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竜として異世界に転ず  作者: 暁悠
第4章
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第88話 現る-Ⅱ

 俺の中で火が爆ぜる。

 その火は勢いを増し、ただ暴れる事はなく、制御された緋(・)。服の下だが、肘から下、膝から下が紅緋色の竜鱗に覆われる。両側頭部から、同色から紫にグラデーションする竜角が。背中からは服を突き破って翼が生える。

 髪は長(・)い(・)ま(・)ま(・)紅緋色に代わり、瞳も黄金(きん)色(いろ)に変わって──。発現したるは緋炎の灼竜(ヴェルメイユドラゴン)。現状の最高戦力形態であり、最速の形態。

 今は、誰の目にも入っていない。大丈夫だ。バレた後の事なんて、今は考えるな。

 応えるんだ。アラベルは、救けを求めていただろう。あとは一歩を、踏み出すだけ。

 緋炎亢速機動《ヴァーミリオンブースト》、全開──



   ◆◆◆



 時間は戻り、アヴラージュが決意しきる、少し前。アラベルは、どうしようもない焦燥感と危機感、恐怖に満ち溢れていた。


(……っ、どうしよう……姉ちゃんも、間に合わなくない?)


 アラベル自身、その暴威の最も近くにいるのだ。わかっている。

 オリヴィエは上空にいた。幾ら魔術で飛行できるとはいえ、速度が足りないだろう。

 かといって、イヴ含む部隊員達ではこの攻撃に対処しようがない。

 加えて、A&P(エー・ピー)も大気霊子の吸収による充電速度よりも、霊子電力の使用速度の方が早い。今はどうにか生き延びれるが、じきにA&P(エー・ピー)が使えなくなれば、そこでもう、終わりだろう。


(……いやぁ、はは……詰んだなぁ……。マズっちゃったよなぁ……。アヴラージュに言われた通り、戦線離脱してれば──)


 そこまで考えて、アラベルはその雑念(かんがえ)を振り払う。考えたところで、全てはタラレバでしかない。それに。


(逃げる事が正しいなんて、そんなの有り得んし! ……アタシ、みんなを守れて死ねるかな……)


 半ば、諦めのような思考に切り替わってしまった。

 アラベル自身も、もう助からないと思っている。どんな奇跡が起きても、この状況は覆せない、と。

 普通に考えれば当たり前だ。相殺できない攻撃が勢いと量を増して、自分に向かっている。この状況で、対処できる人間はいない。

 その先に待っているのは、絶対の〝死〟だけだ。


(……けど、アタシは最後まで足掻くよ。せめて、みんなが逃げる時間を──)


 視界の端に、オリヴィエが映る。魔術で飛行し、向かってきているオリヴィエが。


(──だめだよ、姉ちゃん……アタシは助からないんだから……せめて他のみんなを、さぁ……)


 優しすぎるよ──と、少し涙ぐむアラベル。


「キャハハハッ! そんじゃあお前から死ねよ!!」


 現実は非情で、そこにクリュオテによる手が加わった。


「ちょっ、ヤバ──ッ」


 流石に、もう無理だ。

 どうしてか、アラベルの権能も上手く作用してくれない。このまま、じわじわとA&P(エー・ピー)の限界が迫っていくばかり。

 そこに更なる攻撃も加わるのだ。死ぬまでの最後の時間が、更に狭まる。


(……どうしよう……なんで、なんで急に……アタシを……。こ、これじゃ……みんなが逃げる時間さえ……)


 内心で激しく絶望するアラベル。

 それに、また別の感情も伝来していた。


(……嫌……)


 それは、一度振り払ったはずの感情。


(このまま……このまま、死にたくないよ……)


 それは、生への執着。生きたいという、遍く生命全てが持つ根源の衝動。


(……死にたくない……死にたくない、死にたくない……)


 そして、アラベルは言った。


「──っ、救けて!!!」


 ──そう、言ったのだ。


 アラベルの叫びとほぼ同時か。A&P(エー・ピー)と鉤爪の、エネルギー同士の衝突により弾けた力の欠片が、運悪くA&P(エー・ピー)の片方を掠める。

 本当に運が悪かった。たった、たったそれだけで、A&P(エー・ピー)の片方が機能を失い、均衡が崩れた。もう片方も、崩れたバランスにより弾き飛ばされる。


「あ……」


 これが、本当の詰み。


(い、嫌……誰か……姉ちゃん……イヴちゃん……アラン、アランでもいいから……だれか……誰か……!!!)


