21
降り始めた雨は止んでいた。黒雲は消え、日が差し始める。日の光が雨に冷えた空気を温めていく。
未だメテオとエリスは操られ、ハートは無傷。だがキャロが帰って来た。
そして国中に鳴り響くアリスコール。それがオレの心を奮い立たせる。
キャロ……。戻って来てくれて、本当に良かった。
「ふふ。アリスの声、聞こえたよ! それにアリスの名前を皆が叫んでたのも!」
彼女が微笑みと共にガッツポーズを取る。
皆の叫びか……。この国の奴らがオレを応援したおかげか、とにかく助かった。
「アリスが最後まで諦めずに頑張ったからだよ! まだ頑張れる?」
キャロがオレの体に触れ、ハートを見据える。優しく触れる彼女の手、それがこの上なく心強い。
最後まで諦めずに、か。
そうだな。オレはもう諦めないって、決めてたんだもんな。
「わんわん!(あぁ! 最高のコンディションだ! 何日ぶっ通しでも戦えるさ)」
その言葉にキャロが笑い、体を撫でる。
人間のキャロが頑張ったんだ。魔物のオレはもっとやれるさ。
「ふふ、無理しないで。私の魔力を使って?」
キャロ、何をーー?
瞬間、オレの体へと流れ込む力。キャロの想いが、熱が伝わってくる。
キャロの魔力が、力尽きかけたオレの体に充填されていく。
キャロ、いつの間にこんな技を……?
「今初めてやったよー! けど魔力の使い方、エルフさんの里で練習してたんだ!」
そんな事してたのか。どうりで前に操られてた時より強い訳だ。鍛えてたのはオレとメテオ、クーだけじゃない。キャロもハピアを救う為に頑張っててくれてたんだな。
「もう大丈夫?」
魔力を注ぎ終えたキャロがオレの瞳を覗き込む。
あぁ、バッチリだ。もう誰にも、ハートなんかに負ける気がしねえ!
「ふぁ〜。もうお話はよろしいのですか〜?」
壁にもたれるハートがわざとらしく欠伸をしながらオレを見つめる。
何だ? ラブラブなオレ達に気を使って待っててくれたのか?
「えぇ、美しい愛に感動していました〜」
そうかよ。無駄口の多い奴だな。
「あらあらぁ〜。何をーー」
瞬間。ハートの口から血が溢れ出る。
奴の胸に深々と突き刺さる紅の刃。それが奴の体から出る瘴気を浄化していく。
「おやおやぁ……? これはこれは……」
口を開き、自らの手を見つめるハートへと次々と紅の光剣が突き刺していく。
キャロの魔力を受け取った影響か。オレが操る力も紅く染まっている。彼女の胸にかけるペンダント、その宝石を媒介にした力。
それが、オレの力を増幅させる。
「お強いですねぇ〜……。ですがこの程度でこの私をーー」
咆哮。ハートの言葉を遮る様にオレは叫ぶ。
紅の光が全身を包む。キャロの想いがオレを守る。その力が……、ハートを倒す!!
紅獣化、紅蓮聖狼。
逞しく、それでいて鋭い体躯。全身から生やす、研ぎ澄まされた刃。紅き聖光の獣王。この世界に生まれてから培った全て、その集大成を解き放つ。
さあ、ファイナルラウンドだ。
濡れた大地を蹴り駆け出し、ハートの体を跳ね飛ばす。纏う紅の聖剣が奴の体を斬り裂き、邪気を滅する。
宙を舞う奴へ、紅刃の追撃。剣閃。
際限なく放たれる斬撃。
「中々やりますねぇ〜……。強いわんちゃんへのご褒美として……、一つお教えしましょう〜」
吐血し、全身から血を流し、息も絶え絶え。それでも奴のお喋りは止まらない。
何を教えようが、お前はココで倒す。塵一つ残さず消し去ってやる。
奴の体を構成する闇が、オレの攻撃によって次第に薄れ、浄化されていく。
「ハピア嬢を拐った理由……、気になりませんかぁ〜……?」
薄ら笑いがオレを見つめる。
ならねえな。理由なんてどうだって良い。お前は出会った時からずっと敵だ。
そしてその関係も、今日で終わらせる!
牙で喰らいつき、体を引きちぎる。そのまま地面へと叩きつけ、さらに剣撃で打ち上げる。
息をするのも苦しそうだな。だが手加減などしてやらん!
奴への剣撃は止まらない。空を駆け、攻撃に跳ね上げたハートを追う。
黒の障壁なんて最早、何の意味も無い。
障壁ごと奴の体を、剣と爪で切り裂いていく。
「退屈だったのですよ……。この世界は退屈です〜。停滞しています! ですから……! 私が新しい風を吹かす為、行動を起こしているのです〜」
そうかよ、オレには理解出来ない話だ。もう聞くことは無い。消えやがれ。
奴へと爪を振るう。
だが、声がオレの動きを止める。
「そうはさせんぞ!」
背後からメテオが迫り、剣を振るう。纏う炎の熱気が結界を超えて皮膚に伝わってくる。
ちっ、まだ操られてやがんのか! 今のオレの結界を超える炎なんて、まともに喰らう訳にはいかねえ……!
