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 降り始めた雨は止んでいた。黒雲は消え、日が差し始める。日の光が雨に冷えた空気を温めていく。


 未だメテオとエリスは操られ、ハートは無傷。だがキャロが帰って来た。

 そして国中に鳴り響くアリスコール。それがオレの心を奮い立たせる。


 キャロ……。戻って来てくれて、本当に良かった。


「ふふ。アリスの声、聞こえたよ! それにアリスの名前を皆が叫んでたのも!」


 彼女が微笑みと共にガッツポーズを取る。


 皆の叫びか……。この国の奴らがオレを応援したおかげか、とにかく助かった。


「アリスが最後まで諦めずに頑張ったからだよ! まだ頑張れる?」


 キャロがオレの体に触れ、ハートを見据える。優しく触れる彼女の手、それがこの上なく心強い。


 最後まで諦めずに、か。


 そうだな。オレはもう諦めないって、決めてたんだもんな。


「わんわん!(あぁ! 最高のコンディションだ! 何日ぶっ通しでも戦えるさ)」


 その言葉にキャロが笑い、体を撫でる。


 人間のキャロが頑張ったんだ。魔物のオレはもっとやれるさ。


「ふふ、無理しないで。私の魔力を使って?」


 キャロ、何をーー?


 瞬間、オレの体へと流れ込む力。キャロの想いが、熱が伝わってくる。


 キャロの魔力が、力尽きかけたオレの体に充填されていく。


 キャロ、いつの間にこんな技を……?


「今初めてやったよー! けど魔力の使い方、エルフさんの里で練習してたんだ!」


 そんな事してたのか。どうりで前に操られてた時より強い訳だ。鍛えてたのはオレとメテオ、クーだけじゃない。キャロもハピアを救う為に頑張っててくれてたんだな。


「もう大丈夫?」


 魔力を注ぎ終えたキャロがオレの瞳を覗き込む。


 あぁ、バッチリだ。もう誰にも、ハートなんかに負ける気がしねえ!


「ふぁ〜。もうお話はよろしいのですか〜?」


 壁にもたれるハートがわざとらしく欠伸をしながらオレを見つめる。


 何だ? ラブラブなオレ達に気を使って待っててくれたのか?


「えぇ、美しい愛に感動していました〜」


 そうかよ。無駄口の多い奴だな。


「あらあらぁ〜。何をーー」


 瞬間。ハートの口から血が溢れ出る。


 奴の胸に深々と突き刺さる紅の刃。それが奴の体から出る瘴気を浄化していく。


「おやおやぁ……? これはこれは……」


 口を開き、自らの手を見つめるハートへと次々と紅の光剣が突き刺していく。


 キャロの魔力を受け取った影響か。オレが操る力も紅く染まっている。彼女の胸にかけるペンダント、その宝石を媒介にした力。


 それが、オレの力を増幅させる。


「お強いですねぇ〜……。ですがこの程度でこの私をーー」


 咆哮。ハートの言葉を遮る様にオレは叫ぶ。


 紅の光が全身を包む。キャロの想いがオレを守る。その力が……、ハートを倒す!!


 紅獣化、紅蓮聖狼(レーヴァテイン)


 逞しく、それでいて鋭い体躯。全身から生やす、研ぎ澄まされた刃。紅き聖光の獣王。この世界に生まれてから培った全て、その集大成を解き放つ。


 さあ、ファイナルラウンドだ。


 濡れた大地を蹴り駆け出し、ハートの体を跳ね飛ばす。纏う紅の聖剣が奴の体を斬り裂き、邪気を滅する。


 宙を舞う奴へ、紅刃の追撃。剣閃。


 際限なく放たれる斬撃。


「中々やりますねぇ〜……。強いわんちゃんへのご褒美として……、一つお教えしましょう〜」


 吐血し、全身から血を流し、息も絶え絶え。それでも奴のお喋りは止まらない。


 何を教えようが、お前はココで倒す。塵一つ残さず消し去ってやる。


 奴の体を構成する闇が、オレの攻撃によって次第に薄れ、浄化されていく。


「ハピア嬢を拐った理由……、気になりませんかぁ〜……?」


 薄ら笑いがオレを見つめる。


 ならねえな。理由なんてどうだって良い。お前は出会った時からずっと敵だ。


 そしてその関係も、今日で終わらせる!


 牙で喰らいつき、体を引きちぎる。そのまま地面へと叩きつけ、さらに剣撃で打ち上げる。


 息をするのも苦しそうだな。だが手加減などしてやらん!


 奴への剣撃は止まらない。空を駆け、攻撃に跳ね上げたハートを追う。


 黒の障壁なんて最早、何の意味も無い。


 障壁ごと奴の体を、剣と爪で切り裂いていく。


「退屈だったのですよ……。この世界は退屈です〜。停滞しています! ですから……! 私が新しい風を吹かす為、行動を起こしているのです〜」


 そうかよ、オレには理解出来ない話だ。もう聞くことは無い。消えやがれ。


 奴へと爪を振るう。


 だが、声がオレの動きを止める。


「そうはさせんぞ!」


 背後からメテオが迫り、剣を振るう。纏う炎の熱気が結界を超えて皮膚に伝わってくる。


 ちっ、まだ操られてやがんのか! 今のオレの結界を超える炎なんて、まともに喰らう訳にはいかねえ……!


