テーブルを囲んで
月刊砂えるふ、更新です。
西からの隊商は三日の休息ののち、ギルギットへ向かって旅立った。
流れてきた情報によると目的は買付とのこと。それでも売る商品は積んできたようで、オルターボットで荷を若干減らしたらしい。
補給を済ませても馬車に余裕があったらしく新たに何やら積み込んだのは、空荷で移動するなという商人の鉄則からだろう。
いる間は話題に上るが、いなくなってしまえば話題は新しい物へと取って代わる。
ヴァネッサがバルボーザを巻き込んで立ち上げた商売は、富裕層からの予約が殺到した。もともと回転率度外視でクオリティを上げ、料金も高めに設定したところ、それをものともしない金持ちから声がかかったのだ。
「どうしよう、この調子だと化粧品を仕入れている暇もないわ」
「誰かに頼むわけにもいかんのか?」
久しぶりにバルボーザと晩飯を共にしようと誘ったら、女商人のヴァネッサを伴ってやってきた。まあ、こちらもエステルとナスリーンがいるのだが。
席を囲めば自ずと気になる話題が上ってくる。もちろんヴァネッサが始めた顔剃りについてだ。
「始めが肝心なのよ。今は流行りで試す人が多いのは確かだけど、固定客をつかむ為にも予約を断りたくないの」
ヴァネッサの言葉にバルボーザは無反応だが、コップを手に酒瓶を握る両手の指先は、爪もきれいで汚れ一つなく、この仕事を何件もこなした副産物であろう。
「自分で仕入れに行けないのなら、誰かに仕入れに行ってもらうか、手紙でも書いて注文でもするとか?」
「あああ、もうどうすれば───落ち着けば買付けに行けるのに、落ち着かせるためには予約をさばかなくちゃいけないし……うちの商品と同じ品質のものがこの町にあるのかしら……いや、明日にでも探すわ!」
ヴァネッサは決意とともにグイっと酒をあおった。
「あああ、もう、見つかんな~い」
翌日の晩も同じ面子でテーブルを囲むことになり、そしてヴァネッサが突っ伏しながら管を巻く。
男の俺は知らなかったが、化粧水の瓶は念入りに清められ、劣化しないように厳重に封印されているらしい。封を開けたら使用期限は一週間目安。瓶に入っている量も使い切れるように計算されているとのこと。ヴァネッサ曰く、高級品ならではの品質管理なのだとか。
「一般的な奴じゃだめなのか?」
「高品質もそうだけど、保存料無添加が売りなのよ」
一般的な化粧水にはホゾンリョウが入っているらしい。何がダメなのかよくわからん。
「その点、私たちのはしばらく大丈夫ね」
「まだ大丈夫。レシピが完成した時、あなた山ほど作ったじゃない。ダイアンへの結婚の贈り物として渡しても十分残っていたし」
え?結婚式に参列して結構経つぞ。それでもまだ在庫があるのか。
「そういえば聞きそびれていたけど、あなたたちエルフも化粧品使ってるの?全然使っているイメージ無いのだけれども」
「私はハーフエルフだからそういう習慣はあるわ」
「私は師匠からの影響ね。そもそも村の女性たちは、洗顔のみで使う必要も無かったわ」
「……エルフは洗顔のみで大丈夫……うらやましいわ」
流石のばあさまもお肌の手入れは……っとと、これ以上はいけない。
「あとどれくらいあったかしら」
エステルはおもむろに付与ポーチをまさぐると、テーブルの上に瓶を並べ始める。
「ん~四本か。だいぶ消費しちゃったわね。明日にでも材料を探しに行こうかしら」
封印された瓶の中には、薄い黄色をした水が入っていた。ひと瓶で何日分かと訊ねると、封を切ったら三か月目安で使い切るらしい。
「毎日使うにしては量が足りなくないか?」
「これ、原液なの。蒸留水で倍に薄めて使うから大丈夫」
