第6話 弔い合戦、暁空の下で-前編
早速向かおうと、洞窟の外に出てきた。
あんな事があったというのに、外の様子は全く変わっていない。ほんのり、雨の匂いがするだけ。日は照っているし、鳥の鳴き声も聞こえる。
ただ──全てが始まった場所から一歩、一歩だけ出た所に、小さくも大きな血溜まりがあるだけ。
「そういえばトリステスさんは、どうしてここがわかったんだ?」
「昨夜、フィエットの名前を聞いたんです。生きていた……と聞いた時は、安堵しました。しかし、集落に滞在していた傭兵達が慌ただしく移動していまして……。不安に思ったのでつけてみると、これです。私が干渉する隙もなく、火が放たれましたから」
それで、すぐに現れなかったんだな。
トリステスさんの話によると、雨が降って火が消し止められるまで待っていたそうだ。確かに、よく見るとトリステスさんの服もずぶ濡れ。気がつくと雨は、洞窟の前を支配していた火と共に止んでいたらしい。
「わたくしも寝てしまって、その結果、こんなに遅くなってしまった。せっかくあの娘を、都に向かうようにと逃がしたのに……結局は、死んでしまった。無茶だとはわかっています。距離もあるし、食料もない。けど、それでも生きてほしいって……願って、私は……」
辛そうだ。
そりゃ、そうだろう。必死で逃がした娘の死に目に逢えないっていうのは……どう考えても、辛い事だ。
そう思うと、更にあの青年への憎悪と怒りが高まる。人のために、だとか、そういう事考える性格なわけじゃないんだが……やっぱり、理不尽に奪う奴は嫌いだ。
あの青年も、あのクズ野郎も。
◇◇◇
数十分ほど歩いて、小さな集落が見えてきた。
多くて十数軒程度の家屋がある。後は家畜小屋か、幾つか納屋がある程度。残りの土地は畑なんかに使われているようだ。
しかし……。
「……人、少なくないか?」
どうにもおかしい。
家屋が十数軒あるにしては、外にいる人が少ない。いや、少ないというか、いない。
「……おかしいですわね。こんなに日が照っている時間であれば、外で働く人も……」
やはりおかしいようだ。
しかしどうしてだろう?
そう思った時、また頭の中で声がした。
『考えられるのはあの青年だ、言っただろう? トリステスさんの話によれば、様子がおかしいのは一部の人間のみだったようだけれど……遅かったようだ。多分もう、全員があの青年の手中に落ちている』
それは、俺も思っていた事。
しかし……わからないのはその目的だ。ルディアがそれに触れていない辺り、ルディア自身もそこはわかっていないのだろうと思われる。
『近づいてきた。背後にいるね。それも、大勢。「いるんだろ? 出てこいよ」くらい言ってみたらどうだい?』
そんな強キャラ感出さなくてもいいと思うけど……面白そうだし、やってみるか。
「いるんだろ? 出てこいよ」
「え、え? 急に何を言い出すんです?」
まあ、そういう反応になるよね。俺もルディアがいなかったら知る由もなかったし、これが普通だな。
はてさて、背後に隠れているというあの青年は──?
