第76話 燻る
「さてじゃあ、まずはそれぞれの現状報告を」
メイズがそう呼びかけると、一人の青年が答えた。
「ヘルギス君のとこは治安最高、最近は事件事故の発生率も一パーセントを下回ってるぜ」
自らを〝ヘルギス君〟と、自分の名前に〝君〟付けで呼ぶ青年。
青髪に銀の瞳と、どこか惹き込まれる見た目の青年──この世界に十二いる魔王のうち十一番目、第十一魔王ヘルギス・ロワイヨームである。
「俺様んとこも同じだな。治安も安定しているし、政に支障はないぜ」
次に発言したのは、ヘルギスに比べて小柄な男。
雪のように白い短髪と自身に満ち溢れた黄金の瞳を持つ、この世界の第五魔王。ユオン・ロワイヨームである。
ヘルギスはシュッド南方政府、ユオンはエスティア東方政府の州知事だ。
ちなみに、オリヴィエは第四魔王である。
「うんうん、二人とも特に異常はないようでよかった♪」
二人の報告を聞き、上機嫌になるメイズである。
そしてメイズは、オリヴィエの方を向いた。
「オリヴィエちゃんの方はどうかな?」
「……ワタクシの方は、少々の問題が」
ついにこの時が来てしまった──と、内心でボヤくオリヴィエである。
ノール北方政府の州知事として、会議での報告業務は当たり前の義務だ。オリヴィエとしては、それも理解している故、それが嫌なわけではない。
前回までは、アラベルが次々問題を起こす故の憂鬱だった。
しかし……。
(今回に関しては少し特殊……。何せ、アヴラージュさんが来てからというもの……)
アヴラージュがノールに来てまだ二日と少ししか経過していないが、様々な事が起き過ぎて長き時に感じてしまうオリヴィエである。
(悩むのは後、ですわね。まずは報告しなければ)
こんなところでも真面目なオリヴィエであった。
「まず、前例のない『連続転移災害』の発生ですわね」
「ああ、それはアンジちゃんから聞いたわ。……って、他の二人は知らないわよね……」
「おう」
「……知らないな。連続転移災害というと……推し量るに『同一人が連続で転移する』というもの……加えて言えば、二地点を行き来するもの、違うか?」
「合っています。流石ですわね、ユオン」
「ハッ。当たり前の事をさも言い当てたかのように言っただけだ。それより早く詳細を報告しろ」
「ええ」
それから、オリヴィエは三人に事のあらましを伝えた。
アヴラージュが、一旦はアラベルの面倒を見るためにノール北方執務館に居候する事になった事。それに、付き人であるシュトルツも同行した事。
偶然アラベルとアヴラージュがいたところで亜人発生の前兆である空間歪曲が起きた事、亜人発生の直前に例の『連続転移災害』が起こった事、その内二度目に巻き込まれたのは、アヴラージュとアラベルの丁度二人だけである事。
その後、アヴラージュとアラベルの二人が転移先に現れた亜人達に対処し、完全に殲滅した事。前例通り暴走したアラベルの一撃をアヴラージュが鎮め、被害を最小限に抑えた事。
そして、アラベルの受け答えに若干の違和感があった事。
改めて説明するうちに、情報量の多さに困ってしまうオリヴィエである。当たり前だ。ここ二日間と少しで、色々な事が起き過ぎているのだから。
もちろん、この報告を聞いた三人も、また……。
「……え?」
ヘルギスは、あまりの困惑に聞き返してしまっている。
「…………」
先ほどオリヴィエの発言から名推理を見せたユオンも、流石の情報量に口が開いたまま止まっている。
「……色々な事があったのね、本当に……」
辛うじて発言出来たのは、事の一部を知っていたメイズだけであった。
「同感ですわ」
オリヴィエもまた、心の内に留めておくつもりだった本音を漏らしてしまったのだった。
◇◇◇
「しかし……奇妙だな」
少し時間が経ち、やっと情報を整理出来たユオンがそう言った。
「と言いますと?」