 だが、回避が間に合わねえ……! 


 メテオが強化されたのは攻撃力だけじゃねえ。圧倒的な速さも兼ね備えている。


 くそ! もう少し、あと少しでハートを倒せるのに……!


 瞬間。紅輝の障壁が展開され、メテオの剣撃からオレを守る。


「メテオ! いい加減邪魔しないで!」


 キャロの叫び。地上にて手をかざす彼女、そしてオレを見てブイサインを見せつけている。


 キャロ……、ありがとな。オレはキャロに助けられてばっかりだな。


 振り返り、ハートに向けて腕を振るい、地へと叩きつける。


 衝撃に奴の体が跳ね、全身から血と瘴気を溢れさせる。


 キャロの為に。キャロのおかげで。そして、オレ自身の為に。オレはハートを倒す!!


「わんわん(ハート、もう終わりだ)」


 言葉と共に巨大な紅の輝刃を創造する。


 蓄える魔力。集束させる光。研ぎ澄ます刃。浄化の輝き。


 もう誰に止められる事も無え。


 エリスの重力魔法も今のオレには効かねえ。キャロは洗脳から解き放たれた。

 メテオはそのキャロに足止めされている。国民だって全員オレの味方だ。


「わんわん!!(もうオレに負けは無え!!)」


 叫びと共に紅剣を振り下ろす。


 瞬間。ハートの口元が、笑みに変わる。


「アリスやめて〜! お母さんを殺さないで〜!」


 エリスが叫び駆け寄り、ハートを守る様に覆い被さる。その顔は、母を守る悲痛な表情そのもの。心からハートを慕う意思を感じる。


「あぁ、エリス〜。親孝行な娘を持って幸せです〜」


 なっ……!?


 自分の身を呈して守る。操ってる以上、人質として機能する。そんな当然の事を失念していた。


 例え彼女が操られてなくても……。本心からエリスがハートを護りたいと願ったとしても、オレはエリスに刃を向ける事が出来なかった。


 その一瞬が隙を生む。


 ハートの叫び。轟く奇声。奴がエリスを突き飛ばして走り出す。


「キャロ〜? あなたも私を守ってくださいますよねぇ〜?」


 ハートが走りながら、キャロに向けて手を伸ばす。


 こいつ……! この後に及んでキャロを……!!


「ハート。あなたのせいで酷い目にあった。アリスは沢山傷ついた。私はあなたを許さない」


 キャロが言い放ち、紅輝の魔力を解き放つ。


 無数の紅剣。それらがハートとキャロの間を遮る様に展開されていく。


 剣の結界。現れた赤光の壁がハートの足を止める。


「随分と……、嫌われてしまいましたねぇ〜」


 魔族が後退り、声から余裕が失われていく。


「わんわん(しつこいと嫌われるぞ。あぁ、お前はとっくに嫌われてたな)」


 背後から語りかけ、紅獣の爪がハートを両断する。


 どす黒い血を噴き出し、奴の体が濡れる地面へと倒れこむ。泥を跳ね上げ、血溜まりを作り上げていく。


「ハート様!?」


 キャロと鍔迫り合うメテオが叫ぶ。だが気にする事は無い、もうすぐ全て終わる。


「懐かしい言葉……。あぁ〜、ワンちゃん。強くなりましたねぇ〜。お母さん嬉しいですよ〜」


 あぁ。お前がオレとキャロを引き離した時に言った言葉だ。オレも嬉しいよ。ずっとお前を倒す事を夢見てたからな。


 ハートが血塗れの腕でオレの体へと手を伸ばす。


 それはオレの結界を溶かし、顔へと触れる。


 ハート、キャロのもとに向かったのは失敗だったな。お前の娘であるエリスに縋っていれば、勝機はあったかも知れないのに。


 こんなダメ出しは、必要無いか……。


 瞳を閉じ、魔力を込める。


 紅剣の嵐舞。


 オレとキャロの魔力が、ハートの体を微塵に切り裂き、周囲に血を撒き散らす。


 同時にキャロが抑えていたメテオが意識を失い、地に倒れこむ。


 充満していた瘴気が、ハートの肉体と共に消え去っていく。


 じゃあな、魔族ハート。


 緊張の糸が切れ、キャロから借り受けた魔力が尽きる。紅獣化が解除され、呆然と宙を見る。


 場を包む静寂。


 それを打ち破り、キャロが口を開く。


「ようやく、終わったの……?」


 震える声。怯えた表情。それがオレを見つめている。


「わんわん!(あぁ。オレとキャロの、絆の勝利だ!)」


 キャロの不安を振り払う為、元気よく吠える。


 これでメテオもエリスも元通りだ。ハピア誘拐に関わるハートを倒したんだ。きっとハピアもすぐに取り戻せる。


 もう、何も心配はいらねえ。


「アリス……!」


 言葉と共にキャロが泣き出し、オレの体を抱き締める。


 やっと終わったんだ。お婆ちゃんが死んでから出会った、宿敵ハートとの因縁が……。


 周囲で国民たちの歓喜の声が上がっている。魔族ハートを倒せて一安心ってところだろうか。


 まだ、ハピアを救うという目的が残っている。けどオレは勝利の余韻と安堵、そしてキャロの体温を感じて瞳を閉じる。


 何故か、頬に涙が流れ落ちた。

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