは難しい。身振り手振りは辛うじて確認出来る。青山は既にスマフォを切ってポケットに放り込んでいるので、音声による確認は不可能だ。そして両手には双眼鏡を掴んで目に当てて、
「相変わらず綺麗だなぁ~」
と、陽子の顔を…もとい様子を確認している。大崎が察して少しムスッとしている。大崎が十一歳ならば、千里眼で同じ景色を見ているだろうか。とか考えていたら、陽子は一通り喋り終えたようで、双眼鏡を手にしてこちらを覗き込む。
すると、岡が何やら怪しい動きを始めた。左腕、左腕、右腕、右腕、左腕、右腕、両腕、両腕の順に腕を振り上げたあと、ジャンプしてしゃがんだ。青山の双眼鏡の向こうでは、陽子が親指を立てて、『いぇ~い』サインをこちらに送りながら何か云っている。
岡が正確に聞き取る。
「戻ってきて、って云ってます。途中、キキョウを二、三本採ってきて、だそうです。ウチ、キキョウって知らないんですケドー…」
「それなら私が存じ上げておりますわ。」
「キキョウなんて得体の知れないモノを知ってるなんて、カッコヨすぎです!」
「え、知らない方が珍しいと思うが。ほら、あそこ。」
青山がそのスマートで青い綺麗な花を指差した。
「えー、大崎さんが教えてあげたんですよね?」
「違いますわ。私が青山さんに教えて頂いたんですよ。あの日、あの秘密の花園で。私の手をギュッと握りしめて、一本のキキョウを下さったんですわぁ。ああ~思い出しますわぁ~」
と、大崎が変な妄想モードに入り込んで『念』を新規作成し始めたので、
「待て待て、話盛りすぎ。あの時も陽子さんにキキョウの花が綺麗だから採ってきてと云われて、大崎さんは知らなかったから、こうやって切って渡しただけじゃないか。それだけだよ。」
青山は今切ったばかりの三本のキキョウを岡の手に飾る。
「ですよね?それだけですよね?」
何故か岡が潤んだ目で何度も確認する。
「て云うか、陽子さんが云ってたんだよね?寧ろそっちが凄いわ。」
と、青山が岡の能力に話を向けるが、
「ああ、思い出しましたわ。キキョウの花の綺麗さも、陽子さんの前では霞んでしまいますね、って仰ってましたわ。」
「それはまぁなんと云うか、社交辞令だよ。特に意味は無い。」
と、耳を赤くしながら青山が言い訳をする。すると、
「ウチ的にはこの地獄耳よりも絶対音感の方が大事なんですケドね。」
と吐いたが、青山には聞こえていないようだ。
「すごいわね!隣にいる主人にも聞こえないような、小っさな声で喋ってたんだけど、全部正解よ!」
と、陽子は岡の手に飾られたキキョウを受け取りながら驚いた。
「コレは新たな研究材料が増えたな。」
と神崎が呟く。恐らく岡にはハッキリ聞こえているかも知れないが、静かに興奮している。
兎に角、岡は『地獄耳』スキルの持ち主であるコトを証明した。
◇ ◇ ◇
岡はこの四人と打ち解けたようで、すっかり安心している。四人も岡が『侵入者』であるコトを忘れそうになっていた。ただ、実際はいい娘だけど、天然な部分がある、そんな認識を持った。
先ずは侵入の仕方が明らかになった。まさかの『地獄耳』で神崎の呟きが盗み聞きされていたとは思いもよらなかった。
そして神崎の書斎、この建物への入り方も、神崎が呟いていたそうで、さっきの誤解が解けたとて、どっちにしろ陽子に大目玉を食らうハメになった。仕事でセキュリティーに深く関わっておきながら、自身が漏洩元になっていたのでは話にならない。兎に角、無意識に呟くのは癖以外の何者でもないのだが、セキュリティーに関する重大な呟きに対しての策を早急に講じる必要がある。
そしてもう一つ、岡に訊くべきコトがある、と、四人ともそう考えていた。神崎が訊く。
「何故、侵入したのか?」
「兄さんを探しています。」
一同「ぽかーん」。質問と回答が咬み合っていない。
仕方が無いので、青山の『場念』情報を軸に話を訊いていった。
先ずは、極左暴力集団によってご両親が誤認殺害されたコト、親戚をたらい回しにされたコト、兄と二人で暮らしたコト、兄の彼女が極左暴力集団関連の反社に拉致され、助ける為に兄自身が反社組織に入ったコト、ここ数年の出来事だが、若い岡がとてつもなく長い人生を歩んできたように思えるほど、どの話も訊いているだけで疲労感が増す。
そして大好きな兄と連絡が取れなくなって、情報を集めたくて放浪し、悪いヤツ等に追いかけられていた所を、大崎に助けられたコト。
その話の流れで岡がサラッと、
「ウチを嫁にして下さい。」
大崎にコクる。
「「「「は?」」」」
一同、同じリアクション。岡は、
「何でもします!何でもしますからぁ!」
と食い下がるが、大崎から
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておきますわ。」
と云いつつ、
「今、私の考えているコトが分かりますか?」
と意地悪な質問を岡に投げかける。
「分かりません。」
シュン、となって岡が応える。
「つまり、静かにこちらの質問にだけ答えて頂きたい、と云うコトですよ。嫁ならそんな私の思いが通じて然るべきですわ。残念。」
ぐぅ~と唸ったところで仕方がない。
「了解です!分かるようになるよう、頑張ります。」
まぁ頑張られても困るのだが、一旦は沈静化して話を続ける。
その後、カッコイイお姉さん…つまり大崎を追ったらこの場所に来てしまった、と。
◇ ◇ ◇
「ウチは兄さんを探したいんです!」
そう云って、スマフォに兄の写真を表示した。
「ほぅ、なかなかのイケメンだな。」
「なんだか素直そうね。」
「細いけど、なんだか強そう。」
と、それぞれ思い思いの言葉を並べた。一方、無言で平静を保っているように見えた大崎は、写真を見た瞬間、ビクッとした。そして、こみ上げてくる感情を必死に堪えた。然し、思わず出た小さな呟きを岡に聞かれてしまった。そして、青山に申し出る。
「岡さんを、弊社で雇って頂けませんか?」
青山は驚いた。大抵のコト、事務所の全てのコトを一人でこなしてしまう大崎、相手を不幸に巻き込んでしまう懸念から常に独りで居たがる大崎が、まさか仲間を求めてるのか?
