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第5話 亡き少女の事

 間もなくして、七色に輝く糸が繭を作り出した。

 その中で、俺の肉体が成長と進化を開始する。

 進む成長の中で、俺の意識も眠りに落ちた──


   ◆◆◆


 視点は移り──例の集落。

 否、正しくは違う。集落に隣接する森の深奥にある、小さな祭壇のような場所。最奥に巨大な石柱がある、どこか不気味な雰囲気を醸し出す建造物。


「ああ……遂に、遂に念願叶う……。貴方様の復活をずっっっと心待ちにしていた……! 貴方様の復活を叶える時が来ました……! 受け取ってください……」


 そう言いながら、フェルシュはフィエットから取り出した丹田を石柱に捧げた。丹田は、光となって石柱に吸い込まれていく。


(ようやく、ようやくです……)


 大いなる期待を込めて、フェルシュは石柱を見つめた。

 ──が、何も起こらない。


「……どうして? どうしてですか? 一体、どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?」


 狂ったように繰り返すフェルシュだったが、すぐに正気を取り戻す。


「……もしかして足りないのですか? 足りないのですね? そうなのですね? ……わかりました。もっともっと、もっっっと用意して差し上げます!」


 そうしてフェルシュは、強硬手段に打って出る。


   ◇◇◇


 集落に戻ってきたフェルシュは、まずフィエットの母親がいる家屋に向かった。少なからず因子が混じっているので、他の人間に比べて足しになると思ったのだ。

 ──が。


「……いない?」


 母体は、いなかった。


「馬鹿な……どうして……」


 思いつくのは、先程の襲撃。

 フェルシュに報告に来ていた者はかなり恐怖しているようだったし、声も出ていた。聞こえていた……とも、思えた。


(付けられていた……?)


 フェルシュは、腸が煮えくり返る音を聞いた。


(小賢しい人間の癖して……私を出し抜こうとするとは……)


 母親にその意思はなく、単なるフェルシュの思い込みだったのだが、それでもフェルシュは怒った。


「いや……どうでもいい……。どうせ奪って殺すんだ、遅かれ早かれの違いだろう……」


 それからフェルシュは、集落に住む全ての人間に『恐怖』で細工を施し、自らの傀儡に改造した。自身の命令を絶対とする、恐怖の人形へと。


(どうせあの洞窟にでも向かっているのだろう……すぐに、殺して──)


 そこまで考えた時、フェルシュの耳にある音が入り込んできた。


 ポツリ、ポツリ。


 雨の雫が、地に落ちる音だ。


   ◆◆◆


 ──瞼の隙間から、眩い光が入り込んでくる。

 目が眩む程眩しいそれが、いつの間にか昇っていた朝日だと気づくのには、少しの時間がかかった。

 体がおかしい。腕や脚、胴や頭の感覚も、竜のものではない。どう考えても、人間のもの。


「あれ……?」


 声もしっかりと出る。あの「きゅい!」という鳴き声ではない。ちゃんと、人間の声。

 というか……ちょっと声が高い……? 体がおかしいぞ……? 腕は細くて、胸が少し浮き出ている。撫で肩で、手は小さくて繊細。そして……ない(・・)。一番重要なモノが、ない(・・)……。

 …………。

 女体じゃん。ナニコレ? 服もないし……。

 ……何が、起こってるんだ……?


「……あ、フィエット……」


 隣に、フィエットが寝ていた。

 可愛い寝顔だった。こんな外で寝ているのは何でだろう?


《………………》


 フィエットの体も濡れている。早く洞窟の中に戻って、拭いてあげないと。風邪でも引いてしまったらいけないしな。

 ……体が冷たい。

 そんなわけはない。

 冷たいのは、雨に濡れているからだ。ずっと、一晩中、雨の中に(さら)されていたからだ。そんな事は……絶対に……あり得ない。

 洞窟の中に戻ろうと、フィエットを抱きかかえた。

 軽い。

 異常なほどに、軽い。軽すぎる。

 柔肌の感触は何一つ変わっていないというのに、人肌にある温もりだけが、すっぽりと抜け落ちているようだった。

 ああ、少しでも。

 少しでも、目を開けてくれれば──


 ──悲しみを仕舞い込みながら一歩歩くと同時に、俺の白く長い髪が風に靡いた。


   ◇◇◇


 魔物の毛皮を使って、丁寧にフィエットの体を拭いていく。

 どれだけ触れようと、ピクリとも動いてはくれない。

 わかっていた。

 俺が眠る前、あの時点で、この子は死んでしまっている。


「…………」


 こんなに綺麗な顔をしているのに、もう生きてはいない。


「何とか言ってくれよ、ルディア──」


 たった独りで、そう呟いた。

 次の瞬間、光と共に、俺の横に一人の青年が現れた。

 昨夜俺達を襲撃したアイツとは違う、青年。


「……お前、誰だ」

「ボクだよ、ルディアだ」


 ルディア……?


「……俺に取り憑いてるんじゃ、なかったのかよ」

「キミの『進化』と同時に、その恩恵を受けてね。ボクも、十分に回復する事が出来た」


「……フィエットを助ける事は出来なかったのか?」

「出来なかった。そもそも、ボクが回復出来たのは彼女の命を賭した〝名付け〟のお陰だ。彼女がそうしなければ、ボクはこうしてここにいない」

「……それで良かったですね、めでたしめでたし……ってか?」

「いや、そうは思わない。彼女が死んでしまった事には、変わりない」


 ……不毛な会話だな。


「消えてくれ。それか、俺の中に戻って黙っててくれ」

「……ボクから、提案がある」


 ……提案?


