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二対の獣

 闇を纏う虎は静かにオレを見つめる。


 勝利を確信したのか奴の目は敵としてではなく、捕食者のそれへと変わっている。


 余裕って感じだな。吠え面かかせてやるから見てろ。


『アリス! 何をお考えですか! そんな自棄になっても勝てません! 諦めないでください!』


 ハピア。やらなくちゃならないんだよ。オレだってやらずに済むならやりたくないさ。

 けど他にどうする事も出来ない以上は仕方ないだろう。


 オレは吠え、聖なる結界を身に纏う。


 普段より分厚く、強固に。


 さらに纏う。聖なる結界が青白い炎の様にオレを包んでいく。


 障壁はより大きく、過剰なまでに肥大化する。


 想像しろ。聖なる獣の姿を。


 創造しろ。白炎を纏い魔を屠る聖獣を。


 オレは咆哮する。


 周囲に魔力が迸り眩い光が辺りを包む。


 そこに立つのは青白い虎の姿。


 鋭い牙と爪。猛き豪腕。燃える様な毛皮。


 目の前に立つ闇虎と対を成すかの様な獣。


 聖獣白虎。これがオレの新しい魔法だ。


 オレは前脚を軽く動かす。オレの意に時間差なく従う聖獣。動作確認は上々だ。


 闇虎よ、待たせて悪かったな。本番と行こうぜ。


 奴の巨体がオレへと迫る。


 先手必勝か。やはりスピード、反応速度は奴の方が上だな。それにしても目の前で小型犬が虎になったってのに動揺無しか。獣じゃ仕方ないか……。


 だが!


 オレはその動きに対応して奴の首筋へ爪を振るう。


 黒いオーラに対し聖なる炎が奴の皮膚を切り裂く。


 そして奴の攻撃は聖獣の身体にクリーンヒットするがオレにダメージは無い。

 当然だ。何層にも重ねた防御結界の塊だからな。その中心にいるオレに攻撃が届いてたまるか。


 突然のダメージに驚愕を示した闇虎が飛び退いて距離を取る。


 少しはビビったみたいだな。今ので少し白虎が削れちまったが問題無い。多少壊れた分は魔力続く限り補填できる。


 動きの速さも悪くねえ。普段通りのスピードに強靭な肉体がそのまま加算された形だ。

 そうでもなければこの魔法を使った意味がない。いつもの様に人形を大量に作れば良いだけだ。

 だがそれをしなかったのは自動で敵を追う獣を何体作ろうとも闇虎には歯が立たなかった。


 ならばオレ自らでコレ一本に絞って操作に集中するしかあるまい。

 そして操作に集中する無防備なオレ自身に聖獣の体を纏わせることで弱点も克服する。


 闇に対して聖魔法の相性は良いから攻撃も通る。


 完璧だ。


 強いて言うなら。創り出す獣のイメージが体格的に渡り合おうと思って目の前の虎をパクってしまったが、まあ良いだろう。


 これがオレの魔法。聖獣白虎だ。


 咆哮する二体の獣。


 今度はオレの方から仕掛けさせてもらう。


 ぶつかり合う二対の虎。


 禍々しい邪気を纏う者。神々しい聖気を纏う者。


 だがその力は互角では無い。


 速さに優れた黒き魔物がより多い手数で攻め、より多く攻撃を躱していく。


 だが白き聖獣は魔獣の攻撃を意に介さず攻撃の手を緩めない。


 二度嬲られようと一度噛み付き、闇の虎へとダメージを蓄積させていく。


 対して聖獣へのダメージは即回復していく。


 オレは一心不乱に四肢を動かし、その牙を奴へと突き立てる。


 勝てる! 勝つ!!


 次第に聖獣の身体は削れ、摩耗していく。


 それに対比するかの様に魔獣が攻撃を受けた箇所に聖なる炎が灯っていく。


 それはあたかも流血の様に黒き炎を散らす。


 くそ! 魔力保ちやがれ!


