裏ゲーム
「ルールは簡単、深夜の学校でどちらが多くの怪異を祓えるか、それだけです。」
教室棟にある利用者が少なくない筈の男子トイレでメリアはゆっくりと説明を続けている。
彼女はあらかじめ用意していたのか、懐から一枚の紙を取り出してこちらに差し出してきた。
「・・・なにこれ。」
受け取った紙の上にはよく漫画やアニメで見るような魔方陣が描かれている。
「よくある制約陣ですよ。お互いの名前を記入し、血を垂らせば相手はこちらの要求をのみ、裏切れないことを意味します。」
「・・・つまり契約書ってことか。」
・・・内容が確認できない契約書って絶対サインしちゃいけないよね。
でも人質が取られている以上拒否権はない。
俺は渡されたペンで名前を書く。
ーーズキッ
「いって?」
すると、ペンの側面から針が飛び出し勝手に指から血が垂れる。
・・・なにこれ?専用道具なの?んなもん作るな。
ジッとこちらを見てくるメリアの眼力に負けて俺は契約陣とやらに血判を押した。
そして同じようにメリアもサインと血判を押すと、紙は燃えて消える。
「では勝ったときの相手に飲ませる要求を決めましょう。私は貴方の処分、以上です。」
淡々と処分って言われるのは嫌な気分だけど、こちらも要求できるなら願ったりかなったりだ。
「俺からは今後追いかけてこないことだ。」
「・・・それだけですか?」
「あぁ、命を狙われてるのに要求は甘いかもしれないがお前の命とか別に要らないしな。」
俺がそう吐き捨てると、メリアは一度こちらの目を見たあと目を瞑り、息を吐く。
そして踵を返し、男子トイレを後にした。
「では今日の24時、またお会いしましょう。」
そう言って彼女が去ると、普通に男子トイレを利用する生徒がちょくちょく入ってくる。真ん中に立ち尽くす俺に変なものを見る目が向けられるのを避けるように俺もトイレを後にした。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
「・・・はぁ。」
俺は学校からの帰り道にあるファミレスで深いため息を吐く。
一度帰ろうかとも思ったが、どの道また学校来るのに帰るのは少し億劫だったのでファミレスで夕飯を食べることにしたのだ。
勿論連絡をしないと琴音さんがおおいに心配するので連絡は取ってある。
・・・というかそろそろ。
「あ、湊さん。お待たせしました。」
「お待たせ~。」
俺が座っている席に何時もの和服を着ている琴音さんと、ハナが座った。
本当は灰円も巻き込みたかったけど、今手が離せなくて動けないらしい。つかえな。
「いやー、それにしてもー、まさか夕食に誘われるとは思わなかったよ。でもごめんね、君タイプじゃないから先に謝っとく。」
「え、何でいきなり俺フラれたの? てかちげえよ、今日は帰れないし万が一があるから琴音さんの護衛を頼んだだけだわ。」
そう、俺は今日帰れないし必然的に家を空ける事になる。そうすると琴音さんが一人で留守番することになるのだが、いかんせん状況が状況だし不安だ。
日道連からまだ完全にマークが外れた訳でもないし、普通に怪異に襲われる可能性もある。それなら丁度琴音さんの事情がわかる同性の専門家がいるし、頼らせて貰おうかなって、、、。
そして当の琴音さんは、、、
「・・・!」
店内と豊富なメニューに目を輝かせていた。
確かにファミレスって和洋中色んな料理が食べれるし、店内も明るくてワクワクするよね。
「・・・琴音さん?」