「フ、フフッ、フフフッ、フハハハッ! よく気づきましたね。どうしてわかったんですかねぇ……?」
それ聞かれたら俺何も言えないんだよ……。
「言うと思うか?」
「いいや、聞かなくていいです。どうせ言ってくれないでしょう? それに……私の興味は、君じゃない」
そう言うと同時に、青年の視線が俺の隣のトリステスさんに移った。
「最初はどうなる事かと思った……家屋内に貴女がいないのを見つけた時は、もうどうすればいいのかと……。結局、集落の人間全てを捧げても足りなかった……。しかし、あの娘と共にあの方の大きな因子を持つ貴女を捧げたならば──」
一旦言葉を区切り、青年は大きく息を吸って──
「私の目的は達成される」
そう告げて、歪んだ笑顔を浮かべた。
やはりマジで危険そうな雰囲気である。
「ひっ……」
「大丈夫です。ボク達が、貴女には指一本触れさせない」
ルディアの奴め、粋な事を……。控えめに言って、結構かっこいい。
「おやおや、怖い怖い。かなりお強いであろう貴方が私をすぐにでも攻撃しないのは……その女性を憂いての事ですかね? その通り、貴方が動いた瞬間、私はトリステスさんを殺すでしょう」
コイツ……ヌケヌケと──
「どうやら貴方は、女性一人を見捨ててでも私を殺すという事は出来ないようだ。だったら貴方に、私を殺す事なんて出来ません」
「……なんだって?」
「っふふ……直にわかります」
青年がそう呟くと同時に、周囲から無数の足音がした。
すぐに、その実態を目にする事になってしまったのだ。
それは、百人以上は居ようかという人間達だった。目も虚ろで、足取りも遅い。自ら動いているというよりも、人形劇のように動かされていると言った方が近いだろうか。
なんとも不気味……。
「これは全て、私の操り人形。恐怖の人形劇とでも言いましょうか? あなた方は、とても優しい。故に、この人形達を無惨に殺してしまう事など不可能でしょう!?」
歪んだ笑顔を浮かべながら、青年はそう言うのだ。
胸糞悪すぎる。
「そんな……エルフィン……ハルファ……メアルドさん……」
何人か、トリステスさんの知人もいる様子。
──復讐とか、後ろ向きで悪い事。
でも、どうしてだろう。この青年、コイツになら──
──ああ、コイツはどこまでも、人を道具としか見ていないんだろうな──
「ちょ、アヴラージュ──」
ルディアの制止も振り切って、駆け出す。
「おやおや! 遂にトリステスさんを犠牲に──」
「するわけねーだろ、クソボケ野郎──ッ!!」
右頬に、拳を一発。
──コイツになら、何の気兼ねもなく復讐出来そうだ。
「グハッ…………」
「どーだゴミクズ野郎!」
かなりモロに入った筈だ。めちゃくちゃ痛いだろうし──
「きっ、きさ、貴様っ、貴様ァッ!! 我が主様にお作り頂いた玉体に傷を付けたなァ────ッ!?」
げ、激昂してる……。
「後先考えず行動しないでよ、まったく!」
怒られちゃったし……。
今度からはちゃんと気をつけるようにしなきゃ。
「かかれェ────ッ!! どうせ殺すんです、その女も含め、全て問題ない!!」
強硬手段に打って出たか、コイツ!
どうしよう、どう動けば──
「トリステスさんはボクが守るから、もうそこまで近づいたならアイツを殺って!」
「はいはい!」
ルディアからの指示を聞いてすぐに、あの青年のところに向かう。
ルディアの判断は適切だったのだろうか……。二人でトリステスさんを守った方がいい気がするが……それほど、実力に自信があるのだろうか?
いや、今は信じた方がいい。
「こっちに来るのですか? いいでしょう。この体に傷をつけたアナタは、私が直々にあの世へ葬り去ってあげましょう!!」
俺なんかが戦えるのかな、こんな怖い奴相手に……。
いや、やるしかない。いやって言ってばっかだが、そうなのだ。守りたいものがあって、コイツに報いを受けさせたくて、どうしようもなく怒っているから。
出来る出来ないじゃなく、やる。どこかで聞いた事あるような言葉だが、そういう考え方じゃなくちゃいけない状況なのだろう。
俺が行える攻撃といえば、殴る、蹴る、出るかわからないが『衝撃吐息』による衝撃波、頭突き……程度か。
対して相手は、あの不可解な黒い何か。あれは……物理法則とかに従っていないようだった。動きを読むのは不可能……というかそもそも、見えないかもしれない。
「死んでください!!」
とか思ってたら、いきなりあの黒いのが伸びてきた!
って、あれ? 見えるぞ? というか、動きを目で追える……?