ナスリーンは事もなげに説明するが、ヴァネッサは額に指をあて天を仰ぐ。
「蒸留水って簡単に言うけど、用意するのは大変よ」
そう彼女は言ったが、俺とエステルは顔を見合わせ、それぞれコップを引き寄せる。
「■■■ 純なる水よ」
水術師でもあるエステルは詠唱したが、水使いの俺は無詠唱でコップに水を生み出した。
「水術師!水術師ずるい!蒸留水作ろうとすると馬鹿にできないお金がかかるのよ!」
「ずるいといわれてもなぁ」
「……ん~やっぱりヴィリュークの水のほうが出来がいいかなぁ」
エステルがちびりと二つのコップを飲み比べると、興味を持ったのかバルボーザも口にした。
「なんか不味いぞ。こんなのが肌にいいのか?」
「水のおいしい要素を極力排除した水だからね。そのほうがお肌に沁みやすいのよ」
よくぞそこまで調べ上げたものだ。女性の美に対する追及には脱帽ものだ。
「んで、これが今使っている化粧水」
封された瓶をしまう代わりに、エステルは新たに小瓶を取り出すと、ヴァネッサの手を取って手の甲に軽く振りかける。
「いい香り~って、え?とんでもない代物じゃない?これ。材料なに?このさわやかな香り、ローズマリーだけじゃないわよね?」
「えっと乾燥ハーブを数種類、メインはローズマリーね。あとは蒸留水と生命の水に一か月ほど漬け込んてから漉したものがさっきの原液ね。その瓶を付与収納の袋に入れるとさらに保存期間が延びるわ」
「もったいない!貴重な生命の水を化粧品に使ってるのか!」
バルボーザの怒声に、エステルは”しまった”とばかりに首をすくめる。しかしヴァネッサは意に介さず、算盤を取り出して考え込み始める。
「ドライハーブを数種、蒸留水、生命の水、一か月管理、保存用瓶、小分け用の瓶、何かしらの付与収納……」
<パチパチパチパチ>
しばし算盤をはじく音が続くと───
「うえぇぇ……あなたたち、お金に糸目をつけなさすぎでしょ」
「そう?ドライハーブはそんなでもないし、瓶は使いまわして蒸留水だって…ねぇ。たしかに生命の水は時価かもしれないけど無茶苦茶な値段もしないでしょ?保管用の付与収納だって私のポーチで十分賄えるわ」
あっけらかんとしたエステルのセリフに、ヴァネッサの開いた口が塞がらず、ついには力尽きて突っ伏してしまう。
「仮にレシピを買ったとしても、材料を揃えるだけで破産しそう」
「初期投資でお金がかかるのは仕方ないけど……ねぇ」
ヴァネッサが弾いた算盤を盗み見るが、確かにおいそれと出せる金額ではない。
「ここ最近、店先で生命の水は見かけとらんな。酒場だと一杯分の金でエールが十杯は飲めるくらいじゃ」
「うぐぅ」
突っ伏すヴァネッサがさらに沈み込む。
「んじゃぁ乳液でもつけたら?一般的な化粧水でも、さらに乳液をつければ効果が上がるでしょ?」
「なにそれ詳しく」
なんとも現金なヴァネッサが飛び起きる。
「あら?緑化研究所で作ったとき、お金になりそうだから報告書を上げたはずだけど……どうだったかしら?上げてなかったかしら?」
しっかりしろ、元国立緑化研究所所員。所長?副所長?とにかくお偉いさんだったよな。
「簡単に言うと、化粧水を付けた後に乳液を塗ると、しっかり沁み込むまでキープしてくれるの。肌も柔らかくしてくれる効果もあるわ」
即飛びつくかと思われたヴァネッサであったが、じりじりとナスリーンへ迫り寄り顔を寄せてゆく。
「とかいってまたコストが高いとかじゃないでしょうね」
「蒸留水は必要だけど、あとは蜜蝋と植物油ね。オリーブ油もいいけれどホホウィの実があれば、あそこから搾れる油ならうってつけよ」
ホホウィなら王都南の砂漠でも自生していたが、あれにそんな利用方法があるとは知らなかった。ここまできたら最後までつきあってやるか。
