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17.ハート

 死者が蠢めく曇り空の下、突如響き渡る声、現れる姿。

 黒の修道女、長い金髪、妖しい青の瞳。オレの記憶と寸分違わない、宿敵。


 かつてキャロの心を惑わし、奪った魔族。

 王であるシンをも仲間につけ、支配者の力でキャロを操り、オレと争わせた女。


 そいつが、目の前にいる。


 衝撃波。解き放つオレの魔力により、群がるゾンビ共を吹き飛ばす。


 怒り、殺意、憎しみ、復讐。不思議とそれらの感情は無い。


 代わりに生まれた感情は恐怖。そしてその恐怖から全てを守るという意志。


 もう誰も傷付けさせはしない。オレは奴を倒す。


「わん(久しぶりだな。シスターハート)」


 奴を見据え、静かに吠える。


「ハートだと!? この女がアリスの言っていた魔族なのか!?」


 あぁそうだメテオ。こいつが全ての元凶と思ってくれて問題無え。


「あらあらぁ〜、懐かしい顔触れですねぇ〜」


 変わらない口調でゆっくりとオレに近付く所作は隙だらけに見える。


 だが放たれる魔力の凄み。最初に会った時は感じ取る事も出来なかったプレッシャーが、オレの体を震わせる。


 今ならわかる。マッドハートが敬遠するほどの力を持つ魔族なのだと、理解出来る。


「まあまぁ〜。そこにいるのはキャロじゃありませんかぁ。何処に行っていたのです? お母さんは心配していたのですよ〜」


 物陰に隠れるキャロを見つけ、ハートがにこやかに微笑みかけ両手を広げる。


「わん(キャロに近付くんじゃねえ)」


「シスターハート! もう私は! あなたに騙されたりしない!! 私は二度とアリスから離れない!!」


 オレが叫ぶと同時、隠れていたキャロが立ち上がり声を上げる。


 キャロ……。ありがとな。


 キャロの叫びで勇気が湧き、力が漲る。


「随分と寂しい事を言うのですねぇ。あぁ、なんと嘆かわしい事でしょう〜」


 奴が大仰な仕草で天を仰ぐ。


 キャロとエリスは下がっててくれ。こいつはオレが倒す。


「わんわん(ハート、この国の集団感染(アウトブレイク)はお前が原因だったのか)」


「はて、何のことやら〜。私はここの後始末を頼まれただけですので〜」


 首を傾げ、顎に手を当てて舌舐めずりをする姿。男の劣情を煽る様な所作、だがそんな動作に油断したりしない。


「わん(後始末だと? お前に物を頼む様な奴がいるんだな)」


「それを私が教えるとお思いですかぁ〜?」


 相変わらず癇に障る女だ。だが奴の雰囲気、同じ物をを何処かで感じた気がする。


「わんわん(ハピアを拐ったのもお前か)」


 オレがそれを告げた瞬間、ハートが両手を叩き笑顔を見せる。


 三日月型に歪む口元。不気味な笑みがオレを見据える。


「えぇ、えぇ! それならご存知ですとも〜! 攫ったのは間違いなく私ですから〜!」


 告げながら奴が、オレの眼前へと歩み寄って来る。


「わんわん!!(ふざけやがって! 何が目的だ!!)」


 咆哮。叫びと共にオレの身体を神聖魔法の結界が覆う。より強く、より神々しい輝きがその場に満ちる。


 白虎、いや、もっと強い姿。オレが思い描く最強の獣。


 聖獣王、神剣刃狼(デュラン・フェンリル)


 ハート、お前の悪しき魂はここで終わらせる。


 尾から伸びる数多の剣を操り、瞬足を持ってハートへと斬りかかる。


「あらあらぁ、大きくなったものですねぇ〜」


 神聖獣化を意に介さず、ハピアが紙一重で剣戟を躱していく。


「わんわん!(お前への借り全部! 返させてもらおうか!!)」


 大地を操り、ハートの脚を拘束する。しかしそんな物はすぐさま破壊され、一瞬の足止めにしかならない。


 だが一瞬で構わない。ハートに生じた隙目掛けて、聖剣の一撃を叩き込んでいく。


 剣が体を貫いた感覚。


 瞬間。ハートから赤黒い血色の霧が噴き出し、オレは後方へと離脱する。


「やったか!?」


 おい! やめろ馬鹿メテオ!! お前は黙って見てろ!!