「ーーはっ!す、すみません、はじめてくる場所でつい、、、。」
「まぁ別に大丈夫だよ。好きなもの食べていいよ、たまには和食以外食べてみたら?」
「は、はい。」
琴音さんは忙しそうにメニューをめくっている。
ハナがそれをほほえましく見ながらどういう料理なのか教えたりしていた。
「ちなみに私も奢りですか?」
「おう、ここは俺(灰円)が持つから好きなだけ食べてくれ。」
「やったー。」
なぜか口座に結構な臨時収入が入ってて今軽く金銭感覚狂ってるんだよね。まぁ、あぶく銭だし好きなだけ使おうそうしよう。
注文を終えて適当に雑談していると料理が届く。
ポテトにハンバーグ、それにパスタとオムライスというTHE、ファミレス飯を3人で食べて、のんびりしていると、約束の24時が近づいていきた。
もう時間だと2人に伝えて店のそとにでる。
「・・・湊さん。」
既にこれから何をするのか、事情を知っている琴音さんは心配そうに顔を曇らせていた。
大丈夫、心配するな、そんな簡単な言葉は頭に浮かぶが不安に染まっているのは自分も同じ。そのどれもが言葉として口に出せない。
すると、琴音さんは一度こちらに近づこうとして立ち止まり優しく微笑んだ。
「・・・夜食を用意して帰りを待っていますね。」
その彼女の言葉に俺は目を見開く。
優しく、暖かな彼女の言葉に俺の不安も揺らいだ。
「あぁ、楽しみにしてるよ。」
そう言って振り返り、学校に向けて歩を進めようとしたが、襟を捕まれて転びそうになる。
「ごっほ!? 何すんだよ!」
「いや別にー? いちゃつくのはいいですけど一応私からも忠告させて貰いますよー。」
ハナは眠たげに目を細めて指を上げる。
「知っての通り、あの学校にはやけに力の強い怪異が集まってます。そこをゲーム会場にするなら厄介な奴を引き寄せる可能性も考慮してくださいね?」
「・・・それって俺にはどうしようもなくない?」
「灰円さんには連絡してありますから万が一になったら逃げに徹するよーに。」
ハナはそう締め括って琴音さんと並んでこちらに手を振る。何だかんだ世話焼きだよなアイツ。
俺はようやく気を引き締め、闇に向かって歩きだしたのだった。
ーーー
「・・・へぇ、ちゃんと来たのね。」
「来るしかないだろ。」
裏門から明方に入るとメリアが足を組んで座っていた。
昼間の制服ではなく会ったときと同じ、シスター服にセーラーを合わせたような格好に戻っている。
あれが彼女の戦闘着なのか?
「・・・貴方の装備はそれだけ?」
「まぁな、平凡な祓い屋としては充分だろ。」
そう、俺は何時もの制服にヨルの刀を腰に佩いたシンプルな格好をしている。
まだこいつには俺が半人半鬼だという確信がない。
それなのに堂々と鬼であるヨルを連れ添って霧の力を使えば相手に俺を殺すための材料を与えてしまうだけだ。
・・・だからこそ俺はこの壊れない刀一本で怪異を祓わないといけない。
特殊な刀として少し位の力の付与だったらよくあることだとハナに言って貰えたのでバレない程度だったら問題ないだろうけどね。
「ふーん、何時までその強がりが持つでしょうね。」
メリアはゆっくり立ち上がって腰に付けたポーチから一つの小瓶を取り出す。中には赤い液体が黒く揺れていた。
「・・・なんだそれ? きもちわりぃ。」
「へぇ、よくこの暗がりで中が見えるね?」
揚げ足取り早めてくれないかなぁ!?
仕方ないでしょ勝手に補正が入ってるんだから!望んでないよ!!