「今のボクなら、キミ達を襲撃したアイツを、『魔力探知』という能力で探す事が出来る」

「……復讐って事か?」

「ああ」


 ……下らない。

 今更、そんな事をして何になるというのか。無意味この上ない。


「……そうやって、諦めるのかい? 少しはあの娘のために戦おうとも、思えないのかい?」

「そんな事して何になる? 理由も意義もないのに、出来るかよ」

「……勝手に不貞腐れていないで、ちゃんとボクや彼女を見ろ。キミは、大切な人を想って戦う事に……理由がいるのかい?」


 ……想って、戦う……。

 ──復習は何も生まないと、そう思っていた。後ろ向き(ネガティブ)で、ダメな事だと。

 そうじゃなかった。

 言わば、弔い。

 やらねば、ならない事。この世界では、そう(・・)なのだ。


「キミはもっと怒れ。悲しみを怒りに変えろ。怒りは、強い原動力だから」


 怒り──

 今まで、自分が怒りに身を任せて人を殺す事になる……なんて、思ってもいなかった。

 けど、どうしてか。そんな状況だというのに、俺は、俺の心は──


「……それじゃあ、やろう」


 ルディアに言われるがままに、無尽蔵の怒りを捻出している。沸々と湧く怒りは、あの青年を殺す事だけに向かおうとしているのだ。


   ◇◇◇


 あの青年の居場所を聞こうと、ルディアに話しかけようとした、その次の瞬間だった。


 コツン、コツン。


 こちらに向かってくる、足音が聞こえる。

 どうやら、洞窟の中に入って来ているようだった。


「……キミを襲撃した人じゃない。別の……」


 ルディアによると、あの青年ではない……らしい。

 では、誰だ?


「……誰ですか」


 足音が止まった。

 臆して帰るか、それとも……。


「………………やはり、誰かいるのですね」


 普通、こんな洞窟で声がしたら怖がって逃げると思うんだけどな。


「……誰、ですか」

「フィエット、という少女の母です」


 母親……!

 この娘の、母親! いたのか? そもそも、この娘の生まれも俺は知らない……。


「進んでください。話したい事がある」


 同時に、目線で『俺の中に戻れ』とルディアに伝えておいた。ルディアは何かを察し、やれやれというような仕草をして消えた。

 直後、一人の女性が俺の前に現れる。


「…………」


 動かない。

 その女性(ひと)の視線は、俺が抱いているフィエットの遺体に向けられていた。


「……フィエットは……」


 そう言われて、俺はもう一度、彼女の遺体に視線を移した。

 腹部から出る血はもう止まっていて、肌の色は青白くなっている。瞳は閉じられていて、これだけを切り取って見てみると、ただ寝ているようにも見えてしまう。

 寝ているだけなら、どれほど良かったか。


「……残念、ながら」

「…………そう、ですか」


 フィエットの母親の反応は、思っているのと違った。

 まるで、助からない事がわかっていたような……。


「……私はトリステス。先程も言いました通り、その娘の母親です」


 ………

 ……

 …


 それから、様々な話を聞いた。

 フィエットの生まれ故郷である、近くの集落の事。残った伝説と、その存在にフィエットの姿が酷似していた事。

 それからの仕打ち、謎の青年。

 それと──


「集落の人間も、最近は少し様子がおかしいのです。一部の者は目も虚ろで、本当に生きているのかどうかと疑うほど……」

「それは、少し興味深いね」

「えっ!?」


 我慢ならなくなってしまったのか、ルディアが俺の隣に現れた。もちろん、それを目にしたトリステスさんはかなり驚いている。


「この地にキケンな奴が封印されているっていうのは、その通りだ。ボクも、それが事実であるという話だけは知っている。けれど、彼女……フィエットと、教えられている姿形が似ている、だって? この地に封印されているとすれば、偶然としたら出来過ぎだよね」


 故意、だとでも言いたいのだろうか?

 人が生まれ持つ姿形なんて、どうにも出来ないだろうに。それは少し考え過ぎなのでは?


「その青年が、その存在の眷属っていう説はないのかい?」

「……どういう事ですか?」

「その存在に作り出された眷属ならば、その存在の微細な因子(カケラ)を誰かに埋め込む事も可能だ。それは世代を経て培養され、染み付き、やがてその存在の因子を持った、その存在に近い子が生まれるだろう?」


 異世界って、そういうのもありなのか……?

 何でもありな気がするが、この世界で生まれたルディアが言っているのだ。もしかすると、そういう事も可能なのかもしれない。


「そう考えると、ちょうどいいのかもしれないね」

「……ちょうどいい、とは?」


 すっかり馴染んでいるトリステスさんが質問していた。不思議な女性(ひと)だ。


「ボク達はさ、フィエットの仇討ちを企てているんだよね」

「それは……。勝てるのですか?」

「勝てるさ。あの青年がこの地の存在の関係者なら……その系統のスキルを使って集落の人達を傀儡化する事も可能だろう。目が虚ろで生気を感じない、というのは、そういう事じゃないかな? ただまぁ、目的は不明だけれどね」


 聞く限りじゃかなりヤバそうだ、あの青年。スキルだの何だの聞きたい事は山ほどあるが、今はそれどころではない。


「そうなると、時間が惜しいね。何か良からぬ事を企んでいるのは確かだし。トリステス……と言ったね。早速だが、その集落に案内してもらえるかな?」

「え、ええ、わかりましたわ」


 そうして、事は動き始めた。

──今思えばこの出来事も、俺が巻き込まれた運命の歯車……そのたった一つでしかなかったのかもしれない。

話の筋がかなり魔改造されています……(震え声)

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