だが、回避が間に合わねえ……!
メテオが強化されたのは攻撃力だけじゃねえ。圧倒的な速さも兼ね備えている。
くそ! もう少し、あと少しでハートを倒せるのに……!
瞬間。紅輝の障壁が展開され、メテオの剣撃からオレを守る。
「メテオ! いい加減邪魔しないで!」
キャロの叫び。地上にて手をかざす彼女、そしてオレを見てブイサインを見せつけている。
キャロ……、ありがとな。オレはキャロに助けられてばっかりだな。
振り返り、ハートに向けて腕を振るい、地へと叩きつける。
衝撃に奴の体が跳ね、全身から血と瘴気を溢れさせる。
キャロの為に。キャロのおかげで。そして、オレ自身の為に。オレはハートを倒す!!
「わんわん(ハート、もう終わりだ)」
言葉と共に巨大な紅の輝刃を創造する。
蓄える魔力。集束させる光。研ぎ澄ます刃。浄化の輝き。
もう誰に止められる事も無え。
エリスの重力魔法も今のオレには効かねえ。キャロは洗脳から解き放たれた。
メテオはそのキャロに足止めされている。国民だって全員オレの味方だ。
「わんわん!!(もうオレに負けは無え!!)」
叫びと共に紅剣を振り下ろす。
瞬間。ハートの口元が、笑みに変わる。
「アリスやめて〜! お母さんを殺さないで〜!」
エリスが叫び駆け寄り、ハートを守る様に覆い被さる。その顔は、母を守る悲痛な表情そのもの。心からハートを慕う意思を感じる。
「あぁ、エリス〜。親孝行な娘を持って幸せです〜」
なっ……!?
自分の身を呈して守る。操ってる以上、人質として機能する。そんな当然の事を失念していた。
例え彼女が操られてなくても……。本心からエリスがハートを護りたいと願ったとしても、オレはエリスに刃を向ける事が出来なかった。
その一瞬が隙を生む。
ハートの叫び。轟く奇声。奴がエリスを突き飛ばして走り出す。
「キャロ〜? あなたも私を守ってくださいますよねぇ〜?」
ハートが走りながら、キャロに向けて手を伸ばす。
こいつ……! この後に及んでキャロを……!!
「ハート。あなたのせいで酷い目にあった。アリスは沢山傷ついた。私はあなたを許さない」
キャロが言い放ち、紅輝の魔力を解き放つ。
無数の紅剣。それらがハートとキャロの間を遮る様に展開されていく。
剣の結界。現れた赤光の壁がハートの足を止める。
「随分と……、嫌われてしまいましたねぇ〜」
魔族が後退り、声から余裕が失われていく。
「わんわん(しつこいと嫌われるぞ。あぁ、お前はとっくに嫌われてたな)」
背後から語りかけ、紅獣の爪がハートを両断する。
どす黒い血を噴き出し、奴の体が濡れる地面へと倒れこむ。泥を跳ね上げ、血溜まりを作り上げていく。
「ハート様!?」
キャロと鍔迫り合うメテオが叫ぶ。だが気にする事は無い、もうすぐ全て終わる。
「懐かしい言葉……。あぁ〜、ワンちゃん。強くなりましたねぇ〜。お母さん嬉しいですよ〜」
あぁ。お前がオレとキャロを引き離した時に言った言葉だ。オレも嬉しいよ。ずっとお前を倒す事を夢見てたからな。
ハートが血塗れの腕でオレの体へと手を伸ばす。
それはオレの結界を溶かし、顔へと触れる。
ハート、キャロのもとに向かったのは失敗だったな。お前の娘であるエリスに縋っていれば、勝機はあったかも知れないのに。
こんなダメ出しは、必要無いか……。
瞳を閉じ、魔力を込める。
紅剣の嵐舞。
オレとキャロの魔力が、ハートの体を微塵に切り裂き、周囲に血を撒き散らす。
同時にキャロが抑えていたメテオが意識を失い、地に倒れこむ。
充満していた瘴気が、ハートの肉体と共に消え去っていく。
じゃあな、魔族ハート。
緊張の糸が切れ、キャロから借り受けた魔力が尽きる。紅獣化が解除され、呆然と宙を見る。
場を包む静寂。
それを打ち破り、キャロが口を開く。
「ようやく、終わったの……?」
震える声。怯えた表情。それがオレを見つめている。
「わんわん!(あぁ。オレとキャロの、絆の勝利だ!)」
キャロの不安を振り払う為、元気よく吠える。
これでメテオもエリスも元通りだ。ハピア誘拐に関わるハートを倒したんだ。きっとハピアもすぐに取り戻せる。
もう、何も心配はいらねえ。
「アリス……!」
言葉と共にキャロが泣き出し、オレの体を抱き締める。
やっと終わったんだ。お婆ちゃんが死んでから出会った、宿敵ハートとの因縁が……。
周囲で国民たちの歓喜の声が上がっている。魔族ハートを倒せて一安心ってところだろうか。
まだ、ハピアを救うという目的が残っている。けどオレは勝利の余韻と安堵、そしてキャロの体温を感じて瞳を閉じる。
何故か、頬に涙が流れ落ちた。