「いい月明かりだからな。」
「・・・中の液体は【膿母】の血よ。まさしく最悪の怪異と呼んでよかった存在。この血は怪異を引き寄せる性質がとても濃い、それによって一つの町が怪異に毒され、『悪霊の産み場』とまで呼ばれてしまった。」
「・・・・・待てよ、それをどうする気だ? まさかここで開けるなんて言わないよな?」
だんだんとメリアが何をしようか想像できてきた俺はメリアを見る目を鋭くする。
彼女はその視線を受けて楽しそうに笑った。
「・・・正気じゃない。倒しきれなかったらどうする? 共倒れになる可能性だってあるんだぞ。何でここまでするんだ。」
「質問が多いですね。理由なんてたった一つ、怪異を全て祓う、それだけ。」
そう言ってこちらを見る彼女の目は鋭く、瞳の奥から怨嗟の色を感じさせた。
「例え貴方が半端者であったとしても、怪異を宿してるなら殺す。怪異なんてこの世の負債、いらない。いるだけで生きてる人達を恐怖させ、殺し、嗤う。そんな存在、許せるわけない。」
恐らく彼女は過去に何かしらの出来事があったのだろう。
今、彼女は拳を握りしめて血を流し、全身が怒りに満ちている。実際に俺も見ただけとか言う理不尽極まりない理由で巻き込まれた一人だ(ぶっちゃけ今もそうだけど)。
怪異という存在を恨む理由は思い浮かぶ。
・・・ただ俺はそんな怪異の気まぐれに助けられたんだ。彼女の意見を全肯定はできない。
「だな、俺もそう思うよ。」
そんな内情を表に出さず、俺は刀を抜いた。
その様子に彼女は鼻を鳴らし、瓶のふたを開ける。
ーーゾアッ!!
とてつもない寒気が走り、思わず腕を押さえる。
その香りを吸うだけで謎の幸福感と庇護欲が生まれ、助けなくてはならないという使命感が生まれそうになる。
【主、呑まれるな。膿母はかなり強力な怪異じゃ。あれが例え血の一滴だとしても、力の弱い怪異であれば正気を失わせ、操ることも難しくない。】
ヨルの影からの忠告に俺は舌を噛み締めて耐える。
ここでまんまと正気を失えば相手の手中だ。
「・・・大丈夫そうね、なら始めましょうか。」
メリアの言葉と同時にジャリッと砂が擦れる音が聞こえた。
すぐにそっちに首を向けると、首が明らかにおかしな方向を向いた全体的に長い老婆がこちらに歩いてきている。
・・・ひょえええええええっ!!
「縄婆り、つまりもう異界のなかね。」
言われてみると、周囲の建物にはさっきまでなかったはずの無数の傷跡が刻まれていた。
これがこいつの異界のなか?
【ぎょるるるるるる。】
鞭のような両腕をこちらに振るってくる。
何とか頭を下げて腕を躱して転がる。さっきまで居た場所は地面が鞭にえぐられていた。
当たったら普通に死ぬんだけど!?
メリアはその腕を軽く跳んで躱し、手印を構えるとそこから光の剣が伸びていく。
「『グラディウス ルクス』」
大振りに回りながら光の剣によって怪異は斬られる。焼けるような音と怪異の悲鳴が重なった。
・・・てか
「あぶねぇだろ!!頭にカスったんだけど!?」
「・・・ちっ、当たらなかった。」
「故意かよ!」
怪異が祓われると、また月明かりが照らす学校に戻る。
しかし、次にはまた異界に包まれ学校は苔むしていく、頭がおかしくなりそうだ。
ヒタリ、と何かが背中を触れる。
慌てて振り向くといつの間にか置かれていた苔むした壷から蛸のような触手が伸びていた。
ーーズズッ
触られた場所から苔むしていく。
嫌な感覚が過り、すぐに刀を壷に突き刺し霧を込めて食らいつくした。
【ぐえぇえええええ、苔玉りなど食わせるでないわ!!】
ーー知らねぇよ!なら助けてよ!チビりそうだよもう!!
怪異を倒すと異界はまた消え、体を蝕もうとしていた苔も消えた。
「ふうん、低級の怪異位なら簡単に祓えるのね。」
「・・・てめぇ、助けろよ。」
「あははっ!なに言ってるのかしら?」
・・・ほんと赤兎って可愛かったんだな。
俺はため息を吐きながら校舎のなかに向かって走り出す。
「あれ、逃げるの?」
「ルールは怪異を多く祓えた方が勝ちだろ!!お前に巻き込まれるくらいなら単独行動するわ!!」
そう言い捨てて俺は校舎のなかに入り、メリアから距離を取ったのだった。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
そして後悔した、、、。
「・・・夜の学校ってこわぁい。」
真っ暗で非常灯の明かりだけが照らす廊下で吐きそうになる。そういえば怖いの嫌いだし、怪異が寄ってくるのに校舎内は悪手だったのでは?