 風の刃を飛ばし、視界を遮る霧を吹き飛ばす。


「うふふふふふ〜、期待が外れて残念でしたねぇ〜。トカゲさん」


 霧の中から現れるハート。だがその胴には聖剣に貫かれた穴が空いている。血に塗れ、顔からは血の気が失せている。


 オレの攻撃が効いている様だな。あいつのドス黒い精神に対し、聖属性は効果抜群ってところか。


 だが奴は余裕の笑みを崩さない。


「トカゲさんは私と踊ってくださらないのですか〜?」


 奴がそう告げると同時、体の傷が塞がっていく。


 回復なんてさせるかよ!


 無数の聖剣を飛翔させ、四方からハートへと襲わせる。だがそれらはハートに容易く躱される。


 それでも尚襲わせ続ける。


「見ているだけのトカゲさん。私の強さを見て震えるだけのか弱い存在」


 ハートが聖剣の一つを掴む。


 瞬間、剣が黒く染まり闇の刃と化し、それを振るって聖なる飛刃を叩き落としていく。


 そして淡々と告げる言葉。


 何だ……? 奴は何を考えている? 挑発のつもりなのか……?


「わんわん!(黙りやがれ! お前にメテオの何がわかる!)」


 叫びと共に、聖狼自らの爪でハートへと斬りかかる。


「あらあらぁ〜? 私は弱いトカゲさんとしか言ってないのに……、誰を指していたかお判りなんですねぇ〜」


 オレの爪とハートの闇刃が鍔迫り合う。


「わん!!(黙れっつってんだろ!!)」


「あなたも理解しているのでしょう〜? あのトカゲは役立たずだと、力を持たないただのトカゲ」


「わんわん!!(うるせえ!!)」


 鍔迫り合い、奴の手を押さえながら尾に携えた無数の剣で奴を斬りつける。


 瞬間。奴の体からドス黒い瘴気が噴出する。それらが盾となり、剣撃の嵐が阻まれる。


「わんわん(盾で防いで口数増やして、時間稼ぎのつもりか? 無駄な抵抗だな。今のオレはお前よりも強い)」


「まあまあ〜、自信家ですねぇ〜。そして時間稼ぎは成功した様です。気付くのが遅かったですねぇ〜」


 何だ? 奴は何を言っている。


 いや、関係無い。このまま力押しさせて貰う!!


 競り合う剣に力を込める。


 突如。上方から何かが飛来し、オレへと襲い掛かる。


 だが、そんな物は難なく結界で弾き飛ばす。


 武器? いや石か。こんなものでオレを倒そうってか? 舐められたもんだな。


 そう思った瞬間、怒号が鳴り響く。


「魔物からハート様を守れ!!」

「ハート様をお救いしろ!!」

「あの犬っころ! 何かおかしいと思ってたんだ!!」


 建物の屋根の上、二階の窓、ハートの後方。あちこちから叫び声が聞こえる。


 この国の奴らか? 見回すと、その中にはオレが回復した国民もいる。

 その彼らが叫び、オレに向けて石や武器を投げつけてくる。


 そうか……、ハートの奴……!