「亜人が出現する直前に、その付近で転移災害が発生する事自体は珍しくもない。何なら、その転移災害で事前に警戒網を敷く事が出来る。それはいい事だ。しかし……奇妙なのは、民衆の中で二人、しかも今回の騒動のキーマンであるアラベルとアヴラージュとやらがピンポイントで、尚且つ連続で巻き込まれた事だ。違うか?」
「……そうですわね。ワタクシが感じた違和感とも違いありませんわ」
「だろうな。何者かにより人為的に起こされた転移災害と見て間違いない」
ユオンがそう言い終えたタイミングで、今度はヘルギスが復活した。
「……やっと整理出来た。ヘルギス君の脳はショート寸前だ……。兄さん姉さん達みたいに賢くないんだぞ、ヘルギス君はさ」
「わかっていますわ。だから、特に責めるつもりもないですし」
「おうおう。まぁそれは良いとして、ユオン兄さんの言う通りだなぁ、これは」
「ですわね。しかし……肝心の〝何者か〟がわかりませんわね」
一度この話題が出た以上、州知事四人の脳を以て考察されるだろう。
何があって起きたのか、そもそも何が引き金なのか? そこに個人の意思が介在するのか、その余地があるのか。
会議は、深まる。
◆◆◆
「これでこの武器の説明は一旦終わりね」
フォリルがそう言いつつリアンに視線を移すと、そこには。
「あ……あ……? ああ……」
ぽかんとして困惑するリアンの姿が。
見るからに、何も理解できていなそう──
「……つまり、そういう操作すりゃ形態の切り替えが出来んだな。威力と消費エネルギー量が違ぇから、使い分けると……」
──というわけでもなく、時間さえかければちゃんと理解出来る辺り、リアンの地頭の良さが窺える。
「なんだ、ちゃんとわかってるんじゃん。じゃあ、これ使って亜人と戦ってね。……あ、そうだ。これも渡しとこう」
そう言ってフォリルがリアンに手渡したのは、長方形の機械。
──と表現したが、コネクターである。
「連絡用のデバイス。これで君に色々連絡したりするから」
建前の理由がこれだ。
フォリルの目的は別。リアルタイムでの、生体情報モニタリング。
心拍や血圧、血中酸素濃度等のバイタルをリアルタイムで測定したい。そう考えて、このデバイスを渡したのだ。
「亜人が発生する時は、その場所と大まかな時刻をこれで送るよ。地図も一緒に送れる。便利でしょ?」
フォリルの親切を不審がっていたリアンだったが、この説明を聞くと顔色を変える。
全てが胡散臭いが、亜人発生の時刻と場所を知る事が出来るのは素晴らしかった。それがどうして出来るのか、原理等が気になったが、リアンにとってはもはやどうでもいい。
「おう、願ってもねぇ事だ。サンキュ」
明らかな喜色を浮かべながら、リアンはそのデバイスを受け取った。
これで説明もひと段落、ようやく休める──と、リアンがそう思ったのも束の間。
ピピピッ、ピピピッ。ビーッ、ビーッ。
と、サイレンのような音がデバイスから鳴る。
リアンはその瞬間に嫌な予感を感じた。それは半ば本能のようなものであったが、リアン本人はというと──
(こういう時の嫌な予感ってのは、大抵当たるモンなんだよなぁ~~……)
と、そう思っているのだ。
そして、その〝嫌な予感〟は、見事的中してしまう。
「あ~これ……そっか、もうか」
「……何、言ってんだ?」
「亜人発生、だよ。早速、君の体内に埋め込んだ亜人の力を試す時だね」
無茶言うなよ! ──と、リアンは内心でツッコんだ。
それもそのはずである。凄絶な痛みを伴った手術の末に埋め込まれた亜人細胞だが、未だに、どんな効果があるのか、埋め込まれたであろう亜人の力をどう使うのか、使えるのか、副作用等はあるのか……それらが、全くもって不明なのだから。
「試すったって……どうやって使うんだよ!?」
だからリアンは、そう叫んだ。
リアンとしても、至極真っ当な文句だろうと思っている。しかし、フォリルの反応は、そんなリアンの考えを一蹴するものだった。
「わかんない」
わかんない──と、言い放ったのだ。