「──アヴラージュ……」


 そのまま、エネルギーはアラベルに衝突して、その命を吹き消す。──かに、思えた。


 恐怖により目を強く瞑るアラベル。しかし、一向に、痛みも衝撃も来ない。


「……?」


 瞼(まぶた)を少しだけ上げる。光はない。薄暗かった。


「ぇ……?」


 目の前にいたのは、見知らぬ少女。

 ──見知らぬわけではなかった。しかし、確証が持てない。何しろ、見た目は全く違う。

 紅緋色の長髪。白かったそれとは比べられない程に鮮烈で、『違う』色。

 黄金色の瞳。紅かったそれよりもキラキラと輝いていて、希望に満ちて、頼もしい光。

 その面影は、つい先ほど、小さく呼んだ存在。


「──待たせたな。ちゃんと聞こえたぞ、アラベル」



   ◆◆◆



 いやはや、自分らしくない無茶をした。

 え、何をしたのかって? 仕方ないな、説明してやろう。

 まず、俺は緋炎の灼竜(ヴェルメイユドラゴン)に変身。そのまま、マフラーのような排気管──仮称〝排熱制御管(ヒートエキゾースター)〟を両手首と両足首から出して、即座に『緋炎亢速機動《ヴァーミリオンブースト》』を発動。

 そこまでは良いだろう。問題はそのあとだ。今でも、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ後悔している。

 竜人態になったのもいい。そのあと、俺はアラベルの下まで一直線に高速移動。鉤爪のエネルギーがアラベルにぶつかるその前に、展開した竜翼を含む背面全体を、実に二十層の対衝撃結界(アンチショックバリア)で包む。クリュオテも手こずっていたので、止められると思ったのだ。

 ……もうわかっただろう? 俺はそのまま、俺自身とアラベルを翼で包んだんだ。

 結果、二十層の内なんと十八層が破られた。本当にギリギリだったように思う。


《本当、無茶したねぇ》


 だろ? 個人的にちょっと後悔してる。


「え、はァ? 誰だ、お前……?」


 おっと、攻撃の手はやんだようだ。もう、翼で防御しなくてもいいかな?

 そう判断したので、翼を除けて立ち上がる。


「……アヴ、ラージュ……?」


 ……ま、そりゃ混乱するか。


「話はあとにするぞ、アラベル」

「え……?」

「後は任せろ」


 そう言って、アラベルに向かってウインクを一つ。

 もう踏み出してしまったのだ。今更、戻る事なんて出来ない。

 シュトルツや……ルディア、お前には悪いが、最後まで付き合ってもらう事にした。俺はとことん、救けを求める人は無視できない性格(タチ)らしくてな。


《わかってるよ》


 そりゃよかった。


 ウインクをした直後だろうか。オリヴィエさんが、アラベルの隣に降り立って、座り込んだアラベルの背中を支える。


「……アヴラージュさん……?」


 こっちもこっちで不安そうだ。クリュオテって言うより、俺に対してかな。


「……隠しててごめんなさい。この騒動が終わったら、きっちり説明しますから」


 それで一旦は納得してくれたのか、アラベルを連れて戦線離脱して行った。

 戻ってくるような素振りが無いって事で、意外と信用されてるのかな? ……都合良すぎか。


「な、何なんだよお前! 誰なんだ!?」


 そっか、姿違うんだもんな。

 ──なら、名乗ってやらなければなるまい。


「俺の名はアヴラージュ。きっちり、自分の世界に帰ってもらうぞ」

「……はあ? その口ぶりだとテメェ、アタシを止められる気? ムリでしょ」

「やってみなきゃわからないだろ!」


 俺的にもちょっと不安だし、出来るとは言い切らないでおこうっと……。


 ──かくして、俺とクリュオテの真の戦いが始まろうとしていた。

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