今晩も昨日と同じ顔ぶれで席を囲んでいる。連続三日目だ。
「昨晩分けてもらった乳液を試してみたわ。化粧水は普通に流通しているグレードのものね」
そういうヴァネッサの機嫌は間違いなくよろしい。
「あれから調べてみたけれど、ホホウィの実の油って知らないところでいろいろ使われているのね」
ヴァネッサは指折り例を挙げていく。料理用、皮膚病及び外傷治療、髪油、革製品の手入れ油。
「油を料理に使ってるとは思いもよらなかったけど、実をたくさん食べすぎるとお腹がゆるくなるとは知らなかったわ。まさか便秘の薬として処方されてるだなんて……ねぇ」
炒め物の油に使用されているだけでなく、甘味飲料水の材料の一つというのはよく調べ上げたものだ。しかし食品添加の量と便秘薬の量の境目が気になるな。
「ホホウィを取り扱っている商会が少なかったのは意外だったわ」
「広く用途が知られていないんじゃないか?」
ここから生えているであろう南の砂漠まで馬車で一週間弱ともなると、熱心に採りに行く者も少ないのだろう。
「そうね。蜜蝋のほうが一杯店先に並んでいたくらいだし。ここに来る前に私も教えてもらったやり方で作ってみたの。どうかしら?」
彼女は小さな陶器の瓶を取り出すと、エステルとナスリーンに差し出した。
ナスリーンが受け取ると栓を抜いて自身の手の甲にひと垂らしし、エステルへ回すと彼女も同様に手のひらに取る。
”すんすん”
”すりすり”
「香りはこんなものね。なにか香り付けに精油を一滴混ぜるだけでも特別感がでるわ」
「肌触りも問題なし。蜜蝋もホホウィも丁寧に濾したものを使用してるわね。顔につけるものだから搾りかすの混入は厳禁よ」
二人から及第点がでると、ヴァネッサからは安堵の吐息が漏れる。
「化粧水の仕入れ、乳液を作成してサービスに加える、顔の産毛を剃るのも数か月に一回だろうから、軌道に乗れば王都へ仕入れの往復で丁度いい時間になる……あとは付与収納をなんとか出来れば在庫保存の問題がなんとかなる───なんとか、ならんかぁ……」
エステルなら収納魔法陣を付与した鞄を作ってやれるだろう。だがおいそれと渡すにはいかない。入手しようとすれば、それほど高額な代物なのだ。
だがここにはもう一人、物作りに長けた者がいるのだ。そしてその者は黙して語らない。
ちらりとその者へ視線を向けるのだが、その者は髭を撫で擦り、じろりと睨みつけてくる。
”へいへい分かりましたよ。黙っていろってね”
この問題は現在バルボーザが何とかしているようである。
数日経った昼下がりの午後。
もはやテーブルを囲む顔ぶれが確定しているのだが、女性陣の表情が柔らかい。特にヴァネッサなんかはもう溢れんばかりの笑みである。
そう、ホホウィの実を扱っている商会へ、レシピを十年契約で売ったのだ。売り上げに応じた金が懐に入ってくるのだが、それは年を経ることにより率は下がっていく。
独占できるのは二年も持たないだろう。よくて一年。それでも商品はこの町にとどまらず、国中に拡散していくとなると、その売上は計り知れない。
「うふふふふ……」
「いい加減その辺にしろ」
「だってぇ、我慢しようにも、しようにも……自然と口角が上がってしまうのですもの」
バルボーザがたしなめても、ヴァネッサの笑みは収まらない。まだ金が懐に入っていないのに、だ。
「私たちも貰っちゃったけど、いいのかしら?」
「いいのよ!ナスリーンさんはレシピの大元だし、エステルさんは商品化するにあたって骨を折ってくれたじゃない。私は実務ばっかりだったし」
その契約を締結させるのが大変なんだがな。それをナスリーンもエステルも分かっていての発言だ。