「よっと!」
「なっ!?」
相手にとっても、避けられる事は想定外だったようだ。これはいい。
「オルァ!」
そう思ったので、容赦なく顔面に殴打。
勢いづいて、八連撃。
「グハッ!?」
「まだまだァ!!」
殴る。
蹴る。
頭突く。
投げる。
折る。
ねじる。
千切る。
夢中で攻撃を続けている。自分自身、転生した自分にこんな力があるとは驚きだ。転生前の、ただ男を押さえつける事しか出来なかった俺とは思えない。
「グッハァ……ッ!?」
「ハァッ、ハァッ……まだ、まだ」
これだけ動いたのに、俺はまだ体力が残っていた。
「想、定以上、だ……こんな、どうして……」
「目的はなんだ。〝我が主様〟ってなんだ、誰だ、どんな奴だ。攻撃をやめさせろ、洗脳みたいなんを解け」
あと、なんか……聞いとく事とか、言っとく事……あるっけ……?
「凄い……アヴ、戦えたんだね。正直期待してなかったけど、見直したよ!」
「本当に……もの凄い力ですわ……」
ルディアめ、ちと失礼じゃないかな……?
まぁ、今はいいか……。
「ま、まだ……」
「あ?」
「まだ……終わっていない。私の恐怖の人形劇はまだ……まだ終わっていない!! ふざけるな……ふざけるなよ……私は、必ずやあのお方を……そうすれば、喜んで……。それなのに、こんなぽっと出の小僧に……」
青年が、何やらブツブツと呟き始めている……。
ちょっと危ない雰囲気があるので、反射的に後退りしてしまった。
何だコイツ──と、そう思った瞬間、顔を上げた青年と目があった。
ゾッとするほど、虚ろな目だった。
なんというか、恐怖と後悔が混じり合っているような……?
──次の瞬間、青年の全身、至るところから黒いぐちょっとした物質が放たれた。
「なっ──」
「トリステスさん、下がって。ボクの間合いから離れないでね」
トリステスさんは大丈夫そうだ。ルディアがやられたら終わりだが、そうなると俺もトリステスさんも終わりなので、考えないようにした。
それよりも重要なのは、青年の目的……。そして、それが達成されてしまった時の事だろう。
そして……どうしてだ? あの黒い何かで、全く攻撃して来ない……?
『狙いはボク達じゃない!! 最初はボクも範囲攻撃に打って出たのかと思ったけれど……違った! 狙いは──』
──狙いは、洗脳した人々だ!!
ルディアが叫ぶ。
同時に、見た。確かに、黒い何かは目も虚ろな人形達へと向かっている。
俺はその状況を、許したくなかった。狙いはわからないが、何か……何かヤバイ事を考えているのでは──
そう思ったから、手を伸ばした。
「つ、掴めない……?」
本当に、触り心地までぐちょっとしている。不定形で、掴めない。
黒い何かは人形達を次々と蝕み、取り込んでいく。取り込まれた人々はどこに行くのか。消されたのか、それとも──最悪の場合は、あの青年の養分か何かに──?
「トリステスさんを逃がせ!!」
「は!? でもキミは──」
「俺は大丈夫! まだ死ぬ気はない!!」
全然大丈夫じゃないさ。
気を抜いたらサクッと殺されちゃいそうだ。
しかし……最悪は、敵の目的であるトリステスさんが奪われる事。
それを察したのか、ルディアは一瞬唇を噛み、トリステスさんを抱いて、竜のような翼を広げて飛んでいった。
「待って、あ──」
「アヴラージュ! 俺の名前! 絶対──……戻ります」
何だあの翼は──なんて、ツッコんでいる場合じゃないな。
ちゃんと生き残らなくっちゃ。
生き残って、どうにか、元の世界に戻る方法を──
「ケヒッ、ケヒヒヒヒッ……」
ケラケラと、青年が気味の悪い笑い声を上げている。
「もう、用済みの人形は不必要だ……。あのお方の役に立たないのなら、いらない」
「……頭でも打ったか?」
「まさか! あの女性には逃げられたらしいですね。しかし、あなたを捧げれば十分なはず!」
俺に狙いがシフトしたか……。
まあ、好都合っちゃ好都合。ただ、相手の思惑通りになってはいけない。
フィエットも奪われた〝何か〟を、俺も奪われないようにする。
注目するのは〝腹部への攻撃〟……か。どうしてあの時は取られなかったんだろうな? 不思議だが、考えている場合ではない。
「では、さようなら」
「まだこんにちはも言ってねーよ」




