獣の爪と牙
咆哮が鳴り響く。
猛き凶獣の咆哮。地の底から響く様な声は大気だけでなくオレの体をも震わせる。
風が吹き荒びオレの体毛を嬲る様は天候までもが奴を味方しているかに思える。
負けるかよ。ここまで何度も死線を越えて厳しい修業も耐えてきたんだ。
技を持ち合わせない力のみの獣にオレが負ける筈が無い。
純黒と暗い灰模様の虎を見据える。奴の真っ赤な瞳と視線が交差する。
オレは大地へと魔力を流し込む。それはオレの主力とする魔法。獣の姿を形取り敵を追い続ける剣狼の群れ。
バロウの化身が虎を囲む様に姿を現わす。
行け。奴の身体を喰らい尽くせ。
オレは命令を下す。それと同時に虎の魔物へと襲い掛かる。
漆黒の虎は意に介さない。
なんだ? 強者の余裕ってやつか?
だがオレは手を緩めない。
風の刃。極限まで研ぎ澄ました剣を鎌鼬の如く、幾重にも撃ち出す。
大地を硬化させ無数の杭として奴を串刺しにする。
畳み掛ける……!
奴は微動だにしない。
轟く爆音。猛獣の叫び。立ち上がる土埃。
突風を吹かせ視界を阻む土煙を霧散させる。
オレは見てしまった。
紙一重で隆起する大地を、躱す奴の姿を。
創り出した剣狼を噛み砕き、踏み潰し、破砕する獣を。
闇の障壁を纏うことで風刃を無力化する魔物を。
嘘だろ!? こいつ……。攻撃全部喰らったってのに傷一つ付いてねえ。その上アイツが纏うオーラはオレの防御結界にそっくりじゃねーか! パクリやがって!
黒い結界がまるで炎の様に揺らめき闇虎の禍々しさを強調させる。
瞬間、奴の姿が消失する。
なんだ!?攻撃か?どっから仕掛けてくる!
オレは急ぎ防御壁を周囲に展開する。
背後から殺気を感じる。
壁が破壊されオレの体へと奴の拳が迫る。
まだだ。障壁を体へと纏い拳から逃れる様に、前へ跳躍する。
だがオレの策も虚しく奴の攻撃が衝撃となって身体を突き抜け、吹き飛ばされる。
くそ! なんだこいつ強え! 速さも攻撃力も耐久力も全部オレの上だ! しかもオレのお得意の魔法も数だけ出したって全然効かねえ。
何とか着地には成功したがヤバすぎる。打つ手無しだ。
『アリス! 無茶をせずお逃げなさい! 私が来るまで待つのです!』
ハピア、そうは言ってもこの虎さんオレより速えんだよ。むしろ急いでくれ。
万策尽きたって感じだがこうなっちまったら仕方ねえ。
やりたくなかったが、爪と牙で闘わせてもらおう。