ーーズルリ
【そりゃそうじゃろ。まぁお陰でワシがでてこれるがの。】
そう思っていると、影からヨルが出てきてくれる。
俺はすぐに手を取って繋いだ。
【・・・・・手汗が気持ち悪いのじゃが。】
「が、我慢してくれよ。影の上でオシッコ漏らすぞ。」
【なんじゃその脅しは。】
ヨルは呆れながらも少し照れながら手を握り返してくれる。
【それにしてもあの小娘も面白いことをするのじゃ。くくくっ、怪異はいらない存在か、確かになぜ存在するのかはワシも知らん。だがそれが理、人という心の負から生まれる淀みは人を侵す。人の負債は誰かしらが払わねばならん。それで第三者が迷惑被るとは難儀なものじゃ。】
「いやそんなのどうでもいいからちゃちゃっと怪異を喰らい尽くしてきてくれない?」
【・・・このご主人は情けないが過ぎるのじゃ。】
仕方ないだろ、怖いものは怖いんだから。ぶっちゃけもう一歩も動きたくないよ。
【ただ正直、危ういが過ぎるのぉ。ハナの小娘も言っておったがこの学校というのがとくにな。強い怪異は膿母の匂いに惹かれるようなことはないが、関心を惹いてしまう可能性はある。面白半分で手を出されれば普通に死ぬるぞ。・・・何を生き急いで居るのか。】
「・・・。」
昨日の今日で行動を起こしたことといい、彼女は怪異を早く消し去りたいのだろう。ただそのために情報を集めると言った準備が不足している。
ヨルの言う通り、生き急いでるとしか言えない。
メリアの瞳からは強い怨嗟が感じられた。
恐らくそれが理由だろうが、考える気はない。
「・・・それに巻き込まれるとか知ったことじゃないけどな。」
【かかか、主はブレんのぉ。それ来たぞ。】
ヨルが示した廊下の先を見ると、上半身が天井から、下半身が床から生えたスーツ姿の血塗れの男性が居た。
「あばばばばばばばっ!」
【断骸じゃの。気を付けるのじゃ、奴は人への怨みが満載な怪異じゃ。】
断骸はドプンと沈むように姿を消すと、突然上から手が伸びてきて両腕が捕まれる。
不意の攻撃で手放してしまった刀を見送っていると、下から生えてきた足が思いっきり俺の股間に向かって蹴りを、、、へ、、、?
「~~~~~ッッッッッツ!!!」
【そういえば股間を思い切り打ち付けるのは腹が裂かれるような痛みらしいのぉ。】
声にならない悲鳴を上げて、蹲りたいのに押えられて必死にもがく。
確かに潰れたような感覚がしたが、すぐにヨルが治してくれたのか今は腹がねじれるような痛みが残ってるだけでショック死したりはしなかった。
ヨルは俺と断骸の回りをぐるっと回り、【ふむ】と唸ったあと足を上げて下から生えてる断骸の下半身の股間を思いっきり踏みつけた。
【~~~~~~~ッッッッッツ!!】
【なぜ弱点が丸出しなのじゃ。】
俺と同じ痛みに耐えられず、断骸は両手を離してもがく。解放された俺はすぐに足元の刀を拾って上半身に刀を突き刺した。
「はぁーーーーーっ!!死ぬかと思った!」
【じゃろうな、ほれ次が来たぞ。】
・・・え?
疲れきった体を向けると有象無象といえる奇っ怪な見た目をした化け物達が廊下の先から現れる。
俺はそれに涙を浮かべ、反対側へと全力で走り出した。
「やってられっかーーー!!」