茶菓子をつまみながら熱いお茶を(淹れたてである)啜っていると、なにやらギルドの入り口が騒がしい。
「いた!ヴァネッサさん、こんなところに!」
つやつやした顔立ちの中年男が、額に汗して飛び込んできた。
「あら慌ててどうしたの?紹介するわね、乳液の件でお世話になっている商会の───」
「それは後回しで!ヴァネッサさん大変だ、店に客が押し寄せて大変だ!」
”落ち着け”とばかりにコップに水を生み出して差し出すと、喉を鳴らして飲み干してから”すまん”と礼を言う普人男性。
「一日の生産量に対して客を捌ききれん。職人を増やそうにも適当な輩は雇えんし、一番の問題は───ホホウィの実が確実に足りない。ギルギットに発注はしたが、どうあがいても入荷には二か月弱かかるうえに、在庫は一か月もしないうちに尽きる」
「ここまで盛り上がるのは思ってもみなかったわ」
額に手を当て悩むヴァネッサに男は追い打ちをかける。
「どうする?材料が尽きるまで生産して一か月在庫なしで客を待たせるか。それともその日作った分ををすべて吐き出さず、販売量を絞って二か月凌ぐか」
「ホホウィじゃなくてオリーブの油で作ってみたら?」
「そうね、それでもいけるはずよ」
エステルの代替案にナスリーンが追従すると、男が陶器の小瓶をテーブルに置いた。
「高品質と謳われたオリーブの油だ」
俺の茶菓子をエステルの皿へ避けると、その皿へ小瓶からひとたらししてみる。
匂いを嗅ぎ透かして不純物がないか確かめ隣へ回すと、エステル・ナスリーン・ヴァネッサにバルボーザまでもが確認していく。
「「問題ないんじゃないか?」」
「「「足りないわね」」」
男二人は及第点を出したが、女三人からは不合格が出てしまう。
「やっぱりか~」
つやつや顔の男は分かっていたようだ。
「品質がいいのは間違いないわ」
「けど絞ってから時間が経過しているのかしら……まぁ一般商人が在庫を逐一付与収納に保管しないでしょうし」
「持ち運びには便利だけど、盗難を考えると安易に収納鞄は使えないのよね。それに私、行商で王都を往復しているけど、使っているヒトはたまに見かけるけど、売っているのは見たことないわ」
そういわれてみると、ここ何年もその手の物が売っているところを見たことがない。
「とにかく使えないことはないけれど、これで作った乳液はグレードが落ちること間違いなしね」
エステルがきっぱりと宣言した。
「生産量はそのままで、販売量を減らしましょう。優先購入券を配れば多少の不満も抑えられるでしょうし、時間稼ぎになるわ。あとは───「ヴィリューク」」
バルボーザがヴァネッサの言葉を遮ると、テーブルを囲む皆の視線が集まった。
「なんとかならんか」
そして視線はそのまま俺に移動するので、盛大にため息をついてやる。
「はぁぁぁぁ……分かったよ。エステルとナスリーンも欲しいんだよな」
「ん~まあね」
「欲しいかしら」
名目は立った。
「往復で二週間かからんだろう。仕入れるのにどれくらいかかるかで日数が変わってくるが、取引先への紹介状を用意してくれ。金は・・・・・立て替えておく」
「そんなに短期間で往復できるわけないだろう!」
男が顔をつやめかせて反論してくる。知らなければそういう反応だろう。
「久しぶりにじゅうたんでひとっ飛びしたかったからな。あと砂漠の朝焼けを見ながらコーヒーも飲んでくるよ」
「え?え?」
男はまだ理解が追い付いていないらしい。
「よろしく頼む」
だがバルボーザは短く依頼を口にした。
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