「わかんない、から、君にそれを渡したんでしょ」
そう言ってフォリルは、リアンが手にしている強力な武器を指差した。
「さ、安心して行ってきなさ~い」
そして、呑気にもそう言ったのだ。
フォリルに物理的に背中を押され、戻るに戻れなくなってしまったリアン。
(確かに覚悟は決めたが……こんなノープランだとは……)
言われた通りに亜人発生予測地点に向かいつつ、リアンは内心でそうボヤくのだった。
◇◇◇
「ちょっと来んのが早すぎたか。思ったより時間かからなかったな」
リアンがやってきたのは、エリアN‐29。
エリア29にある、どこにでもあるような薄暗い路地裏である。
路地裏と言っても、かなり広い。そこから都心にあるビルも見えるので、かなり都会な方である。
ただ、郊外であるためにそこまで建造物類は発展していない。
「……ホントにここに出んのかねぇ」
フォリルの研究所があったエリア38から列車を使ってここに来たリアンが、そう呟く。
本人的にも、まだ胡散臭く思っている。中央政府の最先端科学ならまだしも、フォリルが作った機械なんかで本当に検知できるのか、出来るとしてそれは正確なのか──と。
フォリルが中央政府勤めだった事をリアンは知らないので、そう思うのも当たり前なのだが……その猜疑心も、次の瞬間には晴れる事になる。
「──?」
パキンッ──という、ガラスが割れるような奇妙な音がリアンの鼓膜を震わせた。
その震えは、極めて微細である。常人では気づくどころか、脳が音をキャッチする事すらないであろう、微細な音。
しかしリアンには聞こえた。リアン自身は知る由もないが、これは亜人の細胞を埋め込んだ事による身体機能の上昇に他ならない。
しかしこれは、フォリルにとってもほぼ想定外である。フォリル自身『こうなってくれたりしないかな』程度の妄想として思っていた事が、現実になっているのだ。
リアンは、リアンの体は、亜人の細胞に対して極めて相性が良かった。つい少し前まで縁も所縁もなかった──どころか、通常であれば肉体が激しい拒絶反応を起こすであろう人外の細胞を埋め込まれたというのに、拒絶するどころかすぐに適応、肉体が最適化されたのだ。
「……んだ、今の音……?」
リアンは思わず、音のした方を見た。
当たり前の行動だ。当たり前の行動、なのだが。
「──ッ!?」
その先に広がっていたのは異常な光景だった。
リアンの目の前が、ガラスのように割れ、極彩色の謎空間が覗いている。当然、そこはガラスではない。目の前の「空間」がガラスのように罅割れ、その先にある別の空間が覗いているのだ。
「おいおい……なんだよ、これ……?」
わかりきってはいるものの、そう呟いてしまうリアンである。
そしてその答えも、声ではなく現象として、その場に現れる事になる。
『…………』
程なくして、その場に奇形の化け物が現れる。
空間の罅割れの向こう、極彩色空間から、奇形であり人型・獣型入り乱れる一個小隊──亜人・亜獣が出現われた。
「……おいでなすった」
不敵に呟きつつ、内心で思案する。
(大体……三十……人? 匹? ……体? まぁいいか……数は大体三十。俺一人でやれるか……? 政府の奴らが来ないわけないが……俺が戦ってんの見られたくはないわな。こうなるんならフォリルも引きずって連れてくるんだった……。てか、まだ発生予測時間より全然早ぇぞ!? フォリルのヤツを信じた俺が馬鹿だったか……?)
せめてフォリルも巻き添えにするんだったと、そう考えたリアンである。同時に、疑惑も増える。しかし、時は既に遅い。「そうであれば」など、机上の空論に過ぎないのだ。
接敵し遭遇したならば戦う以外の選択肢などないのである。
「戦るしかねぇか……!」
ここは流石は覚悟の男リアン、すぐに思考を切り替え、戦闘態勢へ。
フォリルに持たされた試作武器を起動し、構える。
「先ずは雑魚狩りだ。覚悟しやがれよ──亜人共!!」