「わんわん(既にこの国への根回しは完了ってところか?)」


「おやおやぁ、随分と理解が早いですねぇ〜」


「わん(今更だな。そしてこんな程度の揺さぶりで、最早オレの心が惑わされることは無い。所詮は無駄な足掻きだな)」


 そう告げた瞬間、ハートの目が、口元が笑みの形に歪む。


「本当ですかぁ?」


 ハッタリをーー。


 言葉を放つ間際、オレの体が横っ飛びに吹き飛ばされる。


 何だ!? 何をされた……!


 考える間もオレの体に襲い来る衝撃。だが完璧なる結界で守られたオレにダメージは無い。


 空中で体勢を整え、着地する。


 視界に映る無数の人々。ハートの信者供が武器を手にオレへと直接、攻撃を仕掛けている。


 ちっ、少し寝てろ!!


 力を込め、乱暴に腕を振るう。しかしそれは人々に容易く受け止められる。


 な……!? ありえない……!! 魔物の、聖獣の一撃だぞ!? 本気じゃなかったとはいえ、貴族さえ昏倒させる様な一撃だ。


 それを、受け止めた……だと……!?


「おやおやぁ〜? 何が無駄な足掻きとおっしゃいましたか〜?」


 ハート……!!


 歯をくいしばり、奴を睨む。


「わんわん(お前……! この人たちに何をしやがった……!!)」


「何を言っているのやら〜。私は治療を施し、病に苦しむ人々を救っただけですよ〜?」


 そう告げるハートに同調する様、国民達が叫ぶ。


「そうだ! ハート様のお陰で病人は元気を取り戻した!!」

「ハート様に治療されたお陰で、前よりもピンピンしてるぜ!!」

「あぁ! ハート様のお陰で力が漲ってきやがる!!」

「ハート様のお陰で彼女が出来ました!!」


 うるせえ!!


 全力で魔力を解き放ち、ハート教の奴らを衝撃波で吹き飛ばす。


 そのまま地へと倒れ込む奴らを大地魔法で覆い、拘束する。


 流石にコレなら、無事じゃねえだろ……!


「あらまぁ、乱暴なことを〜」


 ハートが悲しそうな仕草、表情で周囲を労わる。だが奴の目は笑っている。この状況を楽しんでいやがる。


 国の奴ら。以前操られたキャロみたいに闇の力でも植え付けられたのか……?

 しかし他者を支配する力は(シン)の力だった筈……! 何故こいつが使える……?


「うふふふふふふ〜。私の事を信用してないのですねぇ〜。私は本当にただ治癒の祝福をしただけですよぉ〜?」


 ならお前を倒して、確かめてやるよ!!


 ハート目掛け突撃する。


 神剣刃狼の全身から刃を生やし、凶器と化した体で襲い掛かる。


 ハートと視線が交差する。変わらない憎らしい笑み。


 刹那、奴の笑顔が更なる歪んだ笑みを見せる。


 衝撃。肉体を貫く感覚。噴き出す血液。オレの眼前で揺れる真紅の髪。


 なんで……、お前が……!?


 突然の事態に戸惑い、纏う聖気が霧散する。


「わんわん!!(どうして、お前がハートを庇う!?)」


 叫び。そして反射的に、貫いてしまった奴を治癒してしまう。


「施しなんぞ受けぬ!! 我は火竜メテオ、誇り高き竜。強大な力と知性を併せ持つ者」


 瞬間。炎雷を伴った返し斬り。


 正面から喰らってしまい吹き飛ばされる体。地面へと叩きつけられる痛み。


 くそ……、痛え……。結界張り損ねちまった……。


 立ち上がり、敵となった火竜を見つめる。


 大丈夫だ、まだやれる……! 今のオレは肉体も強くなった。そう簡単に壊れたりはしねえ……!


「我は、ハート様を守る。我は強き竜。我が主の敵を、討ち滅ぼす者」


 何言ってやがる。何簡単に操られてんだよ。クーも一緒になってそのザマかよ。


「わんわん!!(返事しやがれ火竜メテオ!!)」


 慟哭にも似た叫びと、ハートの狂笑が天高く響いた。

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