「それは無理だ。今のところ大崎さん一人で人手は充分足りている。且つ、雇用するだけの原資も無い。」
真っ当な理由を並べて青山がその申し出を断る。
「身寄りも無くこのような可哀想な娘を放っておけませんわ。それに、お兄様探しに吾々もお手伝い出来るなら、一石二鳥だと思いますわ。会長もそう思いますわよね?」
と神崎に話を振った。
「ああ、勿論そう思うよ。」
大きく肯定した。神崎は神崎で思惑があったので、岡を引き留めておきたかった。ホントは自分で岡に雇用を持ちかけようと思っていたのだが、下手に自分の配下に置いてしまうと陽子の誤解の種になりそうで、青山の事務所に雇用してもらおうかと思案していた。それが何故か大崎が切望しているみたいで、自分は何も手を下さずに、岡を引き留めることが出来て、表情には出さないが、内心では「大崎君、グッジョブ!」と親指を立てていた。
青山は困り果てた。大崎は何故か必死で喰らい付く。
「所長、私の一生に何度かのお願いです。私との子もなかなか拵えて下さらないと云うのに、加えてこのような可憐で可哀想な娘まで見殺しにされるんですか?私を救って下さった頃の所長は今どちらにいらっしゃいますか?」
このドサクサだと思ってトンデモナイコトを仰る。岡がポカンとしている。そりゃ、一生に何度かでも、大崎の願いなら叶えてあげたい。が、物理的な問題。青山が苦悩する。その様子を見かねて神崎が提案する。
「ではこうしよう。私はあの会社の会長職以外にも、いろんな会社を経営していてね。その中で派遣会社がある。まぁ規模は小さいけどね。」
と、自身が他で立ち上げている事業について話す。
「つまり、岡さんを私の派遣会社に登録して、青山さんの会社に派遣する、勿論、料金は格安に出来ます。小さい会社だからね。と言っても、岡さんは社員だから、別途固定給と時間外になればその手当も、通勤に時間が掛かるようならば交通費と別に通勤手当を支給します。実は私も岡さんを雇用したいと思っていたところで、全員がWin-Winになれると思いますが、この案でいかがでしょう?」
…神崎の懐の広さに青山は感服する。
然し、と青山は疑問を呈する。
「ご提案は嬉しいのですが、肝心な人がこの議論に入っていませんよ。」
と、少し表情を緩ませて云った。そして岡の方を向いて意思を問う。
「岡さんはどう思う?ウチの事務所で働きま…」
と、本人の希望を聞く途中で岡が話を遮って、
「ハイ!ハイ!ハイ!もう喜んで働きさせて頂かせて頂きます!」
と、興奮のあまり日本語がおかしくなっているがお構いなし。憧れの女性と毎日一緒に居られると思ってか、すごく喜んでいる。
その様子を見て、大崎はじめ全員が安堵の表情になった。
◇ ◇ ◇
岡の就職が決まったところで、青山が
「で、岡さんのお住まいはどちらですか?」
と住所を尋ねたが、
「先ほど云いましたが、放浪していたのでありません。」
と岡が応える。
あ、そうだった。どうしよう…青山が頭を抱えていたら、大崎が、
「暫くは私の部屋に住まわせます。」
と、すごい圧で提案してきたので、青山は二つ返事で了承した。
岡は、
「一つ屋根の下で一緒に暮らせる!」
と、ニヤニヤしている。
大丈夫か?と思いつつ、結果、神崎のお計らいにより大した負担もなく、また、岡の能力について科学的考察がし易くなるので、
「ま、いっか。」
と、流れに任せるコトにした。
ひとまず、大崎の身の安全、護衛をしつつ、岡と云う得体の知れない能力者を受け入れて、孤高な事務所がまた賑やかになりそうだ。
◇ ◇ ◇
神崎の例の別荘をあとにして、青山の事務所へと車を走らせる。とある交差点で信号停車中に、青山が思い出して岡に尋ねた。
「そう言えば、岡さんのお兄さん、名前は?」
岡が応える。
「岡悠隆です。」
助手席の大崎が「ピクッ」と反応する。
「あれ、名前が違う?でもあのお顔は…間違いないはず、ですわ…」
冷静な表情をしつつ、大崎が頭を抱えている。
「人違いなら、この娘を雇ってもらった意義が…」
しでかしたかなぁと考えつつ、ちょっと思い出した。
「ヤシャママから頂いた写真の少年と面影が似ているような…」




