揺るがない思い
赤と赤。
聖なる灼炎が真紅の闇を散らしていく。
オレ一人だった時とは違う。
一方的に削られるばかりのオレの魔力が、キャロの闇を祓っていく。
キャロ、覚えてるか? 初めて会った日のこと。
ボロボロに弱かったオレを、苛めっ子から救ってくれたろ。
キャロの刃を弾き、心へと直接語りかける。
話すたびにキャロの表情が歪む。
『どうやら娘に届いてる様だな。我が貸した力、存分に使うが良い』
はっ、恩着せがましいな。だが……、ありがとうよ!
キャロ、思い出せ。オレに名前を付けたのはお前だ。
お前の好きな絵本から取った名前だ。嬉しかったぜ。
「アリス……アリス……」
キャロがうわ言の様に呟く。
だが攻撃は激しく、キャロの剣撃は加速していく。
心と身体が剥離しているのか?
キャロを苦しめる訳にはいかない。オレはキャロの闇の剣を掴み拘束する。
同時に大地を操作し、脚を封じていく。
キャロ、オレとお前の瞳は同じ宝石。
村の宝物だ。お揃いだって喜んでるくれてたろ。
オレの目にお婆ちゃんいるんだぜ? キャロならきっと見える。だから目を覚ましてくれ。
「一生……、一緒に」
そうだ、思い出せ! 真紅の宝石はオレたちの絆の証だ。
キャロ、たった一年の短い間だったけどオレたちはずっと一緒だった。
オレはキャロといられて幸せだったんだ。
キャロ、あの時に戻ってくれ。
「お揃い……、アリスと、二人で」
オレの拘束を振り解き四方へと闇の斬撃を飛ばしていく。
だがオレは離れない。防御より何よりもキャロの側にいる事を優先させる。
斬撃がオレの身体を切り刻んでいく。それでもオレは離れない。
キャロ。二人で食べたお弁当、美味しかったよな。
お婆ちゃんがオレたちの為に作ってくれた弁当だ。あの時、楽しくなかったか?
オレはキャロといられて幸せだった。だからまた一緒にーー。
「お前が! お前が来たから!」
そうだ。オレが魔物だったから、不吉の称号を手に入れたから。
全てはオレの責任だ。
だからこそオレはキャロに幸せになって欲しい。
少なくとも魔族に操られて虚ろな目をしたキャロが、幸せだなんて思えない。
「違う! お前がお婆ちゃんを殺したんだ! お前が、お前がいたから!!」
絶叫。怒り、いや恐怖から来る叫び。
そうだ、魔物のオレがキャロと共にいる道を選んでしまったから……。
だが引かねえ。もうオレは諦めたく無いんだ。
キャロの為にも、約束をしたお婆ちゃんの為にも。助けてくれるハピアの為にも。
けど、語りかける以上の事が出来ねえ。
あと一歩……、もう一歩何か、もう一手何か無いのか。
『キャロや、まだそんな事を言うのかい』
突然、脳内に直接声が響く。
その声でオレもキャロも動きを止める。
お婆ちゃん? どうして今まで……。
『キャロに声を届かせようと、姿を見せようと力を蓄えていたんじゃよ。
アリスならキャロを救いに頑張ってくれると、信じてたからのぅ』
お婆ちゃん……。最初の時に試しもしなかったのに。
『ほっほ。それはアリスを反省させようと思っての』
お婆ちゃん……。ごめんなさい、戻ってきてくれて嬉しいよ。
『良いんじゃ良いんじゃ』
そう言ってキャロへと向き直る。
オレはキャロの刃を握ったまま動かない。
「あ……、お婆ちゃん……?」
キャロ、お婆ちゃんがわかるんだな。
キャロの目に光が灯り涙が流れる。
『キャロや。アリスはお前の為に努力してくれてる。それでも憎いのかい?』
キャロが震え、呻く。
自身の中の闇と戦っているのだろうか。とても苦しげな表情だ。
「アリスの……、アリスのせいで私の村は」
すまない。アリス、本当にすまない。
オレはキャロから目を逸らさない。
『本当にそう思うのかい? アリスはいつだって、私たちの為に行動してくれた。アリスのおかげで、キャロの命は救われた。
ずっと側にいてくれたろう?』
「違う! アリスは私を置いて逃げた! 私を見捨てたんだ!」
そう。例え何があったとしてもオレはキャロから離れてしまった。その事実は変わらない。
『そうだねぇ。この子はとても臆病だからね、けどキャロや、あんたも一緒さ。言うじゃないか、飼い主に似るって』
キャロの顔が俯き、涙を流し続ける。
お婆ちゃんは続ける。
『けど臆病なこの子が、キャロを救う為に戻って来てくれたんだ。その勇気に、応えたくないかい?』
お婆ちゃん……。
キャロが顔を上げ、顔を歪める。
「私は……、私はアリスに、酷いことをした……。だからもう一緒にいる資格なんて無い!! 今だって私は。アリスを!!」
キャロ、そんな事は無い! オレはキャロと一緒にいたい! 酷いことなんて魔族に操られてやった事だ。オレはそんな事を恨んでいない!
キャロは何も悪くない!
『キャロ、アリス。二人は喧嘩をして離れ離れになっちまった。けど、明日からはまた仲良くやれないかい?』
いや、出来るさ。
オレとキャロは見つめ合う。キャロの顔には、さっきまでの苦しみも恨みも無い。
『アリスや、キャロを頼んだよ。お前が、キャロを守ってやるんだ。良いかい?』
お婆ちゃんがキャロからオレへと視線を移す。
あぁ、お婆ちゃん。誓うよ、オレはキャロを守り続ける。
「アリス……、アリス、また一緒に……、遊んでくれる?」
あぁ。勿論だキャロ。
また遠足に行こう。一緒にご飯を食べて、一緒に走って、一緒に遊ぼう。
オレはキャロと一緒にいたい。
「アリス……。酷いことして、ごめんなさい」
キャロ。オレの方こそごめん。
ずっと一緒って約束を守れなかった。
また一緒にいてくれるか?
「アリス、ありがとう……!」
キャロの包んでいた闇が霧散し、身体から消失する。キャロの身体から力が抜けて崩れ落ちる。
オレはそれを抱き抱える。
気を失った、のか? オレはキャロを取り戻せたのか?
『おめでとう、アリス。キャロの事、頼んだよ』
お婆ちゃんがそう言うと、さっきまではっきりと見えていた姿が徐々に薄れ始める。
お婆ちゃん……? 消えるのか? 待って……、待ってくれ、まだ消えないでくれ! もっとキャロと話したい事だってあるだろう?
今まで平気な顔して側にいたじゃないか!
まだオレたちにはお婆ちゃんが必要だ!
『ほほ、嬉しい事を言うねぇ。けどもう何も心配してないさ、心残りは無いよ。キャロにはアリスが付いてるからねぇ』
その言葉を残して、お婆ちゃんは消えてしまった。
オレはキャロを抱えたまましゃがみ込み、涙を流した。
お婆ちゃん……。絶対にキャロを守り続けるよ。
どうか、安らかに……。
『アリスや。ちょっと眠るだけじゃから、落ち着いたら呼んでおくれ』
えっ!? お婆ちゃんまだ消えないの?
完全に成仏前のそれだと思い込んでいたオレは座り込んで脱力する。
良かった。本当に良かった。
オレは涙を拭い、腕の中のキャロへ微笑みかけながら、彼女の髪を撫でた。