 オレは吠え、奴への攻撃を加速させる。


 だがその意に反して聖獣の身体は摩耗していく。


 魔獣の動きが鈍くなる。


 やがて攻勢は逆転し、聖獣の手数が増していく。


 闇の獣が咆哮する。


 聖獣の身体が霧散し消滅する。


 魔獣の牙がオレへと迫る。それを見つめオレは動けない。奴の獰猛な本性が頂点に達し、牙が届く前に殺気で殺されそうな恐怖。


 様々な思いが脳内を駆け巡る。


 だがオレは動かない。


 突如、魔獣の動きが停止する。


 ギリギリ間に合ったか。


 オレは攻撃と共に奴へと枷を課していた。


 聖炎。それは奴の動きを鈍らせ拘束する鎖。オレはその楔を奴へと撃ち込み続けた。


 動きを鈍らせて聖獣化が解ける前にトドメを刺しておきたかったが、……まあ勝ちは勝ちだ。

 もう魔力も殆ど残ってない。後はハピアに任せよう。


 魔獣は動けないながらも唸り咆哮し、オレを睨み付けながら殺気を放っている。

 だがその牙が届くことは無い。奴はもう動けない。


 突如、暗転するオレの視界。


 何だ? 何が起きた!?


 オレは急ぎ周囲を見回そうとするが体が動かない。攻撃、されたのか……?


 視界が霞む。全身に痛みが走る。


 オレの目に映る漆黒の獣。奴がオレを見据え唸りを上げている。


 バカな……!? 奴の動きは封じた筈だ。何故? 何が起きた?


 視界の隅に映る物を見て驚愕する。


 目の前にいるオレを見つめる魔獣、そして聖なる鎖によって拘束された魔獣の姿。


 何……だと……!? 現れた魔獣は一体じゃ無かったのか!? くそ!ついてねえ!

 違う。最初から一体しかいないと思い込んでいたオレの落ち度だ。


 新たに現れた漆黒の虎が封じられた獣の聖炎を霧散させる。


 楔から解き放たれた魔獣が咆哮を上げる。


 嘘だろ……!?ヤバい、二対一じゃどう足掻いても勝てねえ。

 魔力もロクに残ってねえ。体は激痛とダメージで動けねえ。


 どうする……? 諦めるな! ハピアがオレのとこまで向かってる筈だ。それまで何とか時間を稼げ。


 意識を集中させ魔力を振り絞る。奴らの背後から土と水の土砂で攻撃する。それと同時にオレと同程度の大きさで良いから人形を作り出す。


 囮で少しでも気を逸らした間に奴らから離れるんだ。


 魔獣共がオレの目論見通り背後へと振り返る。この隙に逃げ出す。


 くそ……、ダメだ。回復してる余裕もねえ。ボロボロのオレの体は歩くのもやっとだ。


 まだだ、まだ死ねない。オレはキャロを魔族の手から救うまで死ねないんだ。


 だから考えろ!!


 どうする!どうすれば良い!


 奴らがデコイに気付き再びオレへと吠える。クソ、全然保たなかったな。あんなお粗末な人形じゃそれも当然か……。


 奴らが瀕死のオレへと襲い掛かる。


 くそ! 防御だ!


 だが急ごしらえの防御に殆ど意味はなくオレの体は鋭い衝撃と鈍痛と共に跳ね飛ばされる。


 まずい……。マトモに喰らっちまった。打つ手がねえ。


 奴らが地に横たわるオレへと近付いてくる。


 静かに。そして確実に。


 オレを見下ろす血色の瞳。


 魔獣の爪がオレへと振り下ろされる。


 火花が散る。金属が弾かれる音。


 突如オレと魔獣の間に割って入る人影。


 ハピア、来てくれたのか。


 違う。ハピアでは無い人間。服装を見るに学園生徒だろうか。その身長は高く堂々としている。


 突然現れた男は長剣を振るい魔獣を追い詰めていく。


 魔獣の牙も爪も、男の体に届くことはなく魔獣は斬り刻まれていく。


 速い。目にも止まらぬ剣さばき。


 時折なびく白髪が雄々しく揺れる。


 強い。圧倒的な強さ。


 人間の腕とは比べ物にならない獣の四肢を掴み、投げ飛ばしていく。


 やがてオレの意識は遠のき、視界が暗転していく。


 薄れていく意識の中、オレの耳に届いたのは三発の銃声